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昔のことでも、些細なことでも本音は伝えた方がよいー長いコンプレックスの解消

先週、数年ぶりに会う友人と一緒に野球観戦に行った。

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中学の時に、僕とその友人はGKのレギュラーポジションを争うライバル関係だった。

といっても、二人の関係は決して険悪なものではない。休日に2人でグローブを見に行ったりもしたし、練習もお互いにサポートしながらやった。

とはいえ、公式戦に出場できるのは一人である。顧問もそれなりに頭を悩ませたようだが、僕は友人がレギュラーに選ばれることの方が多かったように記憶している。ほかのサッカー部メンバーからの評価も若干友人の方が上だったように思う。

それでも友人がケガをしていた時など、様々な事情で僕もそれなりの出場機会を確保することはできていた。

そして、中学最後の公式戦。

僕と友人は前後半ずつの出場だった。それほどレベルの高くないサッカー部における顧問の教育的な配慮だったのだろう。もし、顧問が純粋に実力のみで判断していたら…。

おそらく友人をレギュラーとして選んだであろう。僕はずっとそう思っていた。

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中学卒業して15年ほどが経過し、30代になってから、中学時代の仲間とフットサルを行う機会が増えた。

フットサルの後に、食事に行き、昔話に花を咲かせる。僕らのチームにおけるGKのレギュラー問題も、当然話題となる。当時のサッカー部のメンバーは、思い思いにそれぞれの評価を口にする。

話題の当事者である僕は黙って聞いている。

大人になった今でも多くのチームメートは、やはり僕とレギュラー争いをしていた友人の方を若干高く評価しているようだった。その評価については、僕も異論はない。当時から、そう思っていたからこそ、負けないように練習に打ち込むことができた。

会話がひと段落したタイミングで、僕は、その思いを率直に口にする。

「みんなの評価は正しいと思うよ。俺もまぁ正直そう思ってたし」。

それを聞いた友人は少し不思議そうな顔をして、まったく含みのないフラットな口調で言った。

「俺も、お前の方が巧いと思ってたよ」。

◆◆◆

本当に気にしてなかった。昔のことだし、大人になった今ではGKが巧いかどうかなんて、生きていく上でまったく関係のないことだ。事実として、友達の方が実力が上だったとしても、全く問題はない。仮にそうだったとして、当時の僕の努力が否定されるわけではないし、一つの結果として受け入れることはできる。

ただ、その言葉を聞いた瞬間に、自分の心の奥深くにあったコンプレックスが解消されていくのを感じた。僕が友人の実力を脅威に感じていたように、友人も僕をそれなりに脅威に感じていてくれた。

もし、友人の言葉を聞くことがなければ、今より歳をとって、ふとした時に、中学時代のレギュラー争いのことを思い出したときの感触は、少し苦いものになっただろう。

しかし、今ならとてもさわやかな気持ちで思い出すことができる。自覚しきれていなかったコンプレックスが解消されたのだ。

そんな友人と見に行った野球の試合において、愛するライオンズは大敗を喫した。それでも、その日飲んだお酒はとも美味しかったのである。

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零細出版社で広告営業→広報誌編集→BLOGOS編集部(http://blogos.com/ )で編集記者を経て、今もWebメディア周辺でお仕事してます。WEBメディアとか西武ライオンズとかについて書きます。好きな言葉は「ミラクル元年 奇跡を呼んで」。

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コメント (1)
すてきな記事でした
ありがとうございました
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