人の生きている場所は「ここ」だ

人という存在、自分という存在は、相手の気持ちや価値観、都合、感情、思考の上に生きちゃいない

それは、自分のものでさえも同じだ。

本当に人が生きている場所は、それらではない、常に同じところにある。常に変わることがない。

ではどこか。それは今"ここ"にある「自身の生きている感覚」

今生きているという事実のことだ。

今何かを見ている事実。

「どう見ているか」は、事実ではない。「見ている」という感覚が事実なのだ

今「感じている」という事実。

今「考えている」という事実。

それが今「ここ」にある

感じるだろう。今この瞬間にもそれらを感じているはずだ。

「ここ」だ。「ここ」が常にあり続けているのである。

今も、これからもずっと同じだ。

それを無視したり、そこから離脱しようと妄想や思考に浸ろうとするから自分を見失うのだ。

「ここ」という道を外れるから迷うのだ。

「ここ」に正直に、「ここ」を第一に感じるように生きてこそ、

自分の人生は開く。

自分の人生という"道"は「ここ」なのだ

ここに生きてこそ「自分の人生を生きる」を実践できるのである。

唯一の方法なのだ。

どんな文化に触れようと

どんな価値観に触れようと

どんな思考にふれようと

どんな人間と相対しようと

どんなに人間と話していようと

どんな環境にあろうと、自身のいるところはいつだってかわりゃしない

「ここ」だ。

そして、意志の強さも「ここ」にある。

「ここ」には自分しかない。他の誰かが見えるような景色は「ここ」にはないのだ。

誰も自分のことをみてなどいない。誰も監視などできない。

ただ、自分という生きている感覚があるだけなのだ

自由とは孤独であり、それと同時に意志の強さそのものだ。

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