エルケン
けものフレンズの友達は実は「他人」でしかなかったという現実
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けものフレンズの友達は実は「他人」でしかなかったという現実

エルケン

アニメ『けものフレンズ』がオワコンになり、二期がグダグダな現状を見て夢から覚めたという人は多くいるのではないだろうか。

楽しい時間はいつまでも続かないし、すごーい!と思っていた仲間たちも実はブームが過ぎ去れば他人になるだけの関係性でしかなかったのだ。


「ジャパリパーク」という理想郷や桃源郷は存在しないし、約束の地カナンもそこにはない。

2017年の年末の大型歌番組にどうぶつビスケッツが出場を目指していたころの熱量はもうとっくに過ぎ去ってしまい、今は閉園に追い込まれている悲しい現実しかないだろう。


定型文を使って表面上の仲間意識を満たしていた仲間たちも実はただの他人でしかなく、「フレンズ」ではなく「他人」でしかなかった。

友達だから一緒のゲームをしているわけではなく、一緒のゲームをしているからその時だけは友達みたいな話と似ている。そのゲームをしなくなれば疎遠になる関係であり、オンラインゲーム仲間など儚い人間関係なのだ。

それと同じでフレンズだと思っていた人々も実は冷淡な他人でしかなかった、この寂しさに直面している人々がまさにけもフレ難民である。


今思えばニコニコ動画が久々に盛り上がって画面に流れるコメントが面白かったり、動物園の入場者が増えるような社会現象になったりしてた時期はなんだったのだろうか、一瞬の夢だったのだろうかと彼らは考えているだろう。

自分自身けもフレにそこまで敵対しているわけではなく、ペンギンのキャラクターが好きなグレープ君というペンギンは可愛いと思って微笑ましく見ていた。けもフレのアニメ自体はほとんど見ていないが、そんな自分でもあのペンギンに癒されたのだから、本当に熱量があったファンのことを思うと同情する部分もある。


これも結局「坂の上の雲を目指している時が一番楽しい」という現象で、上ってしまえばあとは下り坂なのだ。上った場所にあるものがしょぼかったり、上った場所から見る景色が思い描いていたような綺麗な景色でなかったりすれば、そこには虚しさだけがある。

けもフレの場合上った坂の向こう側にあったのは、監督降板騒動のような醜い現実だけでしかなかったのだからなおさら悲しいだろう。

サーバルちゃん「かなしーい!皆フレンズじゃなくただの他人だったんだね」

「ジャパリパーク」は偽りの桃源郷でしかなく、実際にはここではない理想の地はどこにも存在しないのだ。


そもそも自分がなぜここまでネットや世の中に冷めているかといえば、坂の上を目指して駆け上がっていっても楽しい未来はないということをすでに悟る体験をしているからだ。

例えばニコニコ動画だって黎明期の時は面白くなっていくと思っていたら、そのうちボカロや歌ってみた、生配信の時代になりどんどん雰囲気が変わりつまらなくなり面白くなくなっていった。そしてそのニコニコ文化ですらユーチューバーにとってかわられ、廃れて会員数はサービス開始当初のレベルに落ち込んでいる。


ネットそのものだって「ネットが普及して真実が広まればマスコミは崩壊しよい社会が訪れるだろう」なんて青い思いを抱いていたがネットが普及して世の中が面白くなったかといえば、冷めた人が増え、どこも蛸壺化が進み大して盛り上がらない時代にしかならなかった。

スマホが普及してネットを見る人が増えたから世の中良くなったかといえば、まとめサイトが乱立したりよくわからないユーチューバーが急増したりしただけで、昔の個人サイトがあった頃のような面白い時代が消滅しただけだ。

真剣に何かを語るよりも、「なんJ」に代表されるような定型文で語るような浅い会話が重視されるようになりネットの面白さも世の中の面白さもなくなってしまった。ネットにはもっと濃い人が大勢いるように思えた時代は幻想に満ちていた。


かつてはテレビやマスコミに逆らって一般文化を叩いていたころのあのころのネット民の一人だったが、今では「やっぱりテレビの権力がデカかったころのほうがスケール感あったよなぁ」と逆に寂しくなっている。


何かを倒して自分たちが権力を持つ側になると逆に面白くなくなるのだ。

革命は起こそうとしている時が一番楽しく、政権を獲れば逆にかつての支配者と同じようななりたくなかったような存在になるのと同じ現象だと言える。

例えばけもフレと同時代に流行しオワコン化したといえば、『おそ松さん』もあるが既存の腐女子文化に対するアンチテーゼだからこそ受けたものがスタンダードになると今度は楽しくなくなるのだ。

おそ松腐女子の人たちも憧れの声優がなぜかこれまでのイケメンキャラではなく、コミカルなキャラクターを演じていることに新鮮味を感じていたころが一番楽しかっただろう。

けもフレファンは紅白を目指している時が一番楽しかったし、おそ松腐女子も既存の腐女子文化にない文化が新鮮に思えた頃が一番楽しかったのだ。


それでいえばラブライブファンも、ミューズの皆が紅白に出たときが最高潮でその後に訪れたのはただのファン離れでけもフレにファンを奪われる時代でしかなかった。

そもけもフレも今度は同じCGのバーチャルユーチューバーに滅ぼされようとしている。


そんなことを実は自分は『涼宮ハルヒの憂鬱』『けいおん!』で10年前に経験しているからこそ、今回けもフレ難民にならなかったともいえるのだろう。

あの時はまだスマホが普及しておらず漠然とネット民という共同体意識が最後に幻想として存在していた時期だった。まだミュージックステーションのような番組にアニソンが堂々とランクインする時代ではなく、「ハレ晴レユカイ」や『らき☆すた』の「もってけセーラー服」のような曲や、放課後ティータイムのメンバーそれぞれのキャラソンがMステのオリコンランキングで紹介されることに喜びを見出すことができていた。

その前に「魔法先生ネギま」のハッピーマテリアル騒動もあったのだが、とにかくこのころのオタク文化の熱量は今よりも濃かったように思う。


あの時の2ちゃんねらーは凄い奴らで、秋葉原にはすごいオタクがいると10代の自分は思い描いていたが、いざ大人になってみると別に大したことがないことに気付くしアニメにも熱量が覚めている。そもそも2chは5chになって、ひろゆきがねらー的には神だった時代などもう過去の話だ。


ホリエモンのライブドア騒動の時もオタク文化なんか凄そうな感じがあったし、ニコニコ動画でいえば厨ポケ狩り講座のもこうとか熱心に応援してたなぁと懐古している。ニコニコ動画が黎明期の頃はニコ厨という言葉まで出て、俺たちのニコ動が凄いものになっていくという坂の上の雲が存在した。

しかし現実的にはオタクたちの聖地になるだろうと思っていたなんとか会議は、実質ただの出会いの場にしかならなかったわけで期待していたような未来はやってこないのが現実だ。


結局あの時代は自分の感性が若かったからすごいように見えていただけなのかもしれない。世の中がつまらなくなったというのもあるが、自分自身がつまらない人間になったという要因の方がもっと大きい。

まだ自分が社会のレールから外れる前の学生で、自分の人生は上手くいくだろうと信じていた時代だから世の中は輝いて見えていたのだろう。こうして人生が決まってしまうと、世の中は特に面白く感じなくなるし現実に打ちのめされることになる。知らないからこそ夢を見れていただけなのが何ともいえない現実だ。


カードキングダムのカードショップのいけっち店長みたいな人がいてその人の信者だった人の話も聞いたことがある。自分がもこう信者だった時代にいけっち信者だった人も今では冷めているのではないか。

90年代に昔ながらのホームページでギャルゲーのレビュー評論をしている人が、今ではソシャゲの嫁キャラクターに熱心になっているのを見て、コアだと思っていた人も実際には現代の日常に溶け込んでいるのだと気付く。


一般文化というのを滅ぼし、オタク文化が天下を取ったと気になっていたら、訪れた時代はただの「にわか化」でしかなかったなというのが現実なのだ。

今回気付いたのではないだろうか、「フレンズ」だといって盛り上がっていた仲間もお祭りが終われば、終わりなき日常の世界に戻っていく普通の他人でしかないことに。


革命は起こせないし、起きないし、変化が訪れたとしてもそれは良い変化ではない。

政治の世界でいえば、2009年の時の政権交代に盛り上がっていた人たちも実際に世の中が変わるということはなかった。

今の投票率が下がっているのも、もう一般大衆が政治の変化に夢を見ても何も変わらないというのを現実として悟ったからだろう。

逆に自分は政権交代後の民主党政権時代に今でいうところのネット右翼のように盛り上がっていた時期もあり、自民党が政権を奪還するときは興奮したが、今では政治への関心もなくなり投票にも行っていない。


逆に今楽しいのは森本問題で安倍が倒せそうな雰囲気になってきている左派のようにも思う。世の中をよくすることより安倍を倒すこと自体が目的化しているようには思えるが、とにかく当事者たちは楽しくて仕方ないだろう。人は自分が悪役だと考えている人を倒すときが一番楽しいのだ。

自分もかつては鳩山政権と戦っている時が一番面白かったが、自民が政権を取り戻すと逆に自民も変わらない現実に気付く。アベノミクスは自分には関係ないし、もう正直どっちでもいいというのが本音だ。

右派にしろ左派にしろ、もう自分はそれほど政治に興味もなく「政治で世の中が変わるだろうと思っている人は熱いな」と思いながら、その情熱がうらやましくも思うしこれまた冷めた自分がいる。

「別にサンタクロースなんていないぞ」とピュアな子供にいうような感覚で、別に政治で世界は変わらないよと冷めてしまっている。


あとはバラク・オバマがアメリカの歴史上初の黒人大統領になったときも希望を感じ、「核なき世界」を提唱したことで本当に世界が変わっていくのではないかとも感じた。あれから10年、核は廃絶されるどころか北朝鮮は核実験を繰り返し、ロシアは新型ミサイルを開発しているではないか。

その結果ドナルド・トランプが大統領になり、世界は再び右傾化の路線に進んでいる。日本とアメリカの風潮は不思議と一致しており、民主党が共和党になり、民主党が自民党になる。左傾化の反動で右傾化の時代になるということが世界では繰り返されている。


そしてこれはドイツでも同じことが起きている。

2014年ブラジルワールドカップで優勝したのはドイツ代表だが、東西ドイツ統一後初の優勝でもあったため自分は「新生ドイツ」にも期待していた。

このドイツ代表はかつての西ドイツ代表時代と違い、移民系の選手が多く存在する混成チームだった。

チュニジア系のケディラ、ポーランド系のクローゼやポドルスキ、トルコ系のメスト・エジルやギュンドアン、ガーナ系のボアテングなどかつてのフランス代表やオランダ代表のようにドイツは国際化していた。

その結果当時の朝日新聞が「多文化共生の時代の象徴」と優勝したドイツを取り上げたことを覚えている。朝日新聞が好きそうなテーマだなと思いながらそれを読んでいたのももう4年前だ。


そしてそのドイツがこの4年間でどうなったかといえば、むしろ対立や分断は強まり大規模な自動車テロが発生し、極右政党が躍進するなどして思い描いていた理想世界の到来は訪れなかった。

ロシアもBRICsの一員として経済発展すると思っていたら、ブラジルもロシアもそこまでではないし、思うように進んでいかないというのが現実だ。華やかに発展する現代ロシアは訪れず、もはやプーチンの政権維持のためだけの国になっている。(こんなことを言ったらプーチンに消されるかもしれない)


国際情勢を見ても、「思い描いていた未来はやってこないよ」というのがどの国やコンテンツにも共通しており、そこにはただの現実しかないのだ。


あれだけ盛り上がっていたフレンズが実際には結局他人だったように、みんな解散していくのである。理想の安息地にも大人の事情が介在するのだ。

夢見ている頃にはいつか終わりが来る、それでいえば個人創作に夢を見ていたころの自分も、今では日常という現実の課題との戦いの中で創作熱は減衰してきているし、ポケモンのレート対戦で上位目指すとか思ってた頃の熱量ももうどこにもない。

サンムーンはクリアしていないし、ウルトラSMに至っては手に入れてもいない。サンムーンというタイトルだけが発表されたときに、そのタイトルだけでいろいろ妄想していた自分すげぇなぁ、とかその前のORASで新メガシンカ予想してた頃の自分情熱あったよなぁと数年前ですら懐古の対象だ。

2008年の頃はダイヤモンド・パールの時代で、当時の自分は「10年後のポケモン凄くなるだろうな」とものすごく期待していたが今ではポケモン自体ほとんどやっていない。ポケモンGOもサービス開始当初はジムリーダーを目指していたが、速攻で田舎の辺境ジムまでガチ勢に占拠されて現実を悟った。

WOTという戦車オンラインゲームもやっていたのだが、PCのグラフィックボードが機能しなくなり1年以上やっていない。過疎化も進んでいるし、いまさら戻っても未来はないよなぁというのが本音でもある。


FPSも露骨にどこも過疎るようになっている。

AVAという有名タイトルも「初心者に始めやすい」というのが売りだったが、その初心者層がスマホでゲームをするようになれば特に需要は存在しない。

もうゲーミングPCでゲームをするという文化自体がこれから先息のない終わりの時代になっており、上っていく先進国が今では少子高齢化と向き合う構図と一緒だ。スマホという新興国にもうPCは勝てない。


いろんなことに夢見ていたが、夢が崩れると情熱はなくなっていく。

ジャニーズのSexy Zoneが嵐のようになってほしいというのと、TWICEが欅坂46に勝ってほしいというのが今の自分にとっては「上っている坂」だともいえる。

もう一つかろうじて自分が夢を感じているのが外国語の勉強なので、こちらはなんとか情熱を衰えさせないように努力しているがいつまで続くかはわからない。

海外に夢を見ることでかろうじて情熱を保っているのが今の自分だ。知らないからこそ想像が楽しいし、まだやってきていない未来だからこそ新鮮味があるが実はこの情熱も有限なのである。

どこも現実しかないし、もっとすごいことできると思っていた未来はやってこなかったし、理想の自分にはなれなかったし、理想の熱い仲間と巡り合えるなんてこともなく、「日本のどこかに私を待っている人がいる」みたいな歌詞も今では虚しく響く。

世の中何もないし、それこそフレンズだと思っていた人は他人なのである。


とにかく漠然といろいろなことに夢を感じなくなっており、刺激を探しているのだがなかなか見つからない。そんな心理状態が日常であり、世の中そういう冷めた人が同じように多いのではないだろうか。

前述のハレ晴レユカイやハピマテに盛り上がっていたかつてのアニメオタク達も、今ではそう思っているかもしれない。ネットの雰囲気変わったよなぁという懐古話自体が通用しにくくなっているので行き場がないのではないか。

昔のネット文化を語れる場所少なくなってきたよなぁという寂しさが行き場をなくした亡霊のようにさまよっている。

そして10年後今回のけもフレ難民が「いやぁけもフレで盛り上がってた頃情熱楽しかったよなぁ」と懐古厨になるのだろう。


そもそも歴史はずっとこういうことを繰り返してきたのではないか。

日本人が夢見ていた大東亜共栄圏という理想も結局は敗戦で終わる。そのあと戦後復興をし経済発展は進んでいくが、バブル崩壊で日本経済の栄光も終焉し今では中国にGDPを抜かれ3位になっている。これから少子高齢化は加速し、どんどん下がっていくだろう。

もう日本という国自体何か大きなことをしようとか、でかいことを達成しようという国ではなく終わりにどう立ち向かうかという時代である。


最近中国原産のカミキリムシが桜の木に住みつくようになって枯らしているため、その増殖と被害を食い止めるために桜の木が伐採されているようである。それって日本の国そのものを象徴しているなぁと思えてならない。

中国のカミキリムシに美しい桜は何もできず、枯れていくことしかできないのが現実だ。桜は日本の美しさを象徴しているといわれているが、まさかこういった意味で象徴することになる日が来るというのは悲しい。

日本人の限界が見えているというか、日本人ってそこまで凄いことができるわけじゃないんだな・・・と自分がかつて思い描いていた幻想は崩れている。


左翼運動でいえば連合赤軍があさま山荘という終焉の地で敗北したことで、過激な極左活動は1970年代に入り減少していく。未だに革マル派自体は組織として存在しており活動はしているが正直誰もが冷めた目で見ていて、少ない構成員が昂揚感に酔っているだけに過ぎない。

その後のオウム真理教では宗教が敗北し、政権交代後のグダグダでは現在の野党勢力が敗北した。そして2011年の震災が来て、これで日本自体にとどめが刺さったのだろう。21世紀頑張っていきましょうという時に、震災が来たのはどうしようもない暗い影をこの国に落とした。


そこから2011年の女子W杯でなでしこジャパンが優勝して、震災後の日本に勇気をもたらして復興していこうというムードにはなったが現実的にやっぱり被災という現実は重い。これは震災復興関連の番組をよく見る自分は嫌なほど理解している。放射能は消えない、それは重い現実だ。

被災者の自死率が実は数年たった今になって急増してきているのだが、これは「思っていたほど復興しないし現実は変わらない」と被災者の方々が気付いたからだとされている。復興にせめてもの希望を抱いていたが、数年後そこには現実しかなかったのだ。

苦労して地元を復活させても、そもそももともと過疎化にあえいでいた場所を無理に復活させたところで終わりゆくことには変わらない。構造的にどうせ終わる運命にあったのが日本の過疎地域だ。


そしてなでしこジャパンも今ではオワコン化して、各国の女子代表チームも強化されてきてもうああいう光景は見れないだろう。あくまで日本の女子サッカーは、世界が大雑把なサッカーをしているところに日本が本気で女子サッカーを丁寧にやっていたから勝利しただけにすぎず、世界が強くなればもう追いつけないのだ。

これがWBCで侍ジャパンが最初の二大会優勝したことを最後に、優勝から遠ざかっているのと同じ現実だ。


日本の技術にしてもほかのアジアに先がげてやっていた先行者の利があっただけにすぎないし、日本のアニメもだんだんと各国が作るようになるとそれほどプレミア価値は無くなる。

実際中国では、日本のアニメを見るような世代のオタクは少し古くて新しい世代のオタクは中国産のコンテンツを見ているようである。例えば艦これというゲームでも、中国版で似たようなものがありそっちが受けているというのが現実だ。

最近は漫画村で日本の漫画産業もついに終わり始めているが、中国の漫画はフルカラーのものが多く結局どの国も自国でコンテンツを作っていくようになるのだろう。

サッカーでいえば2014年に壮大な目標を掲げた日本代表が一生も出来ず惨敗したことは、多くの人がサッカーに冷めた原因でもあるだろう。

夢見れるものはどんどんなくなっていくというのが現実だろう。

羽生結弦と宇野君、ザキトワ、メドベデワがいるフィギュアスケート界は今ファンが盛り上がっている分野だろうがこの情熱もまた有限だ。

将棋のように日本人しかやらない内向き競技に閉じこもっているほうがもう今の日本人には幸せかもしれない、世界との競争にもう勝てる国ではないのだから。


そして2000年代は電車男のように、オタク文化が市民権を得ていく「上っている坂状態」ではあった。しかしその極致が去年の「フレンズは他人だった」という現実という話に戻る。

日本経済の黄金期は過ぎ去ったが、エヴァンゲリオンが登場し新世紀を予感させ、その新世紀はネギまや電車男から始まり、ニコニコ動画やyoutubeが出現しハルヒやけいおん!が出てきてこの期間がアニメオタク文化やネット文化が盛り上がり充実してきた最高の時期だったと言える。

今以上に差別されていた90年代までのオタク文化が、ようやく黒人の権利獲得運動のように市民権を得始めていく過程は中々楽しいものがあっただろう。

そして結局連合赤軍の敗北によって左翼が覚めていき解散していったように、けもフレのじゃぱりパークに集まったオタクたちが、フレンズは他人だと悟って解散していったというのが終末であり終着駅だ。

おそ松腐女子も今は枕に顔をうずめて足をバタバタさせているだろう。

けものフレンズの解散とお開きは、同時のオタク文化のなれの果てを象徴している。


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エルケン
◆ELK ・ブログとピクシブしています。 PIXIVアカウント:https://pixiv.me/elkenryu ・オタク趣味、アイドル、ゲーム、サッカー等 ・昔ながらのオタクやネット民のノリで話します ・お酒飲みながらよく書いてます