内田かずひろに漫画化してもらいたい 村上春樹「レーダーホーゼン」

(初出:「書評王の島」vol.5、2012年)

 大型犬が主人公の『ロダンのココロ』という漫画がある。ロダンは、額にしわを寄せるくせのあるおっさんくさい犬だ。彼を飼う家族は、ダンナ、オクさん、会社勤めしているおじょうさんの三人からなり、幼い子どもはいない。大人ばかりと暮らしているせいか、ロダンにも子どもっぽい無邪気さはない。
 この漫画は、言葉が通じないため家族がロダンの考えをうけとりそこね、ロダンが家族の行動の意味を勘違いするユーモラスでほのぼのとしたエピソードの数々を綴っている。時には夫婦の間で、また親子の間でのいき違いも起きるが、人と犬の間では人どうしとは比較にならないずれが生じる。ロダンは自分も家族の一人だと思っているが、彼は人ではない。いくらおっさんくさいほど落ち着いていても、犬は一人前扱いしてもらえない。それがおかしいだけでなく、切なくもある。
 この『ロダンのココロ』の作者、内田かずひろに漫画化してもらいたいのが、村上春樹の「レーダーホーゼン」である。ドラマチックとはいえない日常に現れる小さな裂け目に着目した短編集『回転木馬のデッド・ヒート』に収録された一編だ。「レーダーホーゼン」とは、ドイツ人がはく吊り紐のある半ズボンのこと。熟年の奥さんが海外旅行に出かけ、夫へのみやげにレーダーホーゼンを買おうとする。だが、その店は、はく本人から採寸しなければ売らないというこだわりを持っていた。奥さんは、旦那にそっくりなドイツ人を見つけてきて店で採寸させる。その作業は、彼女が夫との関係を見直すきっかけとなる。
 吊り紐のある半ズボンを大人がはくのは、日本人の感覚からするとちょっと滑稽だ。ドイツ人の代役がそれをはいているのを見て、奥さんは旦那について自分がどう感じていたか気づいてしまう。身近なのに気持ちがすれ違っていた。おかしいのに切なくもある。この短編を描くのに、『ロダンのココロ』の作者は適任だと思うのだ。

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