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出逢い 4話 KYな彼

#身体障害者 #居酒屋 #お世辞

 いちこちゃんの指がない手をみて内心おどろいている。初めてみた。身体障害者か。でも彼女はそんなことを気にもしてないようすであかるい。でも、できることがかぎられてくるだろう。気の毒だ。おどろきはしたものの差別はしていない。だって、そうなりたくてなくなったわけじゃないだろうから。きっと、指がないことで想像もつかないような苦労をしているかもしれない。うかつに指のはなしをするのはやめておいたほうがいいかもしれない。もし、いちこちゃんを傷つけるような発言をしたらもう2度とあってくれないと思う。それはさけたい。

 田端が言った。
「居酒屋にでもいく?」
いちこちゃんと杉山さんと僕は彼の意見に賛同した。
「いいねぇ、行こうか。でも、田端君が運転ならアルコールのめないじゃないか?」
さすが杉山さん。よく気がつく。
「代行でかえりますよ」
と田端はいった。
「あっ、その手があったか」

 田端は、
「ボクがたまにいく居酒屋でいいかな?」
と、みんなに質問した。
僕は、
「そこでいいよ」
そういい、杉山さんといちこちゃんは、
「どこでもいいよ」
と、答えた。

 約10分ほどはしり、目的地の居酒屋の駐車場についた。
「よし、到着!」
田端は意気込んだように言った。僕らは車から降りた。車は結構とまっていてきっと混んでいるのだろう。でも、建物自体はこじんまりとしていて入口に紺色ののれんが垂れ下がっている。のれんには一文字ずつ「ゆ」「う」「こ」と書かれていた。黒い大理石のような2段の階段がある。田端が先立って行くと僕ら3人もついて行った。店の作りは割とふるい。

 田端はがらがらと開けにくそうな戸を開けてはいった。
「こんばんはー!」
店内は客がひとりいた。50代くらいのおじさんが哀愁漂わせて左はしの席で飲んでいる、日本酒か焼酎だろう、無色透明だから。
「あら、田端君。いらっしゃい!」
ママが鶴の模様がはいった赤地の着物姿で笑みを浮かべながらしゃべっている。
「今日は友だちを連れてきたよ」
ママは笑顔で、
「いらっしゃいませ、来てくれてありがとうございます。どうぞ、ゆっくりしていってください」
と、丁重に挨拶した。僕が見るかぎり50代くらいのママかなと思った。
「ボクはいつものはじの席にすわる」
言いながらみぎはしの席にすわった。
「みなさま方も遠慮せずにすわってください」
田端の横に僕がすわり、その横に杉山さん、いちこちゃんというならびですわった。

「ママ、あいかわらずきれいだね!」
田端はそう言ってわらっている。
「あいかわらず口がおじょうずね」
ママもわらっている。僕は年相応かなと思った。でも、きれいな部類だろう。杉山さんといちこちゃんはだまっていた。僕は、
「ママに自己紹介したほうがいいんんじゃないか?」
と言うと、
「おっ! そうだ。忘れてた。ボクのすぐとなりにいるのが鈴木定男。サダって呼んで。そのとなりにいるのが、杉山さんといちこちゃん」
いちこちゃんは、よろしくお願いします、とあいさつしたけど僕と杉山さんはだまっていた。僕はなんで客のほうからあいさつしなきゃいけないんだと思ったから。杉山さんはどう思ったのだろう。

「みんななに飲む? ボクは大ジョッキ!」
「僕もそれで。杉山さんといちこちゃんは?」
「ぼくもいちこもビールでいいよ、な?」
「うん」
田端がママのほうを見ると、
「4人とも大ジョッキね!」
彼女はそう言った。うん、と田端も言った。
 ジョッキがひとつずつ運ばれてくる。
「ママものみなよ」
田端はそういうと、
「ありがとう」
と、返事をした。
「ここの店、安いんだ。大ジョッキが500円なんだぞ」
「おー! それは安い」
杉山さんは言った。いちこちゃんは笑みを浮かべている。僕ら4人の分とママの分のビールを持ってみんなで乾杯をした。田端は、
「くー! うまい! やっぱ生ビールにかぎるな」
と、心の底からそう思っているようだ。
僕も飲んでみた。キンキンに冷えたコクのあるビールだ。田端が言うようにうまい。杉山さんも笑顔でいちこちゃんに、
「うまいな!」
そう言っていた。いちこちゃんは、
「うん!」
おおきくうなずいていた。ママは、
「みんな、おいしく飲んでくれたみたいでよかった」
ママはうれしそうに僕らをみている。
「田端君、お通しいる?」
「いや、いいや。べつべつに注文するわ」
「うん、じゃあメニュー表わたすね」
ママはうしろにあるそれをとり、僕らに1枚ずつわたしてくれた。僕は、
「へー、うまそうなものばかりだね」
ママにそういうと、
「ありがとうございます」
会釈した。
「僕はカレイの唐揚げにする」
田端は、
「メニュー増えた?」
訊くと、
「すこしね」
と答えた。
「じゃあ、ボクは鶏のから揚げ」
杉山さんといちこちゃんのほうをみると、
「私は野菜サラダ」
そういった。
ママは伝票に記入している。
「杉山くんはなににするの?」
いちこちゃんが尋ねる。
「ぼくは、やきとりにする」
ママは、
「わかりました。ひとりで全部つくるのでしばらくお待ちください」
といってから厨房にいった。唐揚げをあげているあいだ、カウンターにちょこちょこ出てきてはひとこと、ふたことしゃべって愛想をふりまいている。
せわしなくママは動いていていそがしそうだ。

 約30分後注文した品々をおおきめのトレーにおいて運んできた。
「うわっ! うまそう!」
と田端は叫んだ。
「あっ! ほんとだ」
僕も同じようにした。ママは、
「おまたせしました。一品ずつおいていきますからね」
といいながら大変そうだ。田端は、
「てつだおうか?」
ママに声をかけた、すると、
「いやいや、だいじょうぶだよ。ありがとね」
といった。

 せまいつくりの居酒屋ゆうこの店内には電気ストーブが両端に2台設置しておりフル稼働している。いまは12月の上旬でここは北海道だからなおさらさむい。しかも海沿いの街だし。

 僕はタバコに火をつけた。今日、一本目の喫煙。なるべく吸わないようにしている。吸えばへるし、その分お金もかかるし。いまはお酒があるから吸う本数も増えるかもしれない。まあ、しかたない。なんとかなるだろう。母親の年金もまだあるだろうし。年金をあてにしたらいけないのかもしれないけれど。ママがすぐに灰皿を渡してくれた。さすが。

「ママはパチンコしますか?」
僕は唐突に質問した。すると、
「いえ、しませんよ」
と、答えた。(なんだ)と思った。まあ、いいけど。
「僕、バツイチなんですよ。子どもがいるけど、前妻の所にいる」
「たまに会ってますか?」
「いや、あんまり会ってないですね」
少しの沈黙があり、杉山さんが喋りだした。
「ぼくも実はバツイチなんだ。でも子どもはぼくが引き取ったよ。元妻は経済力がないから」
「いまは子どもは誰が面倒をみてるんですか?」
僕はそう訊いた。杉山さんは、
「親がみてくれているよ」
と、言った。なるほど、と僕は思った。前妻は実家にいるからその親も協力してみている。僕はいまは無職だし親もいるから面倒をみれないこともないが、いずれは僕も仕事につくから母だけでみるのはむずかしいだろう。ちなみに父は生きてはいると思うけれど行方不明だ。その原因は父の浮気だと母は言っていた。

「いちこちゃんはあまりしゃべらないねぇ」
僕がそう言うと、
「私ね、動物に話しかけるのが好きなの。人間もきらいじゃないけど、難しいから、人間同士だと。だから、自然と受け身になった。それに、右手の指がないのもコンプレックスになっているからなおさらかな」
「へー、そうなんだ。僕はそういう人とはじめて出逢った。でも、偏見はないよ」
と、言いながらビールをのんだ。
「ありがとう」
すこし元気がないようだが大丈夫だろうか。いちこちゃんは繊細な女性なのかもしれない。
「私ね、身体障がい者なの。見ればわかると思うけど」
「うん、まあ」
「いろいろ大変だったー」
そう言うとみんなはだまった。
「あっ、まずかった? この話し」
杉山さんは、
「いやあ、大丈夫だ。話したいだけ話せばいい」
なおもいちこちゃんは遠慮ぎみな様子で、
「杉山くんには何度も聞いてもらってる話しだけどね」
「気にするな」
「杉山くん、ありがとう」
田端は、
「ママ、ビールもう1杯ちょうだい!」
と、言いながらのこったビールを飲みほした。
「はいよー」
ママが返事をした。
「やっぱり話すのやめるね。そういう雰囲気じゃないと思うから」
いちこちゃんはぽつりと言った。杉山さんはだまっていた。田端はデカい声を上げて、
「ママ、カラオケ歌いたい!」
と、言うと杉山さんは、
「いちこ、帰るわ、ぼく」
「えっ、どうして?」
「あとでLINEするわ」
「う、うん」
僕は、杉山さんを見やりながら、
「杉山さん。また、今度ゆっくりおしゃべりしましょ」
彼は手を挙げながら財布から5千円を出して置いて帰って行った。
「ありがとうございました! 田端君、ビールついだよ。どうぞ」
と、ママ。
「サンキュ」
田端は答えた。彼は、ひとりで酔っていてテンションがたかい。
「いちこちゃん、今度は居酒屋じゃないとこで話そう」
彼女は苦笑いを浮かべながら、
「別に気にしてないから大丈夫だよ」
と、言ったが僕はいちこちゃんが可哀相に思えて仕方なかった。

 田端は気付いていない。彼のハイテンションのせいでいちこちゃんがしゃべれなくなってしまったことに。あとから言っておこう。

 田端はママからマイクを受け取り歌い始めた。僕は、こいつ本当に気付いてないのか? と思ってすこしイラついた。

 ママは歌を聴きながら合いの手を打っている。もちろんママも田端が空気を読まなくて杉山さんが帰ってしまったことには気付いていない。ママは仕方ないだろう。

「いちこちゃん。席1個ずれて、僕の横においでよ」
僕は優しい口調で言った。
「うん、ありがとう」
そう言うとこちらに移動した。

 歌を熱唱しているのでしゃべっていても聞こえないだろうと思った。なのでさっきの話しをした。
「さっきはごめんね。田端が空気読めなくて。一応、友達だから俺の方からも謝るよ、ごめんね」
本当に申し訳ないと思った。

「田端にはみっちり言っておくよ」
「うん、喧嘩しないでね」
僕は、うん、と頷いた。



 


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