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#12-2 奇跡

 立ち上がりの10分間を観てフォーメーションを変えてきた町田大学に対し、Cyber FCはまったく対応ができなかった。相手のワイドの選手が大きく幅を取り、背後への駆け引きを繰り返すことで両サイドバックの動きを規制され、わずかにできた中盤との空間を使われる展開が続いた。

 中央のスペースを支配され、遅れてプレスに出て行けば、それを利用されてワンツーのサポートからサイドを変えられる。サイドでは孤立したサイドバックが数的不利となり、簡単に突破を許した。ハイボールのクロスは空翔が処理できることがわかっていたため、町田大学の選手たちは低くて速いクロスを入れてくる。アンヘルの読みの鋭さでなんとか凌いでいたものの、こぼれ球を押し込まれ、前半と同じような展開に逆戻りしてしまった。

  
 終わってみれば、0-4の完敗だった。点数差以上の差があったことを実感させられる試合となった。拓真はその場に呆然と立ち尽くした。悔しい気持ちと、新たな発見の悦びが入り混じる、不思議な感情だった。ベンチに戻ろうと歩を進めると、後ろから背中を叩かれた。振り返ると、相手チームの中盤の選手がそこにいた。


 「ナイスゲーム、君良いプレーしてたね。後半すごくやりにくかったよ。今日初めての試合なんだってね。後半あれだけできれば強くなると思うよ。頑張ってね」

 短くて、何気ない言葉だったが、拓真の心は揺さぶられた。今まさに自分が感じていたことと同じ気持ちを、相手チームの選手が抱いていたのだ。それも、マッチアップしていた相手選手が。

 「ありがとうございます。個々が成長していけば楽しみなチームですよね。またいつか試合してください」
 相手の選手は笑顔で頷き、ベンチの方へ戻っていった。拓真は心の中で、先ほどの言葉を反芻していた。
 「変化できれば強くなる」

 ベンチに戻ると、落胆した選手たちの姿があった。「立ち上がりは良かったのに」という声が色んなところから漏れている。アンヘルは山田雅司と作戦版を使って議論し、後半15分で替えられた青坂慶はベンチに座って頬杖をついていた。それぞれ感じるところはあったのだろうが、なぜ前向きに捉えることができないのか、拓真にはわからなかった。

 声がかかると、皆は重い足取りで中岡の方へ向かった。後半はよく頑張った、この調子で頑張れば勝てるようになる、そんな言葉を聞かされるのだろうと、多くの選手は感じていた。しかし、中岡の口から出てきたのは、思ってもいない言葉だった。

 「人生には、二つの道しかありません。一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることです。本日の皆さんの振る舞いは、前者でした」呆気にとられる選手の前で、中岡が続ける。

 「皆さんに欠けていたことは、想像力です。想像力は、知識よりも大切です。知識には限界があります。想像力は、世界を包み込みます。唯一良かったことは、自分たちが良くなるための想像を自分たちで行ったことです。ですが、それだけでは奇跡は起きません。奇跡が存在するように生きるためには、一人ひとりがより大きな想像をする、そして、現状の外側に出ようとすることです。具体的に言えば2つ。個々人が実現不可能と思うほど大きな目標を持つこと、もう一つは、あらゆる変化を想定して、自分たちがすべての準備をすることです」

 中岡が話し終えると、隣で腕組みをして聴いていた金丸が一つだけ、と言って皆の前に立った。

 「お疲れ様。今監督が話したことがすべてだと思う。難解に聞こえると思うが、抽象度の高い言葉が君たちの思考レベルを引き上げる。意味の解釈はそれぞれでいい。必ず今言われたことを頭に入れておいてくれ。プロジェクトは動き出した。予選までは3か月ちょっとしかない。でも、俺は今日また確信した。みんなの力があれば、全国大会への出場は、現実的な目標だ。あとはそれぞれの日常に懸かっている。皆で奇跡を起こそう」

 金丸が話し終えると、萩中から今後のスケジュールやVRを使ってのトレーニング方法の説明があった。選手たちはそれぞれに複雑な思いを抱えながらも、それをしまい込んで話を聴いていた。説明が終わると、特に質問が出る様子もなく、一斉にシャワールームの方へ向かっていった。

 拓真の心は、以前モヤモヤしていた。感情をうまく言葉にできない苛立ちが、今にも身体から溢れ出そうだった。

 「監督が言ってたこと、意味わかった?俺らって良かったってこと?悪かったってこと?」空翔が傍まで寄ってきて、小声で話しかけてきた。
 「うまく言葉にできないけど、今日の結果が良かった、悪かったってより、みんながどんな考え方になっていくかが重要だって言いたかったんじゃないかな?一人ひとりが大きな夢を持って、相手の変化にも対応できるような選手になっていけば奇跡は起こせる。そのために、難しい言葉にも耳を傾けて、想像力を働かせる。それが大事って・・・」
 「なんや、拓真、めっちゃ理解してるやん。言葉にできへんって、めっちゃできてるやん」
 「えっ?」
 空翔の言う通りだった。今まで感覚で捉えて、うまく言葉で表現できないと感じていたことが多かったが、今空翔に伝えたことは、自然と口をついて出てきたのだ。言葉を浴び、考え方に触れて、自分も変化しているのだろうか。拓真はワクワクした気持ちで空翔の方を向き直り、「うん!」と答えた。

 「なんや、どうしたんや?えらい笑って・・・お前もよくわからんくなってもたか」


# 12-3  息子   https://note.com/eleven_g_2020/n/n22fcabfd43bc


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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