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わたしを強くさせる言葉

ある時、ひどく落ち込んで母に電話したことがあった。

呼び出し音を聞きながら、情けなさや悲しさがこみ上げてくる。いい歳して恥ずかしい。電話がつながった時にはもう、涙がこぼれていた。

わたしの母をひと言で表すなら、少し抜けていて可愛い人。でも時々、「どうしてそんなに頑張れるんだろう」と思う時がある。仕事をしながら家事と子育てをほとんど一人でやっていたし、わたしと弟が「やってみたい」と言ったことはいつも応援してくれていた。

大人になった今なら、いろいろ想像できる。

仕事で嫌なことがあった日や、父と喧嘩した日、やる気がない日なんていくらでもあっただろう。でもどんな日も、朝起きればすでに母が起きていて、朝食やお弁当を作ってくれていた。帰れば温かいご飯があったし、家事も淡々とやっているように見えた。

働きながら毎日料理や家事をすることがどれだけ大変かを知ったのは、社会人になってから。あんなに頑張れていた理由は、なんだったのか。

「もうどうしたらいいか、わからないよう」

一人暮らしの小さな部屋の中、小さなテーブルの上に涙がぽたぽたと落ちる。すがるような思いだった。頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいかわからなくて。

電話越しの母の声を待つ。

呆れられるだろうか。それとも、慰めてくれるだろうか。

すると母は、真面目な、でも明るい声でこう言った。

「生きるってつらいでしょう?でもね、前を向いてできることを一つずつ、やっていくしかないんだよ」

呆れも慰めもせず、諭すように。

それから「こうしてみたらいいんじゃない?」と簡単なアドバイスをくれた。話していると、少しずつ頭の中が整理されていく。

泣いていても何も解決しない。
悲しみの真ん中に居続けても、何も変わらない。

それからわたしは、深呼吸をして自分にできることを探した。冷静になってみると、できることは明確だった。できることを一つやってみると、自然と次やるべきことが見えてくる。

暗闇に光が差し込んでくるような。
一歩先も見えなかったほどの霧が、すうーっと晴れていくような。

問題が解決したわけではないけれど、目の前が少し見えただけでこんなに気持ちが軽くなるんだ。混乱している時や悲しみの渦中にいる時は見えなかったことが、落ち着いて顔を上げると見えてくる。

もしかしたら母も、同じような気持ちで今までやってきたのかな。そうだとしたら、わたしの悩みなんてちっぽけなものに思える。

生きていれば、下を向きたくなることがたくさんある。

誰かの心ない一言に傷ついたり、自分の気持ちを押し殺して苦しくなったり、急に空っぽになったような虚無感に襲われたり。

前を向きたくても向けない時なんて、いくらでもある。

生きるってつらい。

つらいからこそ。

前を向いてできることを一つずつ、やっていくしかない。

何度闇を見て、嫌いな自分が現れて、心が苦しくなっても、前を向こうとする自分でいたい。

最初からどうしようもない世界なら、せめて自分の見ている世界は、自分で明るくしていきたい。

未来の日々をつくるのは自分だ。

母は強いなあ、と思う。

母のような人になれる自信はまだまだないけれど、壁にぶつかった時思い出す言葉で、少しだけ強くなれる。

「前を向いて、できることを一つずつ」

前が見えなくて不安な時も、悲しみでどうしたらいいか分からなくなった時も、目の前にある一つから始めてみよう。


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