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海外の医療制度③ アメリカ

3、アメリカ

イギリスフランスの医療制度に引き続き、アメリカ。アメリカは先進国で唯一、すべての国民を対象にした公的な国民皆保険制度がない国と言われている。世界の医療制度を大きく4つに分ける中で、アメリカは先進国の中で唯一自己負担(out-of-pocket)に頼ったPrivate Insurance Model個々人が持っているお金に応じてかかれる保険、医療サービスへのアクセスが異なる。イギリスなどのセフティーネット要素が強い医療制度の対局にある。

アメリカの医療保険制度をすごく大雑把に3つに分ける。
まず公的保険として65才以上の高齢者及び障がい者むけ医療保険である①メディケア(連邦政府が運営)。65才以上に適応なので、この層に関しては皆保険という状態になっている。次に、同じく公的保険で低所得者向け医療保険であるメディケイド(連邦政府と州政府が財源を出し合って運営)。
それ以外の一般層についてはマネージド・ケアといって、民間保険に入る形になっている。

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GDPの医療費が占める割合は17.2%とダントツ一位。ただし、その公的医療支出だけであれば、フランス(11%)やドイツ(11.3%)、日本(10.9%)などよりも低く、押し上げているのは民間保険になる。


アメリカの医療保険制度の歴史を簡単に振り返ってみる。
世界恐慌後、1930年代のフランクリン=ローズヴェルト大統領によって経済政策に大きなメスが入った。ニューディール政策だ。ここでは失業保険と年金制度が優先され、医療保険は後回しになっている。
1950年代から民間保険が増えだし、大企業などが福利厚生などで民間保険を取り入れるようになった(企業負担100%)。ちょうど冷戦の時代だったこともあり、公的保険に関しては社会主義的な政策だという強い逆風があったが、お金がない人や高齢者などは民間保険には入れないなどがあり、1965年にメディケアメディケイドがようやく創設された。また、クリントン時代にCHIP(こども版メディケア。州が主体となって19歳以下の子供に対し、無料または低コストの医療保険を提供する公的医療保険制度)ができた。子供の無保険を減らすことを目的に行われた施策だったが、低所得者の医療費に対する経済的負担が軽減されることとなり、この制度は今でも評価されているという。
そして有名なのが民主党のオバマ大統領によるオバマケア(正式名はPatient Protection and Affordable Care Act:PPACA)。民間的な医療保険が推進される中でその当時、アメリカでは国民の1/6が無保険者で、医療費が払えず(特に保険未加入者)破産する人もいた。アメリカのそこでオバマケアでは、医療保険加入の義務化を進め、無保険者の削減につとめた。以下に内容を見ていく。

1)メディケイドのカバー範囲の拡大。メディケイド(低所得者:*FPL133%以下)の加入条件に所得上限の緩和を行った。メディケイドの財源は州政府からの拠出もあり、州によって加入要件が異なっていたのを均一化した。
2)政府によって規制された民間医療保険市場の提供と保険料に対する補助金。メディケイド対象外なものの、所得が低い人(FPL400%以下)に対して連邦政府が補助金を出して民間医療保険に加入させることにした。Health Insurance Marketplace(HIM)という連邦政府によって規制された医療保険の市場を作り,そこで民間会社に医療保険を売ってもらうようにした。このマーケットプレイスでは自己負担に応じて4種類のラベルのついたプランを選択することができるようにした。
3)裕福層に対する民間医療保険加入の義務化。裕福で保険料を払う能力のある個人が正当な理由なく医療保険に加入しない場合には税金が高くなることになった。
*FPLは連邦貧困ラインFederal Poverty Level の略。公的保険制度に入れる基準となっている

大きな企業であれば雇用者の保険を負担するが、保険の提供をしない企業や自営個人などは保険料負担が大きく加入困難だった。オバマケアによって,米国民に占める無保険者の割合は2010年が16.0%(4900万人)であったのが2015年には9.1%(2900万人)にまで減少した。下の図の右側のラインがオバマケア以降の政策で無保険者が減ったことがわかる。

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JAMA. 2016[PMID:27400401]

オバマケアの一環で特筆すべき政策がHITECH法という法律。2009年に健康情報整備に190億ドルもの予算を計上し(ちなみに当時の電子カルテの世界市場が220億ドル)、EHRの市場導入を促進。わずか4年でEHRの普及率を32ポイント上昇させる(2009年:46.3%→2013年: 78.4%)。これが後の米国において、ベンダーに左右されないデータ収集などが行え、ヘルスケアITが活躍できる基盤を作ったとも言われているそうだ。

アメリカで特徴的なのが医療サービスの提供を民間保険者側がコントロールすることによって,効率的に医療サービスを供給するシステムとなっていること。民間医療保険にはいくつか種類があり、所得や必要なサービスによってどの種類の保険に入るかを決める。

必要なサービスの中には医療資源のネットワーク(医師、病院、ラボ、クリニックなどの医療機関)へのアクセスが含まれるが、アメリカのほとんどの保険プランは、その保険プランが支払う医療報酬を承諾して契約している医療機関を利用しないと、保険が使えないか、患者の自己負担が増える。
特徴的なものとしてはPPO(Preferred Provider Organization)とHMO(Health Maintenance Organization)がある。
PPOはアクセスできる病院の幅が広く、保険会社が契約している医療機関のネットワークの範囲内外でも使えるが、ネットワーク外の場合は自己負担は高くなる。リファラルも不要になるが、保険料は高い。
HMOはあらかじめプライマリ・ケア・フィジシャンの登録を行い、高次の病院を受ける際には紹介状が必要になってくる。保険料は安いが、ネットワーク外の医療を受けた場合に法外な値段がかかり、その際の救済措置がないなどのデメリットはある。そのため、医療費による破産のリスクもある。

ちなみにトランプ大統領はオバマケアに反対をしているが、オバマケアの一部を撤廃する法案はアメリカ議会上院で僅差で否決された。オバマケア取扱保険会社が赤字になってしまうということでどんどん減っているという現状はあるものの、オバマケアを撤廃することで無保険者が増えるのではという懸念は強い。ちなみにトランプ政権になってから無保険者層は順調に増えているそうだ。また、今度の大統領選挙戦においてもこの医療費の高騰が争点に上がっているようで、別の記事にて展開する。
1件当たり定額割支払方式(DGR)をいち早く本格導入したのはアメリカで、世界がこのアメリカのモデルを参考にしたと言われ、世界に注目されてきた仕組みも作っている。歴史の流れ、自由で独立した国民性を持つ国が民間保険を主軸に辿ってきた変遷は興味深く、選挙戦の動向も含めて今度の変化にも目が離せない。


参考文献:
オバマケアは米国の医療に何をもたらしたのか?
オバマケアを批判する人たちが絶対に認めようとしないか、全く理解できないこと

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