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書評「エリート過剰生産が国家を滅ぼす」ピーター・ターチン

国家はなぜ滅びるのか、それぞれの国家にそれぞれの説明がある。
複数の国家を研究することで、共通点を導き出し、数理モデルを形成し、いまだ検証されていない別の国家衰亡に適応し、妥当性を判断する、それがピーター・ターチンが創始したクリオダイナミクスだ。

 未来の予測ではない。人間と人間の集団は複雑系に属するので、予測は二か月後の天気のように、原理的に不可能だ。

国家崩壊の危機に陥る要素を分解して、単純なモデルを作り検証し、その振る舞いをシミュレートして、現代社会に当てはめる。

なぜ数学を使う必要があるのかといえば、一定以上に複雑な国家の盛衰を自然言語で表現するのは難しく、また仮定が明示されないからだ。

しかし安心してほしい、本書では数式が用いられることはない。

基本的にほとんどの文明は崩壊する。特に巨大な帝国は必ずと言っていいほど崩壊する。米国も例外ではない。南北戦争を契機として、米国は南部が支配する奴隷制に依存した農業を主体とする国家から、北部が支配する商業と工業を主体とする国家に変貌した。

 本書で示される国家崩壊の3つの要素は、エリート過剰生産、大衆の困窮化、そして国家財政の破綻だ。

 大事なポイントは、大衆の窮乏化が即ち国家崩壊にいたるわけではないことだ。国家を分裂・崩壊に導くには、窮乏化した大衆を組織化するエリートが必要になる。

国家財政の破綻も、エリートの増殖を止められないがゆえに起こる部分が大きい。

 だからこそ、エリート過剰生産こそが最大の問題になる。

どういった階級がエリートになるかは、国家によって異なる。中国のように官僚のようなこともあれば、エジプトのように軍人であることもある。米国は富豪が権力を持ち、イランのような宗教国家では、宗教家が権力を持ち、それぞれがエリートとなる。

 エリートは数が少ないうちは共同的に作用するが、数が増え、追加の富が増えず、大衆が貧しくなると椅子取りゲームの様相を呈する。

 つまり限られた椅子を巡ってエリートたちが血みどろの争いを繰り広げるのだ。中世には文字通りの内戦や暗殺が起こった。
 現代の米国も非常に不安定な状況なのはわかるだろう。
彼は2010年に論文で、そして2016年の著書、不和の時代で、2020年代に米国で大衆の窮乏化とエリートの過剰生産、国家財政の危機が危険な局面まで進行し、内戦ないしはかなりの不安定化が起こると主張した。
そして2021年に2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件が起きた。

さて、米国の事象がなぜ日本にとっても重要なんだろうか。
僕は極めて重要だと思う。危機の回避は日本にとっても他人事ではない。
不安定さの兆候はすでに存在している。後述するが、国家財政は良い状況にあるとは言えない。大衆の困窮化も、不穏なレベルに達している。

本書は単なる危機を煽るだけの本ではない。
崩壊に至る共通の道筋と、危機をエリートが感じ取って協同的に働き回避した例外について説明してくれる。
社会のうちどこに着目して、不安定さの増大を察知すればよいかを教えてくれる。
本書に出てくる統計的指標は、以下のようなものがある。

国家財政の破綻は単に国債を見ればよいだろう。日本は幸い影の借金が多くはない(はずだ)
大衆の窮乏化は、平均身長と、平均寿命、賃金の中央値、高卒者の平均賃金、「平均的な高卒労働者が何時間働けば大学4年分の学費を払えるか」、実質最低賃金、「主観的Well-being, つまり、その人がどうかんじているか、の主観的評価」、相対賃金(賃金を一人当たりGDPで割った値)

エリート過剰生産は最も難しい指標だが、ピーター・ターチンは上手く代替変数を見つける。ただ上記のように国家によってエリートが誰かが異なっているので、日本では特有の変数を見つける必要があるだろう。
しかし例としては、高級学位(修士号・博士号)、ロースクール卒業生の初任給の分布、上位1%の富の占有率、選挙費用
だ。

 大事なのは予測ではなく、危機が近づいていることに気づき、回避するための具体的な方法だ。
 危機が近づいていることに気づかなければ、国家は突然崩壊する。これは歴史上しばしば経験されてきたことだ。

歴史が教えてくれる大切な教訓は、過去に危機直前の時代に生きた人々も同じように、自分たちの社会が突如として崩壊するなど想像だにしていなかったということだ。

エリート過剰生産が国家を滅ぼす p196

本書は危機を回避する方法を教える。
それはエリート過剰生産を抑えること
そして、エリートによる富のポンプの無制限な利用を抑えることだ。

富のポンプとはなんだろうか。
エリートは国家のルールを作る。だからルールの破り方にも詳しい。上手くルールの抜け道を扱えば、税金を懐に入れる仕組みを作るのはそんなに難しいことではない。
僕の知っている例で言えば、開業医の息子を地域枠に入れて月20万円の返済扶養の奨学金を貰い、その分を全て株式に投資し、卒業するころには倍に増えていたという話がある。
開業医であれば色々なものを経費で購入して税金の支払いを最小限にするのは良く知られている方法だ。
官僚の天下り、というのも一つの例だろう。

ただ、米国はもっとえげつない、というか、富豪が権力を保持するとたいていえげつなくなる。故に金権国家は不安定性を伴う(エリツィン時代のロシア、ゼレンスキー以前のウクライナ、そして現在の米国)
 なぜかといえば、富豪が政治家に献金し、政治家は富豪が有利になる法律を作ったり賛成し、富豪が不利になる法律に反対することができるからだ。

かくして富豪はさらに金持ちになる。

米国においてはターチンは、この富のポンプを止めない限り米国はさらなる大衆の窮乏化を引き起こし、最悪の場合内戦に至る可能性があると警告する。

 さて、日本ではどうだろうか。
国家債務が諸外国と比べて非常に高い水準に上昇しているのは、G20内で比較しても明白だ。(日本は一番上の青)

資料:GLOBAL NOTE 出典:IMF

一方、平均年収も低下している。大衆の困窮化も進んでいるのだ。
こちらでは赤(日本が最後に一番下に来る)

資料:GLOBAL NOTE 出典:OECD

エリート過剰生産に関しては、米国では弁護士の年収の二極化が代替変数として使えたのだが、日本では弁護士は政治家になるための主要なルートではない。恐らく政治家になるための主要なルートは官僚から政治家だろうが、国家試験Ⅰ種(公務員採用総合職試験)の倍率は、2023年に大卒程度試験で9.5倍、2018年の20.2倍に比べて下がっているようだ。

 学位に関しては、大学進学率は緩やかに上昇し、大学院進学率は2010年をピークとして少しずつ下がっているようだ。

そしてここに外因としての気候変動や感染症の流行、飢饉、対外戦争が起きれば、脆弱になっていた国家は崩壊の危機に陥る。
 外因としての気候変動(地球温暖化)と感染症の流行(COVID-19)は既に起きている。

 しかしここでもエリートが結束し、富のポンプを使わないように相互監視する仕組みを作ることができれば、危機を乗り越えられる可能性が高い。


 以前も書いたように、産児制限が一般的になってからは、エリート過剰生産の結果は少し違っているように思える。
 ターチンは父と子サイクルという別のメカニズムも提唱している。それは暴力的な闘争をした世代の子ども世代は、反乱を起こしづらいというものだ。

日本では全共闘世代である団塊世代は武力闘争も行ったけど、その息子世代の団塊ジュニア≒就職氷河期世代では殆どそうした反乱が観察されなかったことに該当する。

それ以外にも、現在の中国はバブル崩壊で急速に貧しくなっているはずだけど、反乱らしいものは観察されないのも、戦時中のロシアでも反乱が小規模にとどまっている点も奇妙だ。

 政府が権威主義国家で逮捕が容易だからというかもしれないが、中世の国家はより強力な弾圧手段を持っていた。

規範と環境の変化、というのはもちろんある。

家族を持たないことの差別は少なくなったし
団塊世代の豊かさと少子化は実家暮らしを可能にした。
インターネットで多くの娯楽に無料でアクセスできるし
社会福祉制度もあって食うや食わずの生活になることは滅多にない。

自分の生命を危険にさらして反乱を起こした場合に、失うものが多すぎるのだ。

むしろ反乱を起こすよりは、あまり働かずにだらだらと生きよう、といった風潮になるのだろう。

しかしそれを永遠に支え切れるだろうか。国債発行は無限にできるわけではないし、社会保障はそれを維持する人と資源があるから成り立つ。

韓国の若者はいろいろなものを諦めていると言われている。
今はN放世代となっているようだ。



社会の反乱が起きやすいのは、20代のエリート志願者が増えた時だ。

だから社会全体における20代の割合を低下させる少子高齢化は反乱・内戦を起こしづらい方向に働く。

マムルークが支配していた中世エジプトのように、かなり厳しい収奪に耐えしのぎながら、人口を縮小させながら耐えしのいでいく、という可能性は十分考えられる。

 日本でわかりやすく反乱がおこるとは考えづらい。どちらかといえば離脱の形式をとるだろう。実際、少子高齢化で農村からは人が少なくなるわけで、そこで自給自足の生活をすれば社会保険料を支払わずに生きていけるかもしれない。

でもその先はあるのか?僕らの豊かな生活は(アナーキストにとっては残念なことに)かなりの部分が国家と官僚制による集団社会に依存している。
国家がなくなってしまえば、外部からの衝撃、つまり侵略、疫病、災害などであっけなく崩れてしまうだろう。

 陰鬱な想像だけれど、社会保障が機能しなくなった時に、最もダメージを受けるのは、社会保障によって生きている人で、つまりそれは高齢者と病人だ。彼らは社会保障がなくなった時点で亡くなる可能性が高い人々でもある。

次に医療従事者がダメージを受けるだろう。彼らが反乱を起こすだろうか。チェ・ゲバラのような革命家がいないわけではないが、歴史的に見て医療従事者が政府を打倒する、という事例は非常に稀だ。

 つまり、社会保障が機能しなくなることで、社会保障を使用する人たちが減り、医療従事者は医療以外の仕事をするようになり、国家財政の困窮が解決する、ということがありえる。

 ただそれは、ウォルター・シャイデルが膨大な例証と共に示した不平等の是正手段、戦争、革命、国家の崩壊、疫病で不平等を是正しようと主張するようなものだ。

 せっかくピーター・ターチンは膨大な歴史学の証拠から「エリートが団結して富のポンプを止める」方法があることを発見したのだ。

まずはそれを試みるべきだ。


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