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ヒヨコ釣りのひよこの話

ツイッターでは長すぎることをここで呟きます。

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子どもの頃、夜店でひよこつりを見るのが好きだった。
金魚掬いで金魚が泳いでいるのと同じ入れ物に、ひよこがたくさん入れられていて、そのひよこをえさのついたミニ釣り竿で釣るというもの。(今は動物愛護の観点からか見かけることはなくなったが)

入れ物の中でピヨピヨ鳴いているかわいいひよこをつって家に連れて帰りたい。夜店でヒヨコ釣りを親によくせがんだ。せがんでもなかなかさせてもらえなかったヒヨコ釣り。
しかしある日、「どうせつれないでしょう」ということでさせてもらえることになった。
「どうせつれない」はずだったが、1羽のひよこが、私のえさにうれしそうに食いついてくれて、そっと引き上げると私の手のひらの上に乗ってピヨピヨと鳴いた。小さくてはかなくて、とても可愛かった。

大喜びで、空気穴の開いた金魚を入れるような巾着型のビニール袋に入れてもらって(今なら、これも動物愛護の人が激怒する持ち帰らせ方法だ)連れて帰ることに。
「かわいいのは最初だけよ。どうするの!」と母に叱られたが、世話は私がするという約束で飼わせてもらえることになった。
早速、鳥用のえさを買ってきて、「ぴよちゃん」と名付けてせっせと世話をした。

小さなひよこは、みるみるうちに鶏冠がはえてきて、あっという間に立派な雄鳥になり、「コケコッコー」と毎日早朝に鳴くようになった。
ご近所迷惑を母は心配した。
大人になった今はわからないでもない。

それでも私は名前を呼ぶと、そばに寄ってきてくれるぴよちゃんが大好きだった。

しばらくたったある日、農家をやっている田舎のおじさんがやってきて、ぴよちゃんを連れて帰った。
田舎の広い庭や畑でぴよちゃんが楽しそうに鳴いている姿を想像していたある日、おじさんが「あのトリ」と呼ぶ包みを持ってやってきた。

その日、我が家の夕食は鶏肉の料理だった。

私は、あれからひよこ釣りをしたがらなくなった。
家族に迎え入れてしまうと、その命を守りたい、守らなければとやはり思ってしまう。でも、私たちはいつも鶏を食べてきたのだな、と。
自分の家族を食べたくない。そんなことを思った幼稚園児。

鶏肉を見ると今でもぴよちゃんを思い出すが、鶏肉料理は好きだ。
ただ、鶏肉料理はあれからなるべく残さなくなった。命をいただいているのだと思うからだ。

なら、魚料理も残さず食べろよ、と言われそうだが、刺身と寿司以外、魚料理はどうも苦手で、子供たちがいた頃は、子供たちのために魚料理を作ったが、たくさん食べなさい、と言って、自分の魚を子供たちの皿に入れたりしていた(笑)

ふと何気に思い出して、noteに書いてみた。




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