見出し画像

奇跡の人


ヘッポコ兄は、陸上部だけでなく演劇部にも所属していた。

文化祭で上演した「逃亡者」は、なかなかの出来だった。
特にメインになる2人の女子生徒の熱演が光り、区の大会で最優秀に選ばれ、なんと都大会まで進出してしまったのだ。
ただし、ヘッポコ兄は数少ない男子部員であり、3年生であるという理由から、いい役をいただいてはいたが決して芝居はうまくなかった。

さて、都大会である。
東京渋谷の児童会館ホールで行われた。
今回のN中の演し物「逃亡者」は渋谷駅ハチ公前が舞台になっている。
N中は、渋谷まで電車で30分もかからない場所にある。
歩いて行こうと思えば、行けないこともないぐらいである。
(1時間半もかからず着くんじゃないかな~)
とにかく他の出場校とくらべても、かなり「渋谷に近い」地元から出場しているわけである。
ここんとこ伏線ね。

私も芝居好きなので、N中の出番は午後だったが2番目の演目から全部観た。
M市立S中の「夏芙蓉」は絶品で、一人、涙と鼻水をたらすはめになった。

話は逸れたが、無事に都大会は終了した。
帰途は一緒に帰るつもりはなかったが、集団で帰る演劇部と、どうしても一緒になった。
土曜日の夕方、殺人的な混雑のJR渋谷駅で全員が改札を通過するのも大変だった。
私は数人の父兄と一緒に新宿方面のホームへ向かう。

ふと見ると、部長を先頭にした集団はぞろぞろと反対方向(恵比寿方面)へのホームへあがって行こうとするではないか。

かわいいレミングの集団よ。
きみたちは、どこへ行こうとしているのか。
演劇部は、全員方向音痴なのか??
その時、最後尾を歩いていたらしい人物の声が響いた。

「おい、そっち違うだろ!」

ヘッポコ兄の声だ。

「Water!」
(と聞こえたかもしんない)

何が起こったというのだろう。
反対方向へ迷いもなく進む演劇部員たちを引き止めて正しい道へ導いたのは、あの超方向音痴のヘッポコ兄であったのだ。

もうすぐ卒業前の社会科見学で、ディズニーランドに行く兄王子は「解散後も残って個人的に遊ぶ」コースを選んだ。
大丈夫かな、帰って来られるのかな。
奇跡は何度も起きないから、奇跡と呼ぶのよね。

この奇跡の人は実在した。
そしてまもなく伯父になる。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?