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成果と人格を分けることの大切さとその訓練について

同僚と昼飯食べながらあれこれと話をしていたことです。
ほとんど dump に近いですけど話てた内容をまとめてみました。

※ 話に出てくる仮説はほとんどは自分の観測範囲の中で見てきたことをベースにしてます。

TL;DR

- あらゆるドメインで成果と人格を分けて考えることができる人はほとんどいない。
- 成果と人格を分けることは訓練によって身に付けることができる後天的なものである。

成果と人格を同一視してしまうこと

以下のようなユースケースが一度は経験があったりするのではないでしょうか?少なくとも自分はたくさんあります。

- ビジネスプランを作ったけど内容を否定されて傷ついた。
- 頑張って実装して提出した PullRequest で Request Change をもらって凹んだ。
- 疑問や質問でさえ、否定的に捉えてしまう。

これ、もちろんコミュニケーションの仕方に問題があるケースもありますが、適切なコミュニケーション(「だからお前はダメなんだ」みたいな人格否定をするようなことのない)が行われている中でも人によってはネガティブな感情を抱いてしまう人がいます。

自分も社会人始めたばかりの頃はフィードバックを真に受けて凹んでいましたし、エンジニア歴6年目の今でもPRにコメントが来たときには、ポジ or ネガで言えばネガな感情を持ちます。
(もちろんフィードバックとして受け止めていますし、理解して適切に対処してるつもりです。)

こういったフィードバックに対してネガティブな感情を持ってしまうのは、大体のケースに置いて、 自分の仕事の成果(アウトプット)に対して、自分の人格を乗せてしまうことによって発生することだと思います。
成果に人格を乗せてしまうと、フィードバックですら人格否定のように感じてしまうことがあります。

成果に人格を乗せてしまう人は、真面目な人に多い気がします。自分の仕事に対して誠実に取り組む人ほど、成果に人格を乗せてしまうことが多いような気がします。

もちろん、人間なので、努力や頑張りを認めて欲しい気持ちはありますが、アウトプットはその人の仕事の成果そのものですし、仕事は適切に評価されなければいけません。

徹夜して企画書をあげたり、コードを書こうが、アウトプットとして要求する基準に達していなければそれは成果として評価されません。
(ここまで書いてて自分にグサグサ刺さっています。ブーメランとはまさにこのことですね。。。笑)

これは評価者も被評価者もどちらにとっても不幸なことですし、成果と人格を分けて考えることができるだけで、仕事を進める上で心理的に楽になるのではないかと考えています。

全ての分野で成果と人格を分けることができる人は少ない

ここまで書けば、「なるほど成果と人格を分けて考えることができればいいんだな?」「いやいや、俺はちゃんとフィードバックをフィードバックとして受け取っているぞ。」という風に思う人がいるかもしれません。素晴らしいことだと思います。僕はまだ全然できません。

ただ、例えばエンジニアとしては、アウトプットに対してフィードバックを素直に受け止めることのできる人が、企画を立てたり、KPI設計をしたときに、そのアウトプットに対するフィードバックを適切に受け止めることができるかというと案外そうでもない事案が多いなと思います。
そのため、もちろんできる人もいると思いますが、多くの人は自分の専門領域の外側では、適切にフィードバックを受け止めることってできないのではないか?という仮説を自分は持っています。

これについてなんでなんだろうか?と一人で考えてて思いついたのが、専門外のことに対して専門家からフィードバックを受けると本能的にマウンティングされていると感じてしまうからではないかなと考えました。

評価者にそのつもりはなくても、被評価者から見ると知らないことをあれこれ言われて「なんでお前わからないんだ」って思ってることがあるかもしれません。

ある程度、アウトプットを評価するときには前提知識を持ってるもの同士だとスムーズに進むことが多いなと経験上感じてましたが、どちらもある程度習熟した環境においては、成果と人格は最初から分離しており、お互いがお互いを尊重しあってスムーズに進めることができるのかもしれません。

評価者の役割について

僕は主に2つあると思います。
1. 人格否定はしないこと、および成果に対するフィードバックであって成果を否定してるわけではないことをあらかじめ伝えること。
2. 成果と人格を分けて考えることができるようになるまでコミュニケーションを丁寧にすること。

上述しましたが、人間である以上、努力や頑張りは認めて欲しいし、褒めて欲しいです。これは承認欲求を持っている以上仕方ないことだと考えます。

評価者/被評価者という関係になった時に評価をする側の方が、年次が上だったり、歴が長かったりすることが多いと思います。
僕は経験の差がアウトプットのクオリティに影響することは仕方ないことだと思ってるので、まずは

- 求めるアウトプットのクオリティを言語化すること
- 出てきたアウトプットに対してのフィードバックであって、人格否定はしないこと
- 経験の差があること

をあらかじめ伝えておくとスムーズにコミュニケーションできるし、意図せず被評価者がネガな気持ちにならずに済むのではないかなと思っています。

結構、見る人がここをサボってるなーと感じることが多くて、それはアウトプットのレベルが低いことが問題なんじゃなくて、要求を言語化できていない評価側の責任だと思います。

被評価者の役割について

成果と人格を切り離して考えることです。そしてそのためには、まず何より、フィードバックをもらう相手を100%信用することです。
むしろこれ以外する必要ないんじゃないかと思います。

前提となる信頼が崩れていたらそもそも、成果に対するフィードバックを素直に受け止めることはできません。フィードバックをくれる人は別にあなたのことが嫌いであるわけではないと思います。くれる方も仕事として素直に自分の出した成果に向き合ってくれてると考えるといいのだと思います。

そしてフィードバックについては素直に受け止めることと、わからなければ質問しましょう。
知らないことは恥ではなくてむしろそこに自分の足りないものを埋めるチャンスがあります。

昨日まで知らなかったことを知ることができたら儲けもんだし、できなかったことができるようになればいい、くらいの意識低め(?)でいると気が楽です。

あと高々フィードバックくらいで落ち込まない強い心を持つことだと思います。(回数こなせば自然と強くなります。)

まとめ

どんな仕事でもアウトプットをレビューしてもらう機会はあると思いますが、エンジニアを仕事としてやっていると特に Pull Request という形でめちゃくちゃレビューを受ける回数が多く、回数をこなす中で自然と成果と人格を切り離せるようになっていた(心が強くなっていた)ので、意識してこなかったのですが、改めて言語化してみると訓練でどうにでもなる後天的なスキルセットの割に、これを身につけてるだけで、仕事がすごい楽になるスキルで、個人的にはめちゃくちゃコスパがいいスキルだと思いました。

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やったー!
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ソフトウェアエンジニア。渋谷で働いてます。普段考えてることをとりとめなく、文章にしてます。技術的な記録はこちら -> https://ema-hiro.hatenablog.com/
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