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心理学の再現性問題 2

このnoteを書いたのは西田さん.
前回の記事 心理学の再現性問題1 の続きです。

心理学の「危機」


その「危機」が広く認識されるきっかけとなったのは、一本の論文でした。

2011年、心理学の査読付きジャーナルであるJournal of Personality and Social Psychologyに、ある論文が掲載されました。

Daryl J. Bem(2011) “ Feeling the future: Experimental evidence for anomalous retroactive influences on cognition and affect,” Journal of Personality and Social Psychology, 100(3): 407-425. https://doi.org/10.1037/a0021524

タイトルを訳してみると、「未来を感じること:認知ならびに情動への変則的遡及的影響に関する実験エビデンス」(論文タイトルの日本語訳はChmbers=大塚 2017=2019による)となります。著者は、アメリカのコーネル大学の著名な心理学教授である、ダリル・ベムです。この論文が掲載されたJournal of Personality and Social Psychologyは、アメリカの心理学系の学会としては最も大きなものであるAmerican Psychological Associationが発行するジャーナルです。

ここまでを聞くと、掲載されたベムの論文「未来を感じること」は模範的な心理学研究の論文だったのだろうと思ってしまいます。しかし実は、その中身は超心理学的なものであり、「予知能力」の存在を心理学実験によって支持するというものだったのです。

「未来を感じること」――遡及プライミング実験

論文は、9つの実験とその結果から構成されます。そのうちの2つは遡及プライミングretroactive primingに関するものです。これは、心理学における有名な実験の一つである「プライミング課題」の実験をもとに、ベムが作ったものでした。

まず、プライミング課題では、典型的にはこのように実験が進められます:実験参加者はパソコンの前に座り、画面にはポジティブあるいはネガティブな単語が一瞬だけ映ります。その直後に参加者は画像を見せられ、その画像が好ましいか好ましくないかを評価します。

プライミング課題が明らかにしてきたのは、同一の感情を喚起する単語と画像のセットを見せられた場合(例えば、単語「美しい」のあとに子猫の画像)のほうが、逆の感情を喚起するセットを見せられた場合(例えば単語「醜い」のあとに子猫の画像)よりも、画像に対する感情の評価が早く行えるということです。つまり、単語によって感情が「前もって備えられる」(プライムされる)ことによって、備えられた感情と画像の印象が一致すれば判断が速く、食い違えば判断が遅くなるのです。

ベムが行った実験のうち1つは、こうしたプライミング実験の手順をひっくり返すことでした。つまり、実験参加者はまず画像を見せられ好ましいかどうかを評価し、そのあとにネガティブあるいはポジティブな単語が表示される、という手順です。

結果として、画像の評価のあとで同一の感情を喚起する単語を提示したときのほうが、逆の感情を喚起する単語を提示したときよりも、評価が素早くなったということがわかりました。Bemはこのことから、画像を見せられた直後に提示されるはずの単語が、時を遡って画像の評価の速度に影響を与えるという遡及効果を報告します。つまりこれは、未来の出来事を予知する能力が、現在の行動に影響を与えたのだと主張しているということです。

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次回は「論文に対する批判」について

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