仮想通貨の未来

令和4壬寅年3月16日日本経済新聞6面オピニオンFINANCIAL TIMESコラムで「仮想通貨、危機で利用加速」との記事。ウクライナ政府が戦費調達のために暗号資産での寄付を受け入れると発表したとのこと。

「この寄付額は欧州連合(EU)が発表した当初の9000万ユーロのウクライナへの人道支援を上回る」とのこと。戦費調達だ、と言っているところに暗号資産とはいえ寄付をするというのが文化と言って良いほどになっているのが、暗号資産界隈だとすると、その未来は暗いと言わざるを得ない。それは、金融投資の性格を考えると、戦争が儲かるから投資するという意味以上の何も見てとれない、非常に嫌な感じの市場の意思表示であると言える。

『ロシアによるウクライナ侵攻は、暗号資産が形勢を変える要因となる初の重大事件だ。』というが、むしろ暗号資産が形勢を変えたのだ、という意思表示の匿名性を利用して、実際には市場を動かすだけの資産力を持つものが戦争の形勢すらも思いのままにして、それによってさらに他の市場でボロ儲けするという、戦争責任ロンダリングに使われる可能性すらありそうだ。

『この戦争中にロシアとウクライナの資金が急速に暗号資産に流れ込んだことは、暗号資産が法定通貨の代替手段として利用されている様子を浮き彫りにした。』とするが、これは、為替相場で通貨価値が下落して経済危機が起こったアジア通貨危機以上のインパクトをもたらしそう。生活に関わる通貨が法定通貨以上に市場変動の激しい暗号資産に取って代わられたら、もはや一般財市場での価格表示機能は失われると言っても良い。インフレによる調整よりももっと制御不能な、通貨の機能不全、通貨経済の死をもたらすだろう。実体経済は、インフレによって飴玉が通貨の代わりになるような世界になり、法定通貨よりも信頼性の高い暗号通貨よりもはるかに信用できる飴玉、という何が何だかわからない世界になりそうだ。暗号通貨は食べられないが、少なくとも飴玉は舐めることができる実質的な価値を持つのだから。

「ロシア中銀に対する欧米の制裁によって、西側諸国以外の国が将来ドルを避けるようになるとの不安を招いた」とあるが、結局募金はドル換算で表示されているわけであり、むしろドルの更なる集権化のために仕掛けられたと考えるべきではないだろうか。アメリカも「デジタルドル」の開発に着手したようだが、皮肉なことに、米ドルの価値は、特に不安定な経済においては、匿名性のある紙幣という現物の信用度が高いことが大きく寄与しているのだ、という現実にどう向き合うのだろうか。

戦略的通貨政策が、国家の手を離れて民間の手に移る、というのは一つの画期であると言えるのかもしれないが、そもそも通貨を戦略的に用いる、という考え方が、どう考えてもその性質を捻じ曲げていると言わざるを得ない。価値の交換手段である貨幣、通貨は、価値が安定し、計算できるから用いられる意味があるのであって、それが戦略的に価値が変動するのであれば、物々交換の方がよほど欲しいものに確実に思った通りの価値で到達できることになる。アメリカが戦略的通貨政策を取り始めた90年代後半から、為替管理をしていた中国の影響力が急速に伸び始めた、というのは偶然ではないのだろう。徹底的に狙い撃ちにされた日本円はもちろんのこと、ユーロにしても、ポンドにしても、そして自由経済化したロシアルーブルなどその他の通貨にしても、ドルの顔色を伺うことなく経済政策を立てることができなくなり、ほぼ唯一独自の通貨政策を取り得た中国だけが急速に経済的影響力を広げたというのは必然だと言えるからだ。それが、アメリカの手すら離れて民間での複数の通貨戦略のせめぎ合いという、国家間ですらない覇権争いのような戦国時代状態になって、果たして世界経済は保たれうるのだろうか。実体経済に関わらないところでどんぱちやっているのは勝手だが、それがシステムの不安定性をもたらすのはとんだ迷惑だ。

一つ間違いないことは、戦争という超不安定状態が、貨幣という安定を基盤とした資産の革新を加速する、という考え方は、どう考えても読み間違えている、ということだろう。通貨は市場におけるコミュニケーションツールである、という基本部分に立ち返らなければ、どのような革新も絵に描いた餅に終わるだろう。相手に受け取ってもらえない貨幣などは、どれだけ積み上げても何の価値もないのだから。

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