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#11-2 逃避

 水町が部屋に入ると、神妙な面持ちの金丸が座っていた。呼び出された時は何のことかさっぱりわからなかったが、のしかかる重たい空気に、嫌でも察しがついた。

 「朝早くから悪かったな。座ってくれるか?」
 「はい・・・」水町は身体を強張らせた。
 「俺が知りたいのは1点だけだ。Cyber FCのプロジェクトに対して、真剣に取り組む意志があるのかどうか。それが聞きたい」
 「・・・もちろん、あります。どうしてですか?」
 「昨日、萩中がmurmurarでこんなものを発見してね」

 金丸が水町に見せた画面には、匿名のアカウントのテキストが載せられていた。そこには、Cyber FCのチームに参加し、指導者として金丸との結びつきを強めること、部活を休んでいることなどが記されていた。

 しまった、鍵をつけるのを忘れていた。そう思いながら、水町は、恐る恐る金丸の顔を見上げた。金丸は思いのほか冷静な表情のまま、静かに語りだした。

 「佑介は非常に頭が良いと思う。VRの時の感想にしてもそう。周囲に対しての声かけにしてもそう。行動を取ってもそう。常に合理的な振る舞いをしている。ただし、この合理性に関しては認められない」金丸の言葉が少しずつ強くなってきたのが、水町にはわかった。

 「もしも指導者になりたいのであれば、誠実に人と向かいあうべきだ。時として、選手の行動は合理性に欠け、こちらの予想を上回ることが起こる。頭の中でどれだけ緻密なプランを作成しても、たった1つの嘘を見破られて、選手に見放されてしまっては台無しなんだよ。情報収集なんて、指導者の活動のごく一部だ。ましてや、コネクションなど、君自身に実力がなければただの知り合いにすぎない。大事なのは誠実に目の前の人と向き合っていくことなんだよ」
 「そうですね・・・」水町はわざと目線を逸らした。

 「ただし、だ。今の時代はショートカットができる。何もすべてにおいて時間をかけることが誠実さではない。何に比重を置くかによって、君の哲学は決まると思うが、人に対しては時間とコストをかけてほしい。これだけは伝えたい。俺から言うことはそれだけだ。あとは君の選択だ。部活を辞めてでもこのプロジェクトに参加したいのであれば、俺ももう一度考え直す」金丸の問いに対し、水町は間髪入れずに答えた。
 「いえ、結構です。SNSに鍵をつけなかった僕のミスでもありますし、責任は感じています。その責任を取って辞退します」
 「そういうことを言っているわけじゃない。責任という言葉をはき違えないでほしい」
 「あ、もう大丈夫です。部活に戻るので、これで失礼します」そう言い残し、水町は席を立とうとした。その時、突然ドアが開き、萩中が部屋に入ってきた。

 「盗み聞きみたいで悪かったけど、その態度はないぞ」萩中は声を荒げた。金丸はすかさず萩中を制し、水町の退室を促した。

 
 「金丸さん、なんで止めないんですか?」
 「今の彼を止めても、彼の現状は何も変わらない。彼の頭の中は情報で埋まっている。言葉は入っていかない。自分の犯した過ちを認めず、ミスに対して開き直る。責任という重い言葉を使ったが、そんなものは、やらないための言い訳だ。彼には結局包摂される社会が存在するんだよ。部活に戻ればみんなが迎えてくれる。こっちの情報を持って帰ればちやほやしてもらえる。だから現状から逃げ出す方を選ぶんだ。それを無理矢理引き留めて、いったい双方に何が残る?冷たく聞こえるかもしれないが、彼が目的としていた人間から突き放されることで、彼自身が今後変化するための叩き台にしてほしい。俺にはそう考えるだけしかできない」

 萩中は、怒りの感情の中にも、金丸の言葉がまるで自分自身に言われているかのように感じた。どことなく、水町は自分に重なる部分があるのだ。だからこそ、逃げ出した彼が腹立たしく思った。

 「俺の規定した考えの中で生きるより、彼自身の世界を創りあげる方が居心地が良いのかもしれない。そんな価値観を認めてやりたい気持ちもあるんだよ」

 萩中は自分自身の感情の揺れに自分がついていけず、頭を抱えたまま部屋を飛び出した。

 萩中の背中を見つめながら、金丸は改めてプロジェクトを通じて自分が何を成し遂げたいのか、自問自答を繰り返した。


# 11-3  想定内   https://note.com/eleven_g_2020/n/n043e62cab5c9


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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