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「エネマグラ®」の誕生秘話、ついに公開!!

こんにちは。
株式会社エネマグラ・広報担当のごーた、と申します。
今日は先日、師匠である、同社代表の三牧剛太郎より教えてもらった、「エネマグラ誕生の秘話」についてご紹介します。
意外なところから世の中に出た、奇跡のアイテム「エネマグラ®」。
インターネット黎明期に花開いた三牧の武勇伝、お楽しみください。資料価値、高いです。

【ごーた】今日は長年のご研究と経験やお話をざっくばらんにいただきます。エネマグラとの出会いからドライオーガズムと現代の問題、前立腺と快楽の仕組みなど、さらにいつもうかがっているカテーテルの話・・・そしてなぜエネマグラが、いま選ばれるのか、選ばれるべきなのか、数回に分けてうかがいます。

パソコン通信からはじまった、「三牧ファミリー薬局」の快進撃

【三牧】最初のエネマグラとの出会いのきっかけについて、今回はお話しましょう。
基本的にネットの通販の話になります。
1995年の4月にインターネットを利用しはじめました。
インターネットのプロバイダーが立ち上がった時に契約したんですわ。当時はNiftyとかパソコン通信を利用して。パソコン通信は当時、文字情報中心。資料としては、動画などはほとんどない、画像も遅れがち。
最初にやったのが漢方薬の情報発信
ホームページを作ると同時に、並行して薬品の売れるサイトも作ってみようと考えました。基本的には商品を並べたり、説明を書いたりが中心ですよ。漢方薬の種類はそんなにないんですよ125ぐらいで。価格も150種類くらいしかないんですよ。うんちくとして、漢方薬の起源や、漢方の原点となる古典の話も掲示した。それがうちの最初のホームページの成り立ちです。多分1995年の11月ごろです。本格的にやりはじめたのは4月頃でした。

浣腸製品に着目!

パソコン通信は1988年くらいからやってたんで、5年くらい書きためたコンテンツがあったんですよ。
なぜ漢方薬かというと、情報が不変なので、10年、20年たっても使えるだろうと考えたわけですわ。一般薬だと、どんどん新しい情報を入れていかないとダメです。ガン治療の問題などが、漢方薬というキーワードで検索されたらいいよね、とはじめました。
注文もメールがたまに入ってくるくらいでした。そのうちだんだん「カゴ機能」などのレベルも上がってきたので、翌年にカゴ機能を導入してデータを取るようにしていった。早かったと思います。多分、薬局の中でも一番早かった。ページの中にも、一般薬と漢方薬を入れて、その後に医療用部品で販売できるものも入れました。その中に浣腸関連用品があったのです。

「マボロシの浣腸」も売り出す

漢方薬は、薬局製剤の中でも自家製で作れますので、自分で販売をしていました(※三牧は薬剤師でもある)。
浣腸も売れるんだと気づいたので、サイト内に「浣腸部門」を作っていったんです。その後どんどん内容を充実させたら、浣腸分野だけアクセスが高いんです。どうも「浣腸」というキーワードがかなり検索されているみたいで。イチヂク浣腸なら30cc、20cc、10ccとあって、当時はグリセリン浣腸だけ。

「こんな浣腸、昔あったけど、こちらにはありますか?」と問い合わせがきた。
グリセリン浣腸以外の浣腸ですね。塩浣腸とかね。ドナン浣腸というのがあるのですよ。SM小説にけっこう出てくるんです。グリセリン浣腸よりももっと厳しい浣腸で、それをやられると、出る時に失神しちゃうみたいな。
SMではドナン浣腸というのは有名な浣腸でね。販売期間は短いんですよ。昭和30年代かな。それがなくなってしまって、「マボロシの浣腸」となっていた。
そのレシピはあるので、レシピをいまでいう「クックパッド」風ともいえる「浣腸レシピ」と命名して、発売したんです。
「ドナン浣腸がほしい、じゃあドナン浣腸を作ればいい」ということで、その記事はけっこう反応があった。その当時はあんまり売れる理由がわからなかった。でも浣腸のページはアクセスがあるので、医療用の浣腸器具もどんどん入れていったんです。
20、30、50、200、300cc・・・最高は1000ccの一番でかいやつを。いまだと多分、14、15万円するのが、その当時はまだ手頃な値段で売っていたんですよ。フジ製作所というところの浣腸器はめちゃくちゃ有名でした。技術者の手作りによる浣腸器です。割れてしまったら14万、15万円がパアみたいな。ガラス製で重たいんですよ。それが月に1個か2個売れるんですよ。

【ごーた】それは医療用ではないんでしょ?

【三牧】馬用です。サラブレット用なんですが、マニアは欲しいですよね。
日本はあまり使わないんですが、外国では「イルリガードル」といって、肛門との高さを大体60センチくらいに設定して、腸管洗浄などに使うんです。有名人が腸管洗浄をテレビでやっていたことがあるし、最近までコーヒー浣腸などもありましたよね。美容のためのコーヒー浣腸。デトックス的なものとしてありましたよね。
キーワードに「浣」という字が入っているだけで、当時はページがランキングの上位に上がってきた。もともとインターネットはアダルトサイトを見るためにはじめた人が多いと思うので、「浣腸」というのは漢字の中でも大きなキーワードだった。「肛門鏡」とかね。そういう医療器具も入れてましたから。眼科用の拘束器具なども販売していた。そういうのもあってアクセスが高かった。

同時に1997年の大阪の堺市での「O157事件」、児童を含む9,523人が感染して3名児童が亡くなった事件があった。
あの時の治療法は、はじめてインターネットに掲示された。大阪の保健所の情報がインターネットに掲示されると、アクセスが集中したんですよ。インターネットで医療的な情報を取れたし、専門的な知識がどんどん入ってきたんですよ。O157関連の情報をサイトに出したらアクセスが高かったので、漢方薬の中でO157に効くものを3つ選んで掲載したんですよ。そしたらえらいアクセスがあって。まだ開設して1年経ってないうちに。

Yahooカテゴリーランキングにのトップに躍り出る

そのうちにYahooの中で、「薬局」「医院」「診療所」などのカテゴリーがあって、当時、楽天や健康コムもなかった中で、うちの「三牧ファミリー薬局」のページに推薦マーク、いわゆる「メガネマーク」がついたんです。97年にメガネマークがついたのはけっこう早いんですよ。当時あんな事件があってアクセスが増えて、この薬局は貴重な情報を出していると評価されました。
メガネマークがつくと、Yahooのページで「薬局」と検索したら、そのカテゴリーで一番上に出てくるんですね。そういう流れに乗り、浣腸と漢方薬とか特殊なものが売れ出しました。

結局、薬局に置いてないものが売れるんです、基本的には。Amazonとは逆で、一般の薬局に行けば買えるもの、パブロンとかどこでも買えるものを売るのではなくて、ドナン浣腸の原料とか特殊な浣腸器具が売れる。
その当時はまだやったけど、その後、医療用の浣腸を出していったんですよ。60ccもあれば、120ccとか150ccもあるし、さらに座薬ですね。あれは医薬品ですが、それも売れるんですよ。いわゆる処方箋以外の医薬品をどんどん出していった。そっちの方は競合もみんな知らないから、うちはどんどん出していった。グレーの認識も別になかった。浣腸は通販してもよいカテゴリーに入っていたので、前面に出して売っていた。

ある有名女優さんが結婚したのが、1997年のはじめ。彼女のお相手の日大のドクター。彼女が腸重積という便が溜まって腸菅を塞いでくる緊急性の高い病気になった時に、最善の処置は浣腸だったんです。
それで彼女ほどの人気女優だと、どんな浣腸をしたのかが話題になりました。彼女がやったのはこの浣腸に違いないと、バーっとネット掲示板に出ました。どうやったら「三牧ファミリー薬局」で浣腸を買えるかというメールもたくさんきて、浣腸の売り上げがさらにグンと上がったんです。それでまた浣腸のページをたくさん増やして、バラエティセットとかいろいろ作りました。浣腸5本組み合わせセットとかもね。当時、どんどん売り上げが伸び、600万、700万、800万と売れるようになった。

運命のひと言、「こういうのもの商品化したいがどうやろ?」

いったんインターネットで売れると固定客がつくので「浣腸、楽しみにします」などのメッセージが来たり、「浣腸研究会」というのが発足したり・・・いわゆるオフ会です。帝国ホテルのスイートはトイレが3つあるから、そこでオフ会やりました(笑)。メンバーはみんな毎日浣腸してる人ばっかり。浣腸話に花が咲くわけですよ。けっこう女性もくるし、風俗的にいうと医療風俗系ですかね。
そういう店舗には産婦人科の内診台が置いてあって、「どこが悪いですか? これは浣腸しないといけませんね」みたいなプレイが存在します。医療風俗などが新宿ほかにあり、そこにはかなり浣腸を卸していました。もちろんSMクラブにも、浣腸、拘束器具などを卸しました。そんな折、アメリカのヒューストンからある商品について問い合わせがあった。

「こういうのもの商品化したいがどうやろ?」

針金のついただけの、硬い木製モノの不思議な形状。
アメリカからまず送ってもらって、浣腸の掲示板に書き込んでみた。
浣腸の掲示板で、「こういう商品があるんだけど、前立腺のマッサージの器具らしい」と投じるとマニアたち間で話題になった。
しかし、それだけでは終わらない。これをやってる人の中に、とんでもない快感を感じる人がいると。そこがすべてのはじまりでした。

(第2話、近日公開! ご期待ください)

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