見出し画像

"around New Amsterdam records" with PLAYLIST - USインディー・クラシックの中心地

このプレイリストと記事は『Jazz The New Chapter 6』に書いたコラム《NEW AMSTRDAM × NONESUCH》のための補足みたいなものです。

プレイリストはここ3年くらいのNew Amsterdam周辺の音源を集めたものです。

NYのブルックリンにあるインディペンデント・レーベルのNew Amsterdam recordsについては『Jazz The New Chapter 3』での特集《AROUND INDIE CLASSICAL》でも紹介してきたり、同特集と連動して同レーベルの作品を日本語解説付きで国内盤仕様CDをリリースしたりしてきました。

ジャズ本でこのレーベルを取り上げた理由は何と言っても作曲家ダーシー・ジェイムス・アーグーをリリースしていることでした。

それ以外にもジョン・ホーレンベックアミール・エルサファーメアリー・ハルヴォーソンキャロライン・デイヴィスなどのジャズミュージシャンの作品をリリースしてたり、

また別の文脈ではベッカ・スティーブンスとも何度も共演しているTimo Andresや、ベッカの『Regina』にも参加しているAttacca QuartetのメンバーのNathan Schramの作品ではベッカが参加していたり、現代のジャズとの接点はさまざまなところにある。

New Amsterdamへの関心にもうひとつの理由があるとすれば、yMusicの存在。

yMusicは、Alex SoppC. J. CamerieriGabriel CabezasHideaki AomoriNadia SirotaRob Mooseによるプロジェクトで、クラシック~現代音楽系譜のサウンドを弦楽器を中心に管楽器も加わった編成で奏でる。彼らが特殊なのが、それをクラシックや現代音楽だけでなく、ジャズやインディーロックなど、同時代の様々なジャンルの文脈に沿った演奏ができること。

Ymusicとしてはスフィアン・スティーブンスダーティー・プロジェクターズジョン・レジェンドホセ・ゴンザレスポール・サイモンなどに起用されてるが、個々のメンバーとなると、ザ・ナショナルビョークニコ・ミューリーヨンシー(シガーロス)オーウェン・パレットサン・ラックスアーケイド・ファイアジョアンナ・ニューサムクリス・シール(パンチ・ブラザーズ)などなど、と2010年代の重要なアーティストが多数並ぶ。

yMusicの登場はクラシック~現代音楽文脈のサウンドを”新たな表現”を追求するための手段として取り入れることを可能にしたとも言える。

yMusicをクラシックや現代音楽で使われていた楽器やフォーマットや手法が、全く異なる印象で聴こえることに感動してしまう。

僕はNew Amsterdamに関しては、yMusicと同じようにそのクラシックや現代音楽の楽器やフォーマット、手法、理論などがクラシックや現代音楽とは異なる文脈で聴こえて、新鮮さを感じる部分が魅力だと思っている。

例えば、それはまるで電子音のような音色や手触りを鳴らすように楽器を弾いたり、エフェクトをかけたように和音や不協和音を響かせたりする部分で、それらの現行のインディーミュージックにも対応する表現方法がクラシック出自の彼らが磨いてきた楽器の演奏や、学んできた理論などの、どちらかというとトラディショナルな音楽教育や音楽研究の領域で得たものにもとづいているのも面白い。

更に言えば、そういった奏法で鳴らした音や発生させた響きの中に電子音を混ぜたり、エフェクトをかけたり、エディットしたりする者もいるし、エレクトロニック・ミュージックの領域の中に上記のようなクラシック的な要素を取り入れる者もいる。

そういったハイブリッドな新しさの中にクラシック~現代音楽の要素がかなり大きな割合で入っているインディー・クラシカルと、クラシックや現代音楽からの作曲手法から多大な影響を受けている現代のジャズが隣接しているのは言うまでもない。だからこそダーシー・ジェイムス・アーグーやジョン・ホーレンベックなどをNew Amsterdamがリリースするわけだ。

そう考えると、New Amsterdamも、インディー・クラシカルとまとめたくなる音楽もジャンル名というよりは、New AmsterdamやCantaloupe Musicのようなレーベルという場所を中心にした「ジャンルを超えたゆるやかなコミュニティ」みたいなものなのかもしれないとも思う。

ここからは近年のNew Amsterdamの音楽をいくつかの特徴で分けて紹介します。

■クラシック/現代音楽

Nathan Schram - Oak & the Ghost

弦楽四重奏団アタッカ・カルテットのメンバーのソロ作だけにストリングスが印象的なサウンド。ただ、本人がこのアルバムの影響源として「RadioheadKamasi WashingtonNico MuhlySufjan Stevens and Gustav Mahler」と 語っているだけあって、弦だけでもレディオヘッドやビョークのDAWやポストプロダクションで作られたサウンドが聴こえるので、編成がクラシックでも全然クラシックを感じない曲も少なくないのも良い。

Caroline Shaw & Attacca Quartet - Orange

Caroline Shawはこのシーンを代表する作曲家であるだけでなく、ピューリッツァー賞を受賞していたり、本作でグラミー賞も受賞していたりと、現在のクラシックの世界でも屈指の作曲家と言える。ハイドン、モーツァルト、ラヴェル、バルトーク、バッハ、モンテヴェルディ、ジョスカン・デ・プレを影響源にあげている通り、弦楽四重奏のために書かれた室内楽曲にも拘わらず、僕のようなジャンル問わず聴くタイプのリスナーにも楽しめる旋律やテクスチャー、展開が聴こえてくるのが面白い。カニエ・ウエストやナショナルにも起用されてきた彼女には1982年生まれの新しい感覚もあるのだろうとも思う。

David T. Little - AGENCY

弦楽四重奏とエレクトロニクスのための楽曲として書かれたのがこの『AGENCY』。ディストーションかかりまくりのかなりラウドでゴス感のあるロックっぽいサウンド。このアルバムもそうなんですけど、音楽的に実験的ではあっても突き放されないのがNew Amsterdamの特徴かと。インディー・ミュージックと同じ感覚で聴けるギリギリのラインを狙ったエクスペリメンタルさがレーベルカラーと言えるかも。このアルバムの最後に収録されているシカゴ拠点のミニマルミュージックの名グループThird Coast Percussionをゲストに迎えた「AGENCY: Act II: IV. Leviathan Rising and The All-Seeing Eye」が最高です。

ちなみにThird Coast PercussionはBlood OrangeことDevonté Hynesともコラボしていたことでも知られているので要チェック。

■ヴォイス/クワイア

Ted Hearne - Place

クリスチャン・スコット『Ancestral Recall』やムーア・マザー『Analog Fluids Of Sonic Black Holes』に起用されてる詩人でラッパーの Saul Williamsが多くの曲で言葉を乗せている言葉のアルバム。クワイアやボーカル/ポエットとエレクトロニクスを組み合わせている楽曲は複数の声を重ねることによるハーモニーやユニゾンによる音響効果とエフェクトによるテクノロジーによる音響効果を組み合わせていて、声の可能性が聴こえてくるのが面白い。

Padma Newsome - The Vanity of trees

オーストラリアの作曲家でヴォーカリスト。オーストラリアの南東部、シドニーともメルボルンとも離れた海と国立公園に囲まれ、自然や動物とも身近な街マラコータに住む彼はクラシックとフォークとポストロックの影響を受けつつ、それを駆使して、自然や環境を感じさせるサウンドを作る。面白いのは声の使い方で、コーラスによるハーモニーを作るだけでなく、声をサウンドとして使い、様々な質感や響き、大きさの声を出して、リバーブなどを調整しつつ、それらの声を多重録音により立体的に配置して、位置関係や重ね方、ずらし方などによりハーモニーとは異なる音響効果を作っていて、アコースティックな楽器の比率が多いのにエフェクティブでアトモスフィックに聴こえてしまう。シカゴやアルゼンチンの音響派とも通じるものをクラシック出自の作曲家がチャレンジした異色作とも言えるかもしれない。

Brooklyn Youth Chorus - Silent Voices

ブルックリンを拠点にしているクワイアの25周年時にキャロライン・ショーニコ・ミューリーなど、様々な作曲家に委嘱して制作した声楽曲を集めたアルバム。12歳から18歳までの若者たちで構成されている彼らが歌う”若者たちの静かなる声”がテーマ。現代の作曲家が声を重ねるということで様々な試みをしていて、それの声のテクスチャーやハーモニー、大勢が同時に声を出し、それが重なることでも生まれる立体感や空間性の違いを聴いているだけで刺激的。

Roomful of Teeth - Render

2015年なので少し前の作品ですが、New Amsterdam=インディー・クラシカル周りで声モノと言えばこれ。Roomful of TeethはCaroline Shawもメンバーに名を連ねる声楽グループ。人間の声にできるあらゆる発声、声色、響きを組み合わせたポリフォニーは心地よく響くこともあれば、ノイズ的になることも。複数の声にできる可能性を追求しつくすと洗練を越えて、逆にプリミティブに聴こえてしまう不思議。進化と回帰がほぼ同じ意味に感じられる傑作。実験的なのにどこかフレンドリーなのも特徴。Caroline ShawがKanye Westに起用されたのも声を自在に操れる新しい音楽家としてのRoomful of Teethの成果をどこかでカニエが目にしたからなんだろうなと。レーベルのボスのWilliam Britteleもこのアルバムに楽曲を提供してます。

ジェイコブ・コリアーを例に挙げるまでもなく、声をコントロールすること、声を重ねることの面白さが注目される時代だからこそクラシックの領域にはまだまだ刺激がごろごろ転がってる気がします。

■エレクトロニック/インディーロック

Daniel Wohl - État

New Amsterdamで最もおススメはこのダニエル・ウォール。エレクトロニクスとアコースティック楽器を驚くほど完璧にブレンドし、その境界がわからなかったり、それぞれの音色を活かしつつ共存させたりする彼がサン・ラックスライアン・ロットyMusicら協力して生み出した傑作がこれ。インディー・クラシカルというカテゴライズに最もふさわしいサウンドだとさえ思う。ここでは弦楽のグループと組んで、弦とエレクトロニクスの両方にあるロングトーンや揺れ、響きを効果的にブレンドしているが、2016年の『Holographic』ではBang on a CanIktus Percussionといったパーカッションのグループと組んで、打楽器の打音や擦る音、音階のある打楽器などをエレクトロニクスとブレンドしていて、これもオススメ。

上でも名前を出したけど、Daniel Wohlのサウンドをよりエレクトロニック・ミュージック寄りの発想になるとRyan Lottに、クラシックに執着しないエクスぺリメンタルな志向が強まっているのがSon Luxといった印象。Son Luxに関してはRyan Lottと、エレクトロニックなセンスのドラマーのIan Chang、ジャズ出自のインド系アメリカ人ギタリストのRafiq Bhatiaとの3人のプロジェクトで近年はよりハイブリッドなサウンドになって、クラシック要素は薄まってきてはいるが、それでもまだこの枠で聴ける音楽かなと。ま、クラシック云々関係なく面白いから、普通に聴けばいいわけですが。

個人的にはインディー・クラシカルを追うならSon Luxあたりまで視野に入れてみたほうが楽しいと思ってます。
※Son Luxに関しては以下の記事もどうぞ

William Brittelle - Spiritual America

New AmsterdamはレーベルのボスのWilliam Brittelleが作曲家であることもここまで面白いレーベルになった理由であることは間違いない。
ここではMetropolis EnsembleBrooklyn Youth Chorusといったクラシックのミュージシャン達に加え、インディーロックのWye OakPoliçaが参加し、ミックスとマスタリングをヴォン・イヴェール『22, A Million』のミックスを手掛けたミュージシャンでエンジニアのZach Hansonがヴォン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンのスタジオApril Baseで行っていたりと、ハイブリッドなセンスはレーベル随一。保守的なクリスチャンだったりことを思わせる聖歌のテイストと、アパラチア山脈を有するノースカロライナ出身からの繋がりを感じさせるアメリカーナ的な要素、そして、インディーロックやベタなギターロック、そういったものが溶け合っていて、その中でクラシックの要素が重要な役割を果たしている。これもまたこれぞインディー・クラシカルという音楽だと思う。

Arooj Aftab - Siren Islands

パキスタン生まれでブルックリンを拠点とする作曲家。ふわっふわゆらっゆらの超幻想的な音響空間はアナログシンセ、ループペダル、ディレイやリバーブ、エレキギターそして、その魅惑的なヴォイスによるもの。インドにも接する南アジアの国パキスタンからの出自が関係しているのかどうかはわからないがドローンと反復は瞑想的で、どこか宗教的な情感や質感を感じさせる声がその瞑想をより深くしているように思う。ダニエル・ウォールとは違うベクトルでのアトモスフィックな傑作。

■その他:カリビアン

Nathalie Joachim - Fanm d'Ayiti

ハイチの血を引く作曲家でフルート奏者Nathalie Joachimがハイチの遺産や音楽をトラディショナルなハイチ音楽編成でもジャズでもなく、エレクトロニック・ミュージックとクラシックの手法で再構築した異色作。その歌詞やメロディーやリズムにはハイチの要素が宿っているのが明らかだが、サウンドはエレクトリックで、サンプリングも使われていて、アンサンブルの核にはストリングスがあるように手触りはインディー・クラシカルそのものという面白すぎるアルバムでもある。彼女自身はプエルトリコの血を引くジャズ・サックス奏者Miguel Zenónによるジャズ×プエルトリコの名盤『Alma Adentro』に参加していたり、ここに参加している弦楽アンサンブルのSpektral QuartetはMiguel Zenónとのコラボで『Yo Soy La Tradición』をリリースしていたり、今、カリビアン人脈がさまざまな場所で面白いことになっているのを感じられる作品でもある。

■ニュー・アムステルダムとノンサッチとの提携

最後にそのNew Amsterdamの面白い動きとしては2019年にUSの名門レーベルNonesuchとのコラボレーションをしたこと。New Amsterdamとインディー・クラシカルに関心が出てきた人はNonesuchもチェックするといいと思います。

ノンサッチと言えば、ブラッド・メルドーがバッハをジャズ化した『After Bach』や、クワイアを大胆に取り入れた『Finding Gabriel』を、ジョシュア・レッドマンがインディー・クラシカル界隈の弦楽アンサンブルのブルックリン・ライダーと組んだ『Sun on Sand』を、とジャズだけでもいろいろあるレーベル。

そして、ノンサッチにはジャズだけでなく、クラシック出自のシンガーソングライターのGabriel Kahane『Book of Travelers』、クラシックの楽曲を独自のアレンジで取り上げたりとクラシック要素満載なブルーグラス出自のバンドのPunch Brothersとそのメンバーのソロ活動などなど、New Amsterdamの動きとも繋がっている作品多数。パンチ・ブラザーズのメンバーは以下のサン・ラックスの作品にyMusicのメンバーらとともに参加してたりもします。

もともと多様なジャンルを扱う中で、スティーブ・ライヒやクロノス・カルテットなどをリリースしているレーベルだけにこういう展開は起きてしかるべきものだったと言えると思います。要チェックですね。

という感じでインディーロックやエレクトロニック・ミュージック、もしくは現代ジャズと同じマインドで、クラシックの要素が入った音楽を作っている人たちが出てきていて、なかなか面白いことになっています。

インディー・クラシカルってことだとBang on a Canってグループの人がやってるCantaloupe Musicも重要なレーベルなのでよろしければ。Cantaloupeはかなり現代音楽寄りで、シリアスなレーベルですね。

その他にはナショナルのブライス・デスナーやレディオヘッドのジョニー・グリーンウッド、タイヨンダイ・ブラクストン辺りの活動も隣接する部分だったり、ドイツ・グラモフォンからリリースしているマックス・リヒターやヨハン・ヨハンソン辺りも視野に入れるともう少し広がるかもです。

ここで紹介した音楽とも通じるものはジャズでもあって、ジャズに現代的な感覚でストリングスを取り入れている挾間美帆のm-unitや、 Noam Wiesenbergによる弦楽アレンジが冴えているCamila Meza『Ambar』みたいな音楽もジャズから出てきていたり、そもそも近年はオランダのMetropole Orkestがジャズだけでなく、ジェイコブ・コリアーからスナーキー・パピーコーリー・ウォン、さらにはエレクトロニック・ミュージックのジェイムスズーともコラボをするようになったりしていて、あらゆる面でクラシック的な要素を取り入れたサウンドへの注目は今後ますます大きくなっていくのは間違いないと思います。

そんな状況下で、インディー・クラシカルや現代ジャズの入り口が作れればうれしいなと思っているところです。

※記事が面白かったら投げ銭もしくはサポートをお願いします。
あなたのドネーションが次の記事を作る予算になります。

ここから先は

0字

¥ 100

面白かったら投げ銭をいただけるとうれしいです。