思弁逃避行 19.バナナの汁

 バナナ果汁1%と書いてある。

 汁。
 私はバナナオレのパッケージを眺めながら首を傾げていた。果汁というものがなんなのかわからないのではない。「汁」という表現がどうにも引っかかるのだ。このモヤモヤの正体を掴むべく私は広辞苑を手に取る。

 か-じゅう【果汁】果物をしぼったしる。ジュース。

 なるほど。こういう時と、数センチの踏み台が欲しい時、広辞苑は本当に役に立つ。つまり広辞苑曰く果汁とは果実を絞って得られる汁。やはり私の疑問は間違ってはなかった。何故ならバナナを絞って得られる汁などあるとは思えないからだ。
 もちろんバナナに水分がないと思っているわけではない。だが、あのねっとりとした果肉から汁のみを絞り出せるとは想像がつかないのだ。りんご、ぶどう、オレンジ、パイナップル…果物は数多くあれど、頭の中に棲むゴリラに握らせても汁を滴らせない果物はバナナくらいではないだろうか。
 そんなバナナの果汁を1%とは随分と贅沢ではないだろうか。どこかで一滴の香水を精製するのには、元になる材料はその何倍もの量が必要だという話をどこかで聞いたような気がする。きっとバナナも同じなのだろうか。つくづくバナナは不思議な果物だ。

 初めてバナナを見つけたゴリラは一体どのような気持ちだったのだろうか。
 おそらくバナナ発見以前は、彼らはリンゴなどの果実や葉っぱ、ナッツなどを食べていたのだろう。そんな生活の中で突如現れたバナナ。きっと革命的だったに違いない。
 ゴリラはきっといつもどおりの道を歩いていてふと気づく。先日まで青々と茂っていた木の上に忽然と黄色い物がぶら下がっている。バナナだ。しかしゴリラはまだバナナを知らない。ほのかな甘い香りからゴリラは、バナナが食べられることを察するのだろう。ゴリラはきっと勘がいい。そんな顔をしている。彼はそれを一房もぎ取ると、その奇怪な形状に戸惑いながらかぶりつく。しかし今まで食べてきた果物と違い、汁が溢れてこない。かと言ってナッツでも葉っぱの類でもない。未だ知らないねっとりとした食感だ。そこでゴリラは再び察する。

 これ皮むくんだ

 やはりゴリラは勘がいい。そして皮を剥くという行為を通してゴリラはまたしても気付いてしまう。

 食べやすいかたち

 手で持って皮を剥いて食べてね、と言わんばかりの親切なかたちだ。汁も溢れないので口や手がベタベタしない。しかも甘くて美味い。これは仲間にも教えなくてはいけないと思うだろう。ゴリラは仲間思いだ。持てるだけのバナナを抱えて仲間たちのところへ行こうとした時、また気づく。

 運びやすくもある

 今まで同じようにリンゴやナッツを発見し仲間のもとへ届けようと走ったことがあったが、途中で何個だって何粒だって溢れてしまい話にならなかった。しかしバナナはどうだ。まとめて何本だって運べる。こいつはすごいぞ!すごい、こいつはすごい!ゴリラ、おおはしゃぎ。

 そりゃあ流行るわ、バナナ。ゴリラ間で。
 そんなことを考えていると、隣に座るゴリラが私のバナナオレを物欲しそうに眺めていることにふと気がついた。仕方がないので分けてやろうか。私は気前よくゴリラにバナナオレを差し出してやった。きっとゴリラは気づく。

 泥でもうまい

 そうかゴリラ。やはりゴリラは冴えている。やはりこれはバナナの汁ではない。より道をしたが、ゴリラのおかげで私もやっと気づく。

 これは、このバナナオレは、果泥1%なのだ。

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