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孤独な連帯の共犯者となる

菅野さん(@sgnmio)さんが演出をお手伝いされていた、”THE COLOR OF MUSIC, THE SHAPE OF MUSIC 音のいろ、音のかたち〜現代おんがくはスペクタクルの夢をみるか〜”を観て衝撃を受けたので、この気持ちを整理するため、PCに向かってみる。

観た直後の私の感想の語彙力の無さが悲しいが、正直このツイートをするのが精一杯だったレベルの衝撃だった。

ちなみに、菅野さんにお誘い頂いた時には、演奏のみならず、映像・舞台美術・ダンスなど取り込んでいるのでOtodemieの活動の参考になると思います!としか聞いていない状態。東京藝術大学の学生さんが、それぞれの専攻分野を活かして取り組まれていることで、あれこれイメージは持っていたが、想像を遥かに超えてきた。この経験をどう文字に起こせるか悩む。そして、私は現代音楽なるものに全くの素人なのでご了承願いたい。

そもそも現代音楽とはなんぞや?をあまり知らずに観終わってしまったので、Wikipedia先生に聞いてみる。

現代音楽(げんだいおんがく)は、西洋クラシック音楽の流れにあり20世紀後半から現在に至る音楽を指す。ドイツ語では「Neue Musik」、英語では「20th century classical music」などと表記されるようにその定義も非常に曖昧・抽象的であり、他の時代の西洋音楽史の区分のように、様式によって区分されたものではない。現代音楽は調性をはじめとする従来の音楽様式を否定・更新した先鋭的な音楽を指すことが多い。最も顕著な特徴は無調への傾倒と不協和音の多用である。

吹奏楽で言えば、吹奏楽のためのスケルツォ 第2番 ≪夏≫はそれに近いだろうか?音が水平にメロディーとして流れるわけでなく、垂直な細切れの音楽が続く感じ。奏者として吹いたことがあるが、作曲者の意図が最後までわからずに終わってしまった。

舞台美術(第1幕)

舞台上には中央と左右に3枚の白い少し透けた幕が天井から釣り下がり、舞台上には他に端においてあるピアノ以外何もないように見えた。(実際には幕の裏側に箱が積み上がっていたことを後から聞いた。)

Bad Touch 

オープニングの佐藤幹仁さん。録音された音に対して、バチをクルクル回すパフォーマンスで、終始単調な音と暗いステージにたった一人というシンプルさなのだが、全く乱ず、音楽と共にはじき出される動きに吸い込まれるような感覚を覚える。大聖堂の時計の針の裏にある時計のゼンマイをずっと観ていられるかのような。こんな感じだが、パンフレットの解説は人生ゲーム風の曲目解説になっていてご本人のキャラクターのGAPが半端ない。

Recitation 

レシタシオンは、パンフレット上の解説によると、全14曲の声のソロのための朗踊(=詩句などを声高く読み上げること)からなるとされる。この作者は、演劇的要素を音楽と等価に扱う「ミュージック・シアター」の分野で多くの活動を行なっている。彼らの公式Youtubeアカウントから一つ抜粋するとこんな感じ。

例えば、Recitation No.3では、ステージ上で男性が何やら声高に演説しているような、しかし日本語じゃないので何言ってるか不明、且つ言葉以外の詰まったような音なのか声なのかを発するシーンが続く。

No.7では、女性の無意味な架空の話し言葉(録音)に合わせて、モノクロの写真が冒頭記載した白布に投影される演出。顕微鏡を覗いた時の泡のような写真、無機質な風景などが時に繰り返されながら声に合わせて細切れに入れ替わっていく。女性の声も低くなったり、突然大きくなったりするのでぶっちゃけ、ドキドキハラハラさせられホラー映画を見ている気分だった。

他には、女性が単語を話しているような、それとも笑っているような音が繰り返されながら、他の単語や音に拡散していくNo.11。録音された女性の声に舞台上には音に合わせて楽譜が踊りながら紡ぎだされるような映像が流れる。初心者にとっては声のみだと正直な所、単調かつ冗長に感じるので、この演出は憎い。

途中、黒作業服の方が積み上がった箱(私には後方から出してきているように見えていたが実は最初からステージにあったらしい)を崩し、ステージ真ん中を開けて半円を描くように置いていく演出があったり、ピアノ奏者がショパンの旋律を奏でるのを途中で遮るように、録音された音楽が始まったり。曲間の繋ぎ方、舞台上の転換が間を置かずに設定されており細やかな全体設計がされていたことが伺えた。

Modelle No.1 <<nostalgie>>

恐らく第一幕で最も観客の印象に残ったのは、中盤の一人の指揮者だけのこのパフォーマンスだろう。大型指揮台が一つ、また通常の譜面台が舞台上に4台置かれている。背景の白布にはオーケストラの画像、そしてたった一人、客席側を向いて舞台に立つ指揮者(客席側がオーケストラの設定だろう)。

指揮者が指揮棒を振ると音楽(録音)が流れる。各指揮台に移るたびに音楽と指揮者の表情、表現が変わる。時に苦悩に満ちたような叫びをあげたり、スキップしたり踊ったり。もし、これが前後の文脈なく彼の行動を見るとヤバイやつに見えたと思う。しかし、事前にパンフレットに記載されている平塚さんの文章を読むと彼の想いとエネルギーが表情、声、一挙一動から心臓に飛び込んでくるようだった。可能であれば、もう少し小型のホールで見てみたい。きっとまた違う感じ方をすると思う。

第一部の感想だけで2000字を超えたので、最後に、パフォーマーの平塚さんがパンフレットに記載した文章から一部抜粋させていただき、第一部の紹介を閉じよう。

芸術はそれが見聞きされた瞬間
同時に作者と演者と鑑賞者の経験になります
それはひとりぼっち同士の連帯です
ひとりでありながら、
同時に千人もの人が繋がるのです
その作品を経験した人は全て
この孤独な連帯の共犯者になります



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