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秋葉原にはラブホテルがない

秋葉原にはラブホテルがない。

いや1件だけ「ニュータウン」というホテルがある。
一応ラブホテル紹介サイトにも掲載されている時間単位で使えるホテルだ。
ただラブホテルと言うには華美な装飾などはないシンプルな作りで、使い方によってはセックスでも使えるけど、間違って訪日客が泊まっても気まずくないビジネスホテル的な内装になっている。なんとも秋葉原らしい合理性だ。

ラブホテルはないくせに秋葉原には18禁のお店なんてそこら中に散見される。
ビル一棟大人のおもちゃのお店もあれば、雑居ビルの奥まった場所にはブルセラショップ、キャットファイトビデオ専門店、所謂JKリフレ店も数え切れないほど存在している。

アダルト同人誌が市民権を得て堂々と書店に並んでいる街だ。その書店の前で10代の化粧っ気のない女の子がメイド服を着てメイド喫茶のビラを配る。そしてその前を彼女のことなど見向きもしないで大勢の男性が素通りする。

各々の欲が別方向を向いており、誰かと誰かの欲がマッチングして盛り上がる事はない。
誰とも交わることのなく一人で燃え上がった欲の行き着く先は結局自宅だ。

山手線の一番東側に位置し、千葉方面から上京してくると一番初めのハブの駅に当たるのが秋葉原だ。
私は大学に入学してから社会人の始めの頃まで、ここを遊びの拠点として生活していた。

というのも秋葉原でアルバイトをしていたからだ。CDショップとメイド喫茶の2つの店でアルバイトをしていた。

メイド喫茶は一応曲がりなりにも夢を売る仕事なので、秋葉原周辺で男性と歩く事も、プライベートで秋葉原に来ることも、ましてや秋葉原でアルバイトを掛け持ちする事も禁止されていた。つまり私は思いっきり規則を破っていたというわけだ。

働いていたメイド喫茶は中央通り沿いにある店舗ではなく、少し離れた場所にあった。改札を出てから、おそらくそのメイド喫茶に行くためにしか使わないような暗くて細い裏道を通って行くのが一番近かった。

メイド喫茶の従業員入り口は店舗入り口からは絶対にわからない作りになっていて、よくシフト上がりのメイドがタバコを吸ったり、スマホをいじったりしていた。
みんな性格もプライベートも様々だったが、やはり年齢よりは少し幼く見えるAラインのワンピースを私服で着ている率は高かった。

従業員入り口の扉の向こうは生温い夢の世界だ。
控え室でメイド服に着替え、髪型をセットすると、先ほどまで「無」の感情だったのに途端にスイッチが入る。鏡に映る自分が世界で一番可愛いと思えてしまうのだ。
きっと私はあの生温い夢の世界の演者の一人でありながら、ある意味で夢を見る側でもあったのだと思う。

父親くらいの年齢のお客さんや横柄な態度を取ってメイドの困った顔が見たい客さん、全く喋らないで長時間居座るお客さんへの接客もメイド服を着ていれば全く苦ではなかった。
どんな歪んだ欲だって自分に向けられる欲は気持ち良かった。
ただし、彼らの一方通行な欲は私に届く頃にはお金に換金される。
私が彼らの性欲を性欲として受け取り、それに対して私も直接性欲を返すことはない。
私の求める欲は金欲と承認欲だ。

彼らの欲と、私の欲は交わっているようでやはり交わっていない。てんでバラバラの方向を向いていて、それで経済が回っている。
街外れのメイド喫茶はそのまま秋葉原の縮図だった。

秋葉原に入り浸っていた数年間、いくつか恋もした。
その内の一人は秋葉原で出会った人物だった。一方通行な欲が交わる事も、稀にあるのだ。

昭和通り改札を出て、日比谷線の乗り換え口の後ろに秋葉原公園という広場がある。
公園と言ってもベンチも植え込みもない、公園の定義はなんなのか疑いたくなる様なただの喫煙所がある広場である。

秋葉原公園がこの姿になったのは2014年からだ。かつては植え込みやベンチもあったし、公園の入り口に数段の下り階段があり、公園の場所だけ周りから少し低くなっていた。低くなっている分、公園の外からは誰が公園内にいるか見えづらかった。

この公園はCDショップでのアルバイト仲間とよくラストまでシフトに入った後、ニューデイズで缶ビールを買って植え込みの石段をテーブル代わりに立ち飲みをしていた。
女子大生として決して褒められた姿ではないが、外から見えにくいのと、当時公園内は全面喫煙だったことから女子同士でとっておきの話をするのにここは最適な場所であった。
この公園で何本の缶ビールを開けたか、何本の煙草を吸ったか、いくつの秘密を交換したかわからない。そんな私たちの青春と秘密は区画整備で公園が改修されたことで喫煙所の地下に埋められてしまった。

この改修前の秋葉原公園で私は告白をされた。
彼は8歳年上の男性で、車も持っていたし、私がしたいことは何でも叶えてくれたし、欲しい物は与えてくれた。
とは言えそういった年の差冥利の副産物など当時の私にはどうでもよくて、ただ一緒にいるだけで楽しかったから付き合っていた。

今思えばもっと高級なお店や遠くの場所へだって行けたけど、そういった欲は当時の私には生まれなかった。
アルバイトが終わる時間に車で秋葉原まで迎えに来てくれて、世界の山ちゃんで私はビールを飲み、彼はウーロン茶を飲み、学校のサークルの話やアルバイトに来た変なお客さんの話をひたすら私が喋っているのを彼がにこやかに聞いてくれるという、恋人というよりは兄妹や親子の様な付き合い方をしていた。

そんな恋人としてはアンバランスな関係性は長く続くわけもなく、3ヶ月足らずで別れてしまった。付き合っていたことにカウントしていいのかもわからない短さだ。
しかも、彼と私は3ヶ月間プラトニックな関係であった。一度もセックスをしていない。

今私はあの時の彼とほぼ変わらない年齢になった。
彼はどういう欲で8歳年下の私を見つめていたのだろうか。
そしてあの時の私の欲はなんだったのだろうか…
各々の欲が理解できず、交わることがなかった秋葉原での恋。

やはり、秋葉原にラブホテルは要らないのだ。

これからも頑張ります!