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ツナギ3章(4)八木村だ!

荷をかついで、登り下りのくり返しは苦しかった。それでも頂上で弁当を すませ、八木村への下り坂にかかる頃には、皆元気を取り戻していた。常緑樹の多い、薄暗い森を長々と下り、ようやく視界の開けた明るい峠に出た。

「わあ、無事だよ!八木村は!」

ツナギは思わず叫んだ。そのことがまず胸に沁みた。野毛村よりは広い田畑を濠 (ほり) で巡らし、竪穴の家々が15軒、ぐるりと田畑を囲んで並んでいる。ほとんどが揺れを受けて、傾いたり崩れかけているが、水浸しもなく、流されもせず、残っていた!

なぎ倒された稲田の半分ほど残った稲を、刈り取っている人の姿もあちこち見える。濠の周辺や外側の山すそ沿いに、幅広く茶色く広がっているのは、栽培しているカラムシだ。ここにも人の姿が点々と見える。

「さあ、あとひと息。この坂を下れば、村に入るぞ」

じっちゃの掛け声で、一行は足取りも軽く歩き出した。ところが、しばらく進んだところで、じっちゃが、あっと叫んで坂を転がり落ちた。

ツナギとシゲがすっとんで行くと、じっちゃは顔をゆがめて足首を押さえている。じっちゃの踏んだ小岩が、かくっとはずれた、と言う。

「年じゃのう、あれしきのことに対応できんとは・・」

その声が急に弱々しく聞こえた。じっちゃが年を言い出すとは、ツナギは 思わずその顔を見つめた。しわが深くなって青ざめてみえる。連日のカゴ 作りで疲れていたのだ。

じっちゃは杖とツナギの肩を支えに、歩き出そうとしたが、右足がつけない。足首がふくれ始めている。

「ツナギ、先にタヨの家に行き、5人で来たと伝えてくれ。タヨからオサに伝われば、宿と米の交渉は何とかしてくれよう。わしは後から行く」

じっちゃはシゲを振り返ると、肩を貸してくれ、とシゲの肩に手を預けた。ツナギはじっちゃの背のカゴを、はずしてやった。腕にずしんときたほど重かった。

「オレ、このカゴを土産に、サブと行くよ。オリヤはシゲ兄 (にい) と交代でじっちゃを支えてくれ、頼む」

と、ツナギが言うと、オリヤがすぐにうなずいて、まかせろと言った。じっちゃはにんまり笑って、同意した。

じっちゃのカゴは、ずっしりと重かった。サブと2人で両側を抱え、何度も休むことになった。けとばして、転がしたいね、などと軽口を言いながら、大汗をかいて、やっとふもとに辿り着いた。

村を囲む水路の橋を渡って村へ入ると、カゴを置いてひと息ついた。つぶれかけた家も、わらや木を寄せかけている。少しは手直しをしているようだ。タヨ叔母の家は橋から四軒目だ。近くのカラムシ畑にいた、女の子たち3人が、こちらを見た。

「あれ、ツナギ?  ツナギじゃないの?」

3歳年上の従姉のハナだった。あと2人は、ハナの妹のミナと、オサの長女チノだ。ハナは足を引きずりながら駆け寄ると、ツナギを思い切り抱きしめてくれた。

「2人だけ?  じっちゃはどうしたの?」

ツナギがじっちゃの事情を話すと、ハナは立ち尽くしているミナとチノに命令した。

「ミナは田んぼに行って、母ちゃと父ちゃを呼んできて。チノはオサに伝えるのよ」

そう言うと、ハナは2人の手から石包丁を取り上げて、追い立てた。チノはツナギを見て、大丈夫、伝えるよ、と言うように、にこっとすると、身を ひるがえして、ミナと駆け出した。口の端に小さなえくぼが浮かんだのが、ツナギの目に残って、どきっとした。

ハナはカゴに近づくと、息を吸いこんだ。

「竹と魚のいい匂い。皆喜ぶわ。家の修理と稲刈りが長引いてて、揺れも続いて、病人が増えてるの。皆疲れてるのよ、これで元気が出るわ。3重の カゴも、ありがたいよ」

重かったけど、運んできてよかった、とツナギは思った。

「オレたち5人、泊まれるかな」

「オサがなんとかしてくれるよ」

ツナギはハナの屈託のない、晴れやかな表情にほっとしていた。

3年前に、じっちゃとタヨ叔母宅を訪ねたのは、ハナの夫の死去と、ハナの 大怪我の知らせを持って、洞に八木村のオサからの使者が来たからだった。

ハナはカラムシ入りのカゴを持ち、足を引きずるようにして、歩き出した。

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