文体構築の試験的なもの③

 ふと思い立ったので、自己肯定感について考えたことはあるか、と彼に訊いてみた。彼は、まるまる10秒ほど静止したあと、はっきりと、は? と聞き返してきた。すごくおもしろい。いや別に何も面白いことは無いのだけれど。
 まぁ、そしたら自己肯定感じゃなくてもいいや。肯定。人から、肯定されるってことについて。あなたって考えたことあるの? 彼は元々薄い目を更に細めたように、なるほど、といった表出をした。そうだね、僕は無能な人間共が僕の価値を肯定せざるを得ない状況に陥って僕を肯定することで僕に縋ろうとしてくる様とかは見応えがあるなって思ってるよ。君ちょっと人格に難があるって言われない? と訊くと彼は、だから僕には友達がいないんだと思うんだけど、と返してくる。なるほど。そういえば彼と【あの子】の相性はまあまあ地獄だった。
 話のオチが見えてきたので、私は改めて本題を言葉にする。この前さ、ある先輩が「他者からの肯定」にまつわる話をしてたのよ。それで? えっと、先輩の所感をやや省略すると、要するに他者からの肯定には「行為によって肯定されるもの」と「存在を肯定されるもの」があって、役立つから認められるより居るだけでOKな方がいいよね、みたいな話。ふぅん、とだけ回答を寄越した彼は本当に興味がなさそうだった。ちょっと、聞いてる? 聞いてるよ、くだらないなぁと思っただけで。私はちょっとムッとする。

 その行為ってなにさ、と訊かれたので、例えばテストでいい点とったり、いい学校に進学したり、グループやクラス内で予定調整や委員みたいな面倒事を請け負ったり? と答えると、彼は今度はやや真剣な様相で考え始めた。えーと、それなら存在の肯定って何? えっ、なんか普通に、あなたは生きてるだけで良いんだよみたいな、そういうやつ…だと思うけど。やや訝しむような表出をした後、彼は、行為で成果を出すことができる人間がそんな肯定だけ慢性的に浴びてたら普通にモチベもパフォーマンスも落ちるだけだと思うんだけど、いいことないじゃんか、行為で肯定を貰える能力があって本当にそんなものが欲しいのかな、と訊いてきた。私には何も答えられなかった。
 それで、その話を聞いて君はどう思ったの? 突然の振りに私が困惑すると、彼は呆れていた。あのな、わざわざ僕を呼び出さないと処理できないような感情が君に出てきてなきゃ、僕はここにいないと思うんだよ。そのなんとも思ってませんみたいな振る舞い、少なくともここではやめたら? 私は素直に首肯した。ゆっくりと、考えたことを言葉にする。【あの子】なら多分、それでも存在の肯定でいいって言うと思うし。うんうん、と彼が返す。──私も、それでもやっぱり、存在を肯定されたいって思った。
 彼が途方もなく大きなため息をついたのがわかった。えっ、何か私おかしなこと言ったかな、と訊くと、いいやと彼は否定する。寧ろ大枠予想通りだ。基本的には君は、【あいつ】よりほんの少し理性的なだけだもんな。ちょっと反論したい気持ちが湧き上がってきたものの、彼のご指摘の通りなので特に何も言えなかった。彼がまた、目を細める。それじゃあ、見事君にも伝播してしまったその呪いを、剥がしてみるとするか。

 呪い、と私が訊くと、そう呪い、と彼が返す。そもそも行為と存在って括りが手抜きすぎて気に入らないんだよねぇ、と述べる彼は、いつになく不快そうだった。
 例えばさ、と彼が切り出す。その君の──というか君の先輩のでもどっちでもいいけど──基準で言うと、容姿が優れてるから好き、とか、声が綺麗だから好き、とか、そういうのはどうなる? 私は暫し考えてから、でもそれは存在の肯定になるんじゃ、と答えた。だってそれは何かをするから認められる訳ではなくて、存在するだけで良いという事にほかならないのだから。あまり納得した風には見えなかったものの、ふんふん、とひとまず聞いてはいるようだ。それは努力というか、行為で得るものではないもんね。彼がそう形容するので、私もそうだねと返した。もちろん容姿などは行為によって維持されるものではありうるが、物事には限界がある。その要素一点で肯定されるには、さすがにそれなりの初期値が要るはずだ。
 それじゃ、君があの高校に受かったことはどう? それは、と答えようとした私は、少し言葉に詰まった。最初の理屈をそのまま適用すれば、もちろんこれは行為(の結果)を肯定されたものだ。けれど自分が他人を肯定する時、それが良い学歴などの他人の実績を根拠にしていた場合について、確かに行為の結果としてのそれらを賞賛することがないわけではないが、基本的には他人の才能や素質のようなものを標的として肯定が発生している様な気がしてきたのである。私があの高校へ合格するのに「それなりの初期値」が不要だったかというと、それは完全に嘘だと言う他なかった。なにかいいところに気がついてくれたみたいだね、と彼は心なしか楽しそうだ。
 僕が思うだけでも、その「行為」と括られるものにはふたつのパターンがある。ひとつは実際に人との関わりの中で何らかの役割を持つということで、もうひとつは現在に至るまでのその人の実績だ。そしてこの、「実績」に基づいた肯定というのは、本人が生まれ持った素養への肯定とほとんど質が変わらない。だってそうだろ? 元々知能高めに生まれてたって基本はそこに努力を積まなければ東大には受からないだろうし、元々容姿端麗に生まれてたってそれ一点で評価を得ようとしたらそれなりの維持演出の技量が求められると思うんだよ。そこにそんなに違いはあるかい?

 私が何も答えないので、彼は淡々と話を続ける。「行為」と「存在」ね。そういう纏め方があるのはそれはそれでいいと思う。でも僕が思うに、人が人を肯定する根拠は「所持」と「作用」の二つでおおよそ説明がつくはずなんだ。
 所持と作用? 私が訊き返すと、彼が首肯する。勉強ができる、勉強に限らず何か訓練を行ってスキルを身につけられる、容姿やスペックがどう、それらは全部その人の持ち物で、それらを『持っていたり、持とうとする努力をしたり、持って活用したりしている』ことを根拠にその人を肯定してるっていう考え方が「所持」の意味。「作用」はもっと簡単で、さっき君が言ってくれた「行為」のうち、集団内で一定の役割を担うこと。人が人を肯定する要素なんて大体、この二つのどちらかだと思うんだけど。
 そうか、と思いかけて、いや待て、と思い直す。あのさ、私さっき、存在の肯定のことをそこにいるだけで良いんだよみたいなやつって言ったよね? あぁ、と彼の目がまた薄くなる。それはどうなるの? それ、どっちにも入らないよね。確かにそうだね、と応える彼はこちらを意識に捉えていなさそうだった。何やら考え込んでいるらしい。

 そういえば君は、最近恋人とあまり連絡をとっていないよね。話が突然飛んだのでやや反応が遅れつつも、まあそうね、と返す。そもそも私と恋人は四六時中連絡を取り合おうとする距離感にはないが、恋人の方も来月試験があるというので、ここ数ヶ月は特に極力負担にならないようにこちらからの自発的な干渉はやや控えていた。もっとも、基本的には連絡の半分以上が外出や外食の提案なので、恋人が定期券を購入していない今年が全体的に誘いにくいのは予めわかっていたのだが。
 ろくに連絡も取ってないんじゃあ、恋人じゃなくてもいいんじゃない? と彼が疑問を呈する。時々唐突にLINEして、それでも会話の内容がゲームか飯についてだなんて、友達にしたってちょっとドライじゃないか。そんなことない、彼は私にとっては存在してくれるだけで価値があるんだ、とまで啖呵を切ったところで、私はしまった、と思った。これは誘導尋問だ。彼の表出は、いつの間にか腹立たしい笑みに切り替わっている。ふぅん、そうか、君にとって彼は存在するだけで良い人間なんだね、まさしく。私は彼を一発ぶん殴りたい衝動に駆られたが、どうしようもなかった。
 じゃあ、彼が君にとって存在するだけで肯定に値する人間なのはどうしてだい? 私は観念して、ひとつずつ理由を考える。どうして、だって? それは例えば、食べ物の趣味が合うし①、二人で何かする時は私の負担を軽減しようとしてくれるし②、すぐキレたりキャパオーバーしたりとかはしないし①、私の容姿の変化にすぐ気づいてよく褒めてくれるし②、無防備に笑ってる顔が可愛いし①……。いくらでもあるんじゃない、と訊かれたので、私は素直にそうだね、と返した。そしてそれは大抵所持①か作用②に分類できるんじゃない、とも訊かれ、私はうぅん、と唸るしかなかった。
 肯定できる要素が積み重なっていくにつれて、だんだん一口には形容できなくなっていく。人との関係はそうやって、肯定的に積まれていくのさ。それ、なんか話変わってない? はは、そうかもしれない。でも、存在の肯定、居るだけでいいっていうのは、つまりそういうことだ。存在を肯定してもらえる人ともらえない人が居るんじゃなくて、人との間に何かを積み上げたその先に、それは結果として有るだけなんだ。解ってもらえたかな。わかるような、わからない様な気持ちがして、私はそのまま黙っていた。

 まあ、一部【あいつ】みたいな例外もあるけどね。彼がゆっくり視角を外して目を細めたので、私は何となく察する。それって、いわゆる「好きだから全肯定」みたいなやつ? 正解。彼は、やれやれ、というような表出をした。
 あれを肯定と呼ぶかどうかは審議の余地がある──少なくとも僕はそう扱いたくない──けど、言い様によってはアレも「存在の肯定」だろう。僕は「陶酔」って呼ぶんだけど、対象を定めて、それが黒ければ白さえ黒いみたいな、そういう盲目な装置。人間が自分に酔う事で生まれるパワーを、「他者への肯定」っぽい形でアウトプットするのを、多分君も見た事があるだろう。もしかして、「君でも」やったことはあるのかな? 私がノーコメントの姿勢を貫いたので、彼はそのまま続けた。
 陶酔でもいいから欲しいって言う人も、中にはいるのかもしれない。けど、さっきも言ったように、作用努力ができたり、いろんなものを所持してこれた人間が、アレを指さして欲しがる気持ちは僕には分からない。アレを食らおうとするためには、装置のトリガーを上手い事起動させる他に、なんの作用も所持も要らないんだ。それって、色んなことをしてきて出来る僕らに対して、あまりにも無礼だと思わないか?
 答えはひとつで、それは【わたし】にとってはあまりにも自明だった。だから、私は、彼に向かって笑うしかなかった。そうだね、そんなものに肯定されても、私の心は満たされそうにないや。

 ああ、でもそうだ。これだけは勘違いしないでくれよ。最後に、と思い出したかのように彼は切り出した。何を勘違いするなって?私が訊くと、彼はやや言葉を選ぶような素振りを見せる。
 例え言葉の上では所持に基づいて肯定されたり、作用に基づいて肯定されたりしたとして、それで自分がそこに対して腑に落ちなかったとしても、それは必ずしも自分が悪い訳じゃないんだってこと。何それ、言い訳でもしてるの? 私が顔を顰めるような表出をすると、いやいや、と彼は笑う。別にそういうわけじゃないよ。ただ、ここまで真面目に僕の話を聞いていた君なら、心当たりがあるんじゃないかと思ってさ。
 僕くらい優秀な人間だとよく遭うことだけど、ちょっとその理解不能って顔やめてくれる? そう、よく遭うことだけど、僕より愚かな人間は時折僕を言葉の上で肯定することで「貴方を持ち上げました」って大義名分を獲得して、その上で何かしらをしようとすることがあるんだよ。まあ、別にそういうコミュニケーションの取り方そのものを否定する気は無い。だけど、僕らの所持も作用も満足に見えてない、評価もろくにしないような人間に安易に僕らの所持や作用を評価した気になられるのは腹立たしいと思わないか? 僕らの価値が見えてない連中に、僕らの価値をわかった気にさせる必要はないんだ。わかってない連中はわかってない連中で放っておけばいいんだし、そこに僕らの責任はない。そうだろう?

 なるほどね、何もわかんないわ。完全に毒気を抜かれた私は白旗を上げた。彼は一頻り笑ったあと、でも多分、君にもいつかわかるよ、いつかはね、と残して、そのまま去っていった。私は今も、彼の言葉の意味を考え続けている。

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