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なぜごまかしが起こるのか想像してみる

例えば、大きな企業が商品を作るとする。製品なのか材料なのかは問わない。
それで商品開発とともに予定を立てる。この日までには商品ができると予定を決める。
商品ができてから売っていたのでは商売にならない。事前に販売目標を立てる。お客様に売り込む。契約を結ぶ。製品なら店頭の棚を確保しなくてはならない。
取引相手もそれが予定通り出るつもりで計画を立てる。予算を組む。さらに、別の顧客と契約を結ぶ。
スケジュールは余裕を取らず、全てが順調に当たり前に進むことを前提に作られる。
そのような中、何かひとつが遅れると、全てに影響が出てくる。人がいなくなったでもいい。取引会社の問題でもいい。皆が知っている事件や事故、災害の影響でもいい。品質をテストしていて問題が出たでもいい。何かが遅れると、待つ人が出てくる。この待ち時間のロスは予定に入ってはいない。こういった時間が積み重なってスケジュールはきつくなっていく。
でも、販売先は決まっている。販売予定日も決まっている。数も決まっている。契約は終わっている。約束はされている。ここで止めるわけにはいかない。進むしかないと皆が思う。
なんとかなる。ならなくても、なんとかする。ならなければ、・・・ごまかす。
自分の担当する部分で止まったら責任となる。責任だけは取りたくない。ごまかしても誰も分からない。
下手に指摘したら自分が悪者扱いされる。問題の担当にされるのも嫌だ。ならば、黙っているか、何も言わずに去ったほうがましだ。


成功と称賛を求めるタイプ3のアメリカなら、成功のために飾り立てたり、嘘をついたりするかも知れない。
安心・安全・安定が大切なタイプ6日本は、自身が(安心・安全・安定が崩れた状態の)未知や混沌に関わるのを避けるために臭いものに蓋をする。問題の先送りをする。見ざる聞かざる言わざるとなる。受動攻撃的(静かに攻撃的)態度となる(データの破棄など)。周りと一緒に流される(皆と一緒だと罪悪感が薄れ安心する)。ひどくなると、保身のために その場しのぎの嘘をつく。
タイプ6日本は、今あることを受け入れて先につなぐことに安定を見い出す。内容を判断はしない。判断は混沌との対峙なのでこれを嫌がる。責任は安心と安全が揺るがされるのことなので、責任は取りたくない。

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