【フィンランドのイノベーション教育】アアルト大学IDBMの産学連携プロジェクトについて
サウナやマリメッコのデザインなどのカルチャーで有名なフィンランド。2018年から3年連続で、国連の幸福度ランキングで世界一に輝いたり、教育先進国、福祉国家、世界一男女平等が進む国など、様々な面で世界から注目を集めています。
また、ヨーロッパのシリコンバレーと呼ばれるほどスタートアップ企業の活躍が目覚ましく、人口わずか550万人と小国ながら、イノベーション大国としても知られています。
私が2017年8月から2019年5月まで留学していたアアルト大学は、イノベーションの創出に寄与する人材育成の拠点として2010年に設立されました。元々は異なる3つの大学が統合してできた大学で、日本でいう東京芸大(アート)・東工大(技術)・一橋大(ビジネス)の3つの専門が異なる大学が1つになったイメージです。
この記事では、留学していたIDBM (International Design Business Management)で経験したデザインイノベーション教育について、メインのプログラムである産学連携プロジェクトをご紹介したいと思います。
アアルト大学IDBMは、経済産業省の高度デザイン人材育成研究会でも、デザインスクールのカリキュラム分析で事例の1つとして掲載されており(資料)、2020年にArt&Design分野で世界7位に選ばれています(QS Rank)。イノベーション人材の教育、デザイン留学などの参考になれば嬉しいです。
概要:大学・企業・学生がwin-win-winになる仕組み
産学連携プロジェクト(Industry Projectと呼ばれる)は、約6ヶ月間に渡って行われます。大学がクライアントとなる企業を例年募集しており、学生は、そのクライアント企業に対して、共創型のデザインコンサルティングを提供するという仕組みです。
win-win-winとなる運営の仕組み
それぞれのステークホルダーにとってのメリットをあげると、
アアルト大学
・優秀な人材を確保するための宣伝効果(実際の就業経験が与えられる)
・企業から出資金をいただく
・学生への学びを実践する機会の提供
スポンサー企業
・学生との共創を通じて、デザインメソッドに精通したり、新しいアイデアをうけとることができる
・大学を通じて、自社の宣伝効果が多少見込める
・優秀な学生をそのまま採用することができる
学生
・机上だけではないリアルで実践的なデザインプロジェクトを経験できる
・無料で海外調査やプロトタイプ開発ができる
・就業経験が得られ、CVに記載することができる
このように、大学側(IDBM)・スポンサー企業・学生の3社がwin-win-winになるような画期的な仕組みで運営されていると考えています。
大学としては、毎年スポンサー企業を募集する必要がありますので、学生が最終的な成果報告をするプレゼン大会をオープンにして、次の年のスポンサー企業を募ったり、IDBM自体の宣伝を行なっています。
成果報告会の様子(企業向けウェブサイト)
特徴.1:デザイン・ビジネス・テックのメンバーで共創
IDBMコースに通っている学生の多くは、就業経験を持ち、デザイン・ビジネス・テクノロジーのいずれかに専門性を持っています。3つの異なる領域を専門にもつメンバーが敢えて、1つのチームを作ります。
イノベーションは異種配合であるとか、今の新しい事業は「ビジネス」「テクノロジー」「デザイン」の三要素が含まれていると言われています。
この3領域全ての「専門家」になることは途方も無いですが、1つ専門性を持ちながら、他の2つの領域に「教養(リテラシー)」をもって橋を渡し、コラボレーションやマネジメントをしてくことができれば、イノベーションを創出することができるという発想で、このプログラムが組まれています。
そのようなイノベーション人材となるための近道として、領域が異なる人達から学びあいながら、実際にイノベーションを創出するようなプロジェクトを経験してしまおうという発想です。
特徴.2 答えのない曖昧なテーマを取り扱う
課題解決型のコンサルティングと、デザインコンサルティングの大きな違いとして、課題の曖昧性があります。既に課題が分かっているが、ソリューションが出ない場合は、ロジカルなアプローチが適しており、問いの定義から始める必要がある抽象度の高いテーマの場合、クリエイティブなアプローチが適していると考えられています。
インダストリープロジェクトの場合は、デザインをベースにしたイノベーションを創出する教育プログラムであるため、答えのない曖昧なテーマにチャレンジします。下図のように、目眩がするくらい膨大な選択肢が考えられる状態から、リサーチを行い、課題を定義し、事業コンセプトやサービス設計などのソリューションに落とし込んでいきます。
デザインプロセスモデル
Tidd, J. & Bessant, J. (2013). Managing Innovation - Integrating Technological, Market and Organizational Change
企業が用意しているテーマは様々ですが、企業側でも、課題設定がされていないもので、非常に曖昧なものが多いです。
例をあげると、エレベータ製造で大企業のKONEがクライアントの場合であれば、「エレベーターで昇降中の体験価値の向上」であったり、世界のパッケージデザインで有名なHuhtamäkiがクライアントであれば、「中国の若者の価値観を踏まえた新しいパッケージデザイン」など、創造性の自由度が高いものとなっています。
特徴.3 インサイトリサーチに力点を置く
このような答えのない創造性を要するテーマに取り組むため、デザインアプローチを採用しています。インダストリープロジェクトが始まる前に、基本的な知識やスキルのレクチャーがあります。
デザインプロセスモデル(British Design Council)
例えば、British Design Councilが著名なデザイナーをリサーチして作成したデザインモデルを考えてみると、前半の「問いの定義」と後半の「ソリューションの開発」に分けることができます。
IDBMのインダストリープロジェクトでは、このうちの前半部分で行う「機会発見」に力を入れています。デザインリサーチとも呼ばれ、ユーザーやステークホルダー自身もまだ気付いていないような課題の発見であったり、価値観に関する洞察を収集します。
タイムフレーム(省略版)
例えば、私のチームでは、フィンランドの国立資源庁をクライアントとし、「ケニアの食の安全性を改善する社会事業のデザイン」をテーマに活動していました。ケニアのナイロビ大学やC4DLabというイノベーション創出のための研究機関とコラボレーションして、現地で3週間ほどリサーチを行なってきました。
トウモロコシを粉にする工場でのヒアリング
実際のデザインプロジェクトでは、全体のなかでデザインリサーチに比重をかけることは少ないと思いますが、様々なプロダクト・サービスに溢れている時代においてイノベーションを創出するためには、ユーザー自身も明確には気付いていない「インサイト(洞察)」を発見することが重要という考えに基づいています。
特徴.4 衝突して学ぶー「まずはやってみてみる」
これはアアルト大学もしくはフィンランドの教育に共通して言えることかもしれませんが、教授などの講師陣は「教える」ことをほとんど行いません。参考となる「ツール」を学ぶことができる論文などは教えてもらえますが、先生方は基本的には見守るスタンスで、依頼を受ければ「メンタリング」を行なっていました。
インダストリープロジェクトは、イノベーションを創出するためのクリエイティブマネジメントを学ぶコースでもあるため、いかに、チームメンバーや顧客、専門家などとうまく共創していけるのかが重要です。
言語化しにくい分野にはなりますが、オペレーションマネジメントなど、仕組みによって最適化することができる場合は、「ロジック(論理)」が行動原則となります。一方、ゼロからイチを生み出すようなクリエイティブマネジメントでは、ロジックだけで物事を決めることができないため、「心が動く」、「ワクワクする」などの感性的な面で、意思決定が必要です。
私の感じたマネジメントスタイルの違い
デザイナー・エンジニア・ビジネスのバックグラウンドを持つ人達は、非常に異なる物事の見方をもっており、また、国籍や性別、年齢、就業経験も異なるため、カオス(意見がまとまらず全く違うベクトルを向いている状態)に陥ります。また、絶対に従うべきフレームワークなども特にないため、議論が平行線をたどったり、仲間割れが始まったり、マネジメント上での問題が多発します。
学生によっては、クライアントやチームメンバー内での関係性がうまくいかず、プロジェクトを外された(単位は次の年に持ち越し)人もいました。
実は敢えてこのような環境を生み出していると考えられ、曖昧で答えのないイノベーティブな課題に対して、様々な視点を持つ人が寄り集まって、いかに発想をブレンドして、新しいものを生み出すのかその「マネージメント」にこそ、このプロジェクトが提供する教育の価値だと考えられます。
===
簡単ではありましたが、フィンランドのデザインスクールにおけるイノベーション教育について、インダストリープロジェクトを題材に特徴をご紹介しました。少なくとも、私が大学に在籍していた頃の日本の教育とは全然違ったアプローチだと感じています。このように、実践を通じて学ぶこと、イノベーションや創造性の高い仕事に対するマネジメント教育、産学連携をwin-winで回していく仕組みなど、デザイン教育の先進国に学べる部分がたくさんあるように思います。
Photo at Valkoinen sali, Helsinki, Finland