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キムタクが国民の元カレになった日

キムタクのインスタによって、私の何かが満たされている。


緊急事態宣言が解除されようとしている。この数ヶ月、本当にいろんなことがあった。

あれは5月8日のこと。キムタクのインスタが開設された。あの日から、在宅勤務と育児で疲れ果てた心の隙間に、キムタクが浸透しつづけている。

毎日の投稿を心待ちにして、わざわざキムタクのアカウントまで見に行ってしまう。まだ昨日の投稿が最新だと、そっとため息をつく。やっと新しい投稿があると、どきどきしながらその写真をタップして、スマホの画面いっぱいに広がる写真とコメントを堪能するのだ。

なぜか毎回カギ括弧に入れられるコメント。語尾に多用される赤い絵文字のびっくりマーク。妻や娘を彷彿とさせる広大な庭と愛犬、突然現れる「乗り越えろ!」という手書きのコメントとイラスト。
そのすべての投稿に、どうしても、文句を言いたくなる。一言何か言わずにはいられない。そんな猛烈な欲求を、彼は執拗に刺激してくるのだ。


思えばキムタクは、ずっと国民の恋人だった。結婚してからも、まるで恋人であるかのように、現在進行形でかっこよかった。an・anの好きな男ランキングでV15を飾ったとき、彼は誌上のインタビューでこう答えている。

「感謝します。選んでもらえたこと、その選択肢に加われたこと。値段のないガソリンをたくさんいただいて、これは有効に使わなくてはと責任も感じますね」(an・an no.1628 2008.10.1 )

うおー。私、あなたのガソリンになってもいいですか。そんな時代から10年以上、年齢を感じることは度々あっても、お茶の間のイメージが完全に覆されることはなかったように思う。

しかし、バラエティや音楽番組での逢瀬が減った間に、キムタクはそっと、国民の恋人の座をおりていたらしい。そのことを、このインスタ開設を機に、まざまざと見せつけられている。

そこにはもう、私たちをガソリンにしてエンジンをふかしていたキムタクの姿は見えない。その代わりに、妻や娘のアカウントでもお馴染みの愛犬とたわむれながら、いつも天気のことで一喜一憂しているキムタクがいる。


もうキムタクは恋人ではない、ひとりの元カレになってしまった。どうして元カレのSNSチェックはこんなにもはかどるんだろう。毎回の投稿を心待ちにしては、更新される度に不満がつのり、誰かに愚痴を伝えずにはいられない。

今日の投稿も、どことなく奥さんを彷彿とさせるよね。ねえ、奥さんのアカウント見た?いかにも同じ家に住んでますって感じでさ。ほら、あれ、コメントの絵文字だって、使い方どうなの。昔はあんなんじゃなかったのに。まあ、別にいいんだけど。幸せそうでよかったと思ってるんだけどね。だって本人の自由だもん。うん。わかってる。ただ、ちょっと嫌な気持ちになっちゃっただけなのよ。はあ、せめて、キムタクの奥さんが、静香じゃなくて辻ちゃんだったらよかったのに。


はー。贅沢だな。元カレの愚痴って、なんて贅沢な行為なんだろう。

そもそも元カレの愚痴は、対象である元カレが存在しないと口にできない。そして、そのためには、元カレの母体となる「カレ」を作らないといけないのだ。これ、誰にでも作れるものじゃないんですよ。わかります?モテるあなたにはわからない?ああそう。でも私にとってずっと、越えられないハードルだった。

しかも、元カレがいたって、誰にも言えない道ならぬ恋なら、一言の愚痴も許されない。公式のカレだったとしても、まだ消化しきれない何かがあったら、やっぱりその愚痴は楽しいものになりきれない。元カレの愚痴へのハードルは、とてつもなく高いのだ。


でも本当は、ずっと言ってみたかった。「元カレが、今のカノジョのことミクシィに書いてて超しんどい」とか。「〇〇ちゃんと付き合うなら、せめて△△さんにしてほしかった」とか。言いたくて言いたくて仕方なかったけど、ミクシィ全盛期を生きていたころの私に、その権利は与えられなかったのだ。

ああ、あのころの自分に伝えたい。今なら、アプリを起動するだけで、そこに国民の元カレがいる。誰もがその元カレを知っていて、名前を出せばどんな友人もすぐにわかってくれる、理想の条件に満ちた元カレが。


私は今日も、そんな夢のようなアプリが入ったスマートフォンを携えて日常を営む。コンビニに出かけ、雑誌の棚の前を通ると、見知った顔がちらりと視界に入った。あ、キムタク。なんだか気恥ずかしくなって、すぐに目をそらす。いやいや、急に視界に入られると、どきどきするんですけど。ちょっと何その表情。ほんとやめてほしいなあ。

これから緊急事態宣言が明けて、生活が徐々に戻ったら、こんなにもキムタクを消費することはなくなるんだろう。なんだか淋しい気持ちもする。でも、ちょっと疲れてしまったら、きっとまた、アプリを起動するんだろう。そんな気がしている。

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