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小屋の本いろいろ1

小屋の写真を撮り始めて4年ほどになります。
小屋に焦点を当てたこの分野(というものがあればですが)で活動しているのは私ただ一人なのかというと、そんなわけは全くなくて、小屋に魅せられて小屋を求めた先人は実に何人もいます。彼らはガイドブックも地図もない手探りの状態の中で各地を訪ね歩き、写真に収め、記録してきました。

今回は敬意を込めて、その方々の著作や作品を紹介します。
私の手元にあるものだけですので漏れがあるかもしれませんが、それはご容赦。ひとつずつ見ていきます。

まずは私が勝手に「日本の小屋写真の第一人者」と思って尊敬してやまないのが、写真家の中里和人さんです。
これまでに「小屋の肖像」(メディアファクトリー 2000年刊)、「こやたちのひとりごと」(谷川俊太郎との共著 ビリケン出版 2007年刊)など、小屋の写真集や写真絵本、書籍(共著含む)を私が知っている限りでも3冊出されています。

それでは私に一番最初に小屋の世界を教えてくれた本から。

「小屋ー働く建築」(中里和人、安藤邦廣、宇江敏勝・著 INAX出版 1999年刊)

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本の冒頭に「この小冊子はINAXギャラリーにおける『小屋 働く建築』展と併せて刊行された」とありますので、展覧会の公式記録本の役割としても出版されたようです。
72ページの薄い本ですが、冒頭からしばらくは中里さんの小屋の写真が続きます。ページ数とレイアウトの関係で小さい写真も多いのですが、じっくり見ていくとその一つ一つが個性豊かで、見飽きることはありません。フィルムカメラで撮影したと思われる、ちょっとザラついていたりピントがずれていたりする写真が小屋のまとっている雰囲気をよく伝えてきます。
今回あらためて見返して私が驚くのは、これら北海道から沖縄まで全国津々浦々の小屋を1997年から99年の3年間で撮影していることです。その行動力と集中力たるや!すごいものがあります。

小屋はただそこに建っているのではなく、人の生活を支える大切なパートナーだということを教えてくれるのが、建築家の安藤邦廣氏が担当したページです。歴史、民俗、建築の視点から石川県と茨城県の小屋を例にとり、小屋がなぜそこに立地していて、それぞれがどのような役割を担っているかを図も交えて解説しています。

林業家でエッセイストの宇江氏は、紀伊半島で炭焼きの家に生まれ、自身も父とともに若い頃から紀州備長炭を生産してきたそうです。炭焼き小屋の構造や作り方をスラスラと語っていますが、そこで生まれ育ったからこその内容で、これは活字として残された貴重な史料です。江戸あるいはもっと古くから伝わってきた炭焼きの技術を明治生まれの父から受け継いだ宇江さんの喜びと誇りがひしひしと伝わってくる文章です。

記憶が定かではないのですが、私はこの本を2006年ごろに神田にある建築専門の南洋堂書店か、乃木坂にあるBookshop TOTOでたまたま見かけて購入したのだと思います。なぜあの時これを手にしたのか、いまだにわかりませんが、「小屋か、、、。面白い視点だな」と、何気なく買った記憶があります。
この本に出会っていなかったら、私はひょっとしたら小屋に興味を持たなかったかもしれません。

「小屋の肖像」(中里和人著 メディアファクトリー 2000年刊)

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これは中里さんの小屋写真の代表作にして、日本の小屋写真のバイブル的存在です。これを超える小屋の写真集は今後出ないのではないかとさえ思っています。
一見するとボロボロで誰からも見向きもされないような小屋が表情豊かに私たちに何かを語りかけてきます。「何か」とは一人一人で違うはずですので、ぜひご覧になってください。
解釈自由、想像力を無限に広げてくれる小屋たちの肖像は圧巻です。
ページを1枚1枚めくるたびに、脳みそが解放されていくような快感にとらわれてドキドキする写真集です。(なんかエッチな写真集を紹介しているみたいになってしまった)

「こやたちのひとりごと」(中里和人 谷川俊太郎・著 ビリケン出版 2007年刊)

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中里さんの写真と谷川さんの詩が互いに刺激しあって生まれた写真絵本です。
「ボロボロの小屋で絵本?」と思うことなかれ。
「絵本は所詮子ども向けの図書でしょ」と読まず嫌いすることなかれ。
詩を紡いでいるのは、あの谷川俊太郎さんです。
大人が楽しむのに十分な絵本に仕上がっていますので、ぜひ読んでみてください。
まるで小屋の横に立って、気持ち良い陽の光と風を浴びているような気持ちになれます。
二人のコラボで本を作ろうと思った編集者の感性もキラキラと光っていますね。

「小屋と倉」(安藤邦廣+筑波大学安藤研究室著 建築資料研究社 2010年刊)

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先に紹介した「小屋ー働く建築」の著者の一人でもある安藤邦廣氏編著による著書。
写真家の中里さんが撮る小屋は主に農機具などを格納するこじんまりとしてかわいらしい物置小屋でしたが、ここで紹介されているものは農機具だけでなく収穫した農作物を保管するための、しっかりとした造りの小屋と倉が中心です。
本の構成としては「干す」「仕舞う」「守る-立地」「守る-素材の力」の4つの章立てからなり、それぞれ、たばこ乾燥小屋、馬屋、森の中に建てられた板倉、石の倉など、全部で17の事例が紹介されています。
奥付の著者プロフィールによれば、安藤氏は建築家で筑波大大学院教授。専門分野が伝統的住宅の研究、木造建築のデザインと技術開発の研究とのこと。
なので、図解や写真などが豊富でページをめくるだけでも十分に楽しめますが、小屋を研究対象として建築や歴史、民俗などの視点から向き合いたい人にオススメの一冊です。


「舟小屋 風土とかたち」(神崎宣武、中村茂樹、畔柳昭雄、渡邉裕之・著 INAX出版 2007年刊)

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舟小屋とは人によっては耳馴染みのない単語ですが、新潟から島根にかけて日本海の漁村で見られる、小さな漁船を収納する小屋です。有名な場所としては新潟県糸魚川市筒石や京都府伊根町の舟小屋群があり、この本はそれらを含めて主だった12地域を紹介しています。
舟小屋は、積雪が多かったり海が荒れるなどの理由から長期間漁に出られない際に舟を陸に揚げる必要があり、なおかつ潮の干満差が小さく海際ギリギリに小屋を建てても大丈夫な地域に建てられてきたそうです。以前は太平洋側の漁村でも見られたという記録が残っているそうですが、今日では日本海側の限定されたエリアにしか残っていないとのことです。
先に挙げた伊根の舟屋は"重要伝統的建造物群保存地区"に指定され観光地になっていますが、これは例外で、その多くの舟小屋は脚光をあびることもなく、地域の衰退とともに使われなくなって失われようとしています。日本海側の小さな漁村や漁民は歴史学や民俗学の研究対象にならなかったそうで、資料が残っていないのも課題とのことです。
2007年に刊行されてからすでに13年の時間が流れているので、この本には掲載されていても、今は既に消えた舟小屋も多いかもしれません。
現地の雰囲気が伝わってきて、小屋関連の書籍の中でも私の大好きな一冊です。

「泥小屋探訪 奈良・山の辺の道」(小林澄夫、奥井五十吉、藤田洋三・著 INAX出版 2005年刊)

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倉、舟小屋ときて、次は泥小屋です。
もうなんでもアリだなと呆れられているかもしれませんが、小屋の本だけでこれだけバリエーション豊富なことに驚かされませんか? 小屋が奥深いことがお分かりになると思います。
さて、泥は木や石と並んで、世界共通の正統派の建材です。ちょっと思い起こせば、アジアやアフリカの土壁住宅が頭に思い浮かぶのではないでしょうか。日本は古くから左官技術が発達しています。江戸時代以前の民家では泥に藁や砂などを混ぜた土壁が一般的な壁として普及していたといいますし、今でも漆喰壁や土壁の民家や倉を至るところで見ることができます(都市部や東北・北海道地方では難しいかもしれませんが)。なので泥が小屋の壁に使われてもなんら不思議はありません。朽ちて自然に還ったり、建て替えられたり、トタンなどの新しい建材に覆われて、見かけなくなっただけです。
著者の小林氏は左官専門雑誌の編集に人生を捧げた、土壁をめでるスペシャリスト。奥井氏は14歳から左官職人歴71年(刊行時)で法隆寺や東大寺の塀や壁の修復も手掛けてきた、土壁を作るプロフェッショナル。そして藤田氏は大分を拠点に鏝絵(こてえ)や小屋などを撮り続けている写真家です。
土壁に魅せられたこれら3人が泥小屋の本を作れるとなって、喜びを爆発させながらその魅力を存分に詰め込んでいるのですから、面白くないわけがない。土壁に寄って寄って寄りまくって読者まで泥まみれにさせる泥小屋偏愛本です。


「小屋の力」(ワールドフォトプレス 2001年刊)

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なんとも不思議な本です。
478ページと分厚く、漬物石の代わりになるんじゃないかというくらいに重い。そして、内容はとにかくなんでもありのごった煮状態。レイアウトはごちゃごちゃ(笑)。表紙からして情報量多すぎです。こういうのをパンク?それともアナーキー?というのだろうか。。。それって小屋の対極じゃなかろうかとも思うのですが、日本全国どこに行っても風景が画一化し、道路も建築物も直線で構成されていく中で、小屋をなにものにも縛られない自由の象徴として捉えているので、このような作りになっているのだと思います。
上に紹介した本の著者、中里和人、藤田洋三のほかにも、塚本由晴、黒川紀章、中村好文といった著名な建築家を始め、西原理恵子、唐十郎、片岡義男などなど様々なジャンルの方が寄稿しています(敬称略/順不同)。
多分、というより、間違いなく編集者が小屋好きで、混沌とした世界が好き。これも小屋を偏愛するあまりの表現のひとつなのでしょう。
現在の厳しい出版状況では考えられないような贅沢な作りの本で、ちょっと羨ましいです。

さて、お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、これまで紹介した7冊のうち3冊がINAX出版から出ています。いずれもINAXギャラリーで開催された同名の展覧会の内容をまとめて書籍として刊行したようです。
小屋という些細な存在に対して、こんなに多くの企画を催したINAXギャラリー(2013年からLIXILギャラリーに改称)とINAX出版(2012年にLIXIL出版に改称)の、建築文化を豊かにしたいという姿勢には心から敬意を表したいと思います。
そしてとても残念なことに、ギャラリーは2020年秋をもって、出版は2022年をもって活動終了になることが、先日アナウンスされました。
小屋の本を世に送り出してくれたご担当者には特に心から感謝申し上げたいと思います。

いかがでしたでしょうか。手にとってみたい本はありましたか? いずれも絶版または品切れになっている本ばかりですが、Amazonやメルカリで出回っていますので、もし興味が湧いたら、ぜひ手にとってみてください。

そして最後にお知らせをふたつ。

goo blogでも小屋にまつわる日記を書いています。ご興味ありましたら、そちらも覗いてみてください。
https://blog.goo.ne.jp/koya_diary
同時に、私がオンデマンド印刷で製作したZINE「日本の小屋」と「日本の小屋 秋田県・青森県編」「小屋 きょうも空の下」をgoo blogのECサイトで販売しています。こちらもご興味がありましたら、ご注文ください。



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