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第一印象・「亜美」

 亜美さんとは、高校生の時に図書館で出会いました。

書棚の一番高い段に並んでいる本を取りたくて、見上げていた私に、こっそりと密やかな声で、

「本、取ってあげましょうか?」

と話し掛けてきたのが最初でした。

背が高くて、私には到底つま先立ちになって、思いっきり腕を伸ばしても届かない位置に、簡単に、それも軽々と届くようなのっぽさんでした。
亜美さんは、社会人でした。フリーターですと言っていました。
私より、5才上でした。
秘密が大好きな人でした。
秘密がないので、秘密に憧れていると言っていました。
のっぽさんで、青いセーターを着て、古ぼけたジーンズをはいていました。
イメージ的には、太陽で、秘密とは無関係。でも、話す声は、ひそひそとして秘密めいていました。

あの時から、随分と時間は経って、私は高校も大学も卒業して。
大学院に籍をおいていました。
亜美さんとは、たまに会っていました。

ずっとフリーターさんで、コンビニの店員さん、ビルのガラス拭きの仕事、それはゴンドラに乗って、高いビルの窓を掃除するらしいのですが、
スリルがあって、楽しみながら時給も高いので、お得な仕事らしいのですが、私にすると、危険がいっぱいの仕事のように思えました。
亜美さんは、風変わりな人だなぁと思っていました。
海水浴のシーズンになると、海で働き、雪の季節になるとスキー場で働き。
私にとっては、眩しい存在でした。
1つところに収まっていずに、気の向くまま、いろいろな所へ行き、いろいろな人と接し、いろいろな仕事をしているのですから。

亜美さんと図書館は、なかなかイメージとしては合わない場所ですが、月に一度か二度、推理小説を読むため、また、推理小説の本を借りるために来ていたようでした。

亜美さんが月に一度か二度来るタイミングと私がその古い図書館に行く日が、どうしてか一致するのです。
打ち合わせなどは全くしていません。
不思議な一致でした。

 ところが、ある日、亜美さんは忽然と消えました。
私は2か月ほど会わなかったとしても、タイミングが合わないのねくらいにしか考えていませんでした。
生きている世界も違い、それぞれ互いに名前や住んでいる場所をざっと話したくらいで、携帯の番号さえ、教えあったりはしなかったのですから。

 それが、、会わなくなって3か月目の月末でした。あと数日で師走の12月になるという、とても月のきれいな日でした。
亜美さんのお母さんと、お姉さんが私がお世話になっている祖父母の家に訪ねてきました。

 そして、亜美さんが忽然と消えてしまったことを聞き、私は動転しました。
消えた?  何のために?
家族もまるで、見当もつかないらしく。
家族はまたどこかへ仕事なのだろうと思い気にもしていなかったそうです。
ただ、こんなに長い間留守にすることはなく、そもそもが家族には毎回、何処其処へ行く、何日間、何処の会社、どんな仕事など子細に話して出掛けたそうです。

私は、何故、私のところへ?
私のことは話してあったの?
などなど、こちらの方が訊きたいくらいでした。
お姉さんは、

「亜美の部屋を少し調べまして、すると、クローゼットの扉の内側に付箋が貼ってあって。
それに、あなたの名前と住所が書いてありました。そして、私が消えたら、理那さんに話してみてと書いてありました。」

 私はすっかり驚き、恐くもなりました。
秘密が好きと言っていた亜美さん。
秘密を持ってみたいと言っていた亜美さん。
図書館では、推理小説を読んでいた。
海外ものには見向きもしないで、国内の作家さんの作品ばかりを読んでいたはずです。
秘密? 推理小説? しばられた生き方はしたくないからフリーター。
生活を固定するのがイヤだから結婚はしない。
スレンダーで、のっぽさんで。運動神経抜群で。
図書館の帰りに、お茶を飲んだことはない。お茶だったら家で充分だからと。カフェでのコーヒー代は割高になると言っていた。
それで、亜美さんと一緒に入ったのは、、オニギリ屋さん。それと、、えーと、お蕎麦屋さん。そのくらい。

 亜美さんと私は、特別互いの心の中に踏みいった話をした記憶はなく、亜美さんが悩みを抱えている様子もありませんでした。

「誰か想いをよせている人でもいたのではないでしょうか?」

と訊かれても、そんな話は二人の間にはありませんでした。亜美さんが私に、そんな事を訊いたこともありませんでした。
まるで、異性には興味のないような人でした。何を話していたのかと問われてみると、はて、さて、何を話していたのでしょうか。
さっぱり思い出せません。
つまらない、どうでもよいような話ばかりしていたのでしょうか。

亜美さんは28才のはずで。
お姉さんという人も、お母さんという人も、亜美さんには似ていません。

人間の第一印象とは何でしょうか。第一印象はとても大切です。
つまり人間は、その人の全体的なイメージ、表面に出ているイメージをインプットして、その人の第一印象とするようです。

お母さんもお姉さんも、のっぽさんではありません。そこが決定的に亜美さんとは違っていたのです。
でも、よくよく二人を観察していると、女性にしてはトーンの低い野太い声は同じでした。ひそひそと話さない限りは、男性のような声でした。
また、よく観察すると二人ともに亜美さんと同じ手をしていました。
関節の骨がごつごつした、男性的な手をしていました。
声や手の形は、遺伝です。まぎれもなく亜美さんは、私の目の前にいる二人とは血の繋がりはあるようでした。

 私は不用意にいい加減なことは話したくなかったのですが、あくまでも私の勘ですがと前置きして。

「亜美さんは、近くにいるように思います。心配することはないと思います。年内には戻ると思います。」

確証はありませんでしたが、亜美さんは日本の推理小説ばかりを読んでいて、秘密に憧れていました。お金を無駄に使うことはありません。
実質的な人です。
カフェなどへは行きません。本も買いません。図書館で読み、借ります。
海外に興味はありません。秘密を持ったことがないので、秘密に憧れていました。
ひそひそ声で話さない限りは、男性的な声です。
高校時代も短大時代も、演劇部だったと言ってました。
いつも男性の役を割り当てられたと、確か言っていて、それは少し悲しみを含んでいたような。
身長は171㎝。亜美さんは、図書館で私に話し掛けてきたのは、小さくて可愛いと思ったからと言っていました。
確か、確か、そうです。
オニギリ屋さんで、二人でオニギリを食べている時に、

「亜美さんは、手足が長くて羨ましいです。」

そのようなことを言った私に、

「手足が長くても、特別、良かったと感じたことはなかったな、、。女の子は、理那さんのように可愛らしいのが一番よ。」

「いっそ、男だったら良かったのにと思うことが度々あるんだ、、」

あの時、私は何と言ったのだろうか。

「亜美さんが、もしも男性だったら、すごい素敵よね、、女子高生や女子大生に騒がれるわ、、」

そんなことを言ったはず。それは本音だから。私は、どんな人にもお世辞は言わない主義。面倒だから。
亜美さんのお母さんとお姉さんの話を聞きながら、亜美さんと話した内容を必死に思い出していた私ですが。

総合して考えてみると、秘密を持ちたかった亜美さんは、いよいよ秘密を持つことを実行したのだろうと私は結論しました。

危険なことなどに首を突っ込む亜美さんではありません。
フリーターで、いろいろな会社でいろいろな仕事をしてきた亜美さんですから、危険予知能力は人並み以上のはずです。
ジーンズかコットンパンツ。それも流行のデザインではなく、オーソドックスなもの。自宅の洗濯機で洗えるものより着ません。
下着は全部綿。百パーセント綿。
と言っていた。
スニーカーオンリー。
ビジネススーツやパンプスや、そんなスタイルが嫌なので、正社員とかにはなりたくないとも。オフィス仕事は嫌だとも言っていた。
自由は幸せ。でも、自由に生きていたら、全責任は自分にあるので、本当は厳しい人生なのだとも、言っていました。

沢山の友達がいる、よく集まって飲み会に行っていた、よく友達と電話で話していた、よくメールのやり取りはしていた、、と、お母さんもお姉さんも言います。ですが、消えてしまうと、
クローゼットの扉の裏には、生きる世界の違う、ぐっと年下の私の名前が書いてあったのです。

友達も皆、心配している様子でしたが、誰も消えた原因を分からなかったとか。
私は責任重大だなぁと、心も頭も震えてしまいましたが。
落ち着いて、亜美さんのことを思い出してみると、

「私達の近くにいるはずです。無駄を嫌う亜美さんです。背が高くて、男性にも見えます。秘密に憧れていました。秘密がないので、憧れるのです。  イタズラから始まったのではないでしょうか。男性に化けているのではないでしょうか。
フリーターで、いろいろな体験をしていますから、、何かの仕事をしているはずです。それも、きっと、私達の近くです。そうでなかったら、何故、私の名前を書き残したのでしょうか?
私に会うようと書き残したのでしょうか。」

私は、仮説を思い付きました。もしも私が亜美さんだったら、どうするかと。


 私は祖父が院長で、叔父さんもドクターとして働いている、内科と小児科の病院で暮らしています。
大正時代からの古い病院で、病院の裏側に院長の住宅があり、渡り廊下で病院とは繋がっています。
また、病院の敷地の中には従業員の宿舎もあり、独身の人は本人が希望すると、宿舎に入ることが出来ます。
住居の方のお手伝いさん、看護師さん、病院のお掃除専門の人などが、宿舎に暮らしています。

 私は、その宿舎のことを亜美さんに話した事があることを思い出していました。亜美さんは熱心に聞き、いくつか宿舎について質問したはずです。
食事のことや、宿舎の料金のことだったはずで、、空き部屋のことも。
私は詳しくは知りませんでしたが、一応は個人病院で歴史ある病院で、地域密着型を意識しているので、部屋代は無料と聞いている。
朝と昼は、入院している人達と同じ食事を食べられる。他にもっと食べたかったら、それは自由。夕食は宿舎にキッチンもあるので、それぞれ好きに作っている。
亜美さんは、切れ長の目をキラキラさせて、それはいいわ、とてもいいわと言っていたはずです。

私は、宿舎の管理をしている事務長に電話をして、訊いてみました。

「忙しい時間にごめんなさい。理那です。少し、お訊きしたいことがありまして。よろしいでしょうか?」

「珍しいですな、理那さん、どんなことを?」

「ありがとうございます。実は、今、私の部屋に人を捜している方達がお見えになっています。
細身で身長は171㎝、よく気が付き、多才な男性で、、、ちょっと美しい女性的な顔をした人ですが、2か月、または3か月前くらいから、宿舎に入った新人さんは、いませんか?」

「ああ、それでしたら、セイア君じゃないかな? 美青年ですよ。なんでもフリーターでずっときたみたいですが、学校に入り直して看護師になるとかで。現在は、病院の方の掃除と売店の仕事をやってもらってます。よく働き、従業員にも、患者にも人気がある青年ですが、、彼が何か?」

「ありがとうございます。
ちょっと違ったようです。忙しい時間にお手数お掛けして、申し訳ありませんでした。」

セイアという人は、亜美さんでしょう、多分。
私は、お母さんとお姉さんに、しばらくこのままにしておきましょうと、説得しました。
春には看護学校を受験するつもりのようです。やっと自分の道をみつけたようですから。
お母さんとお姉さんは、よろしく、何か変化があったら、すぐ知らせて下さいと言って帰って行きました。
私は、勿論、宿舎の食堂に行き、亜美さんを待ちました。
亜美さんは、私がいずれは、宿舎にいる亜美さんをみつけることを願っていたようにも思いました。

       🥀🥀🥀

 亜美さんは、遅まきでしたが、看護学校を卒業して、現在は都内の総合病院に看護師として働いています。
背の高い、男性的な声の看護師として。勿論、独身です。
自分の生きる道をみつけた亜美さんは、もう秘密に憧れることはなくなったそうです。

ありがとうございます。
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読むこと、書くこと、描くこと、弾くこと、綴ることが好きです。