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フィンランドと和文化の絶妙なつながり〜自然、デザイン、サウナとお風呂〜

よむエラマを運営するエラマプロジェクトでは、これまで「フィンランドと和文化の絶妙なつながり講座」と題して、2つの文化の共通点や文化的なつながりについて伝えてきました。

この講座は、エラマプロジェクト代表でフィンランド生涯教育研究家の石原侑美、国語教員で和文化エバンジェリストの橘茉里の2名が、それぞれの専門分野から情報を共有するスタイルでお送りしてきました。

本記事では、2022年11月13日に岐阜県で開催される「エラマ文化祭」に向けて、イベントテーマである「フィンランドと和文化のつながりを感じる」について深掘りしていきます。


つながりポイント1:豊かな自然

フィンランドと日本は共に世界の中で豊かな自然環境に恵まれている国です。OECD加盟国の中で、国土面積に対する森林率はフィンランドが世界1位、日本も世界3位とトップクラスの自然の多さで、両国ともおよそ国土面積の7割が森林です。加えて、日本は海と川などの水資源が豊富で、フィンランドも国土面積のおよそ1割が湖なので、両国とも豊かな自然環境であるといえます。

中でも、日本は人口1億2000万人と世界で11番目に人口が多い国で、ここまで自然資源が残っているのは世界でも非常に稀であるようです。

そんな自然豊かな両国が育んできた文化には、さまざまな共通点があります。
・伝統的に林業が盛ん
・魚介類を食べる習慣が伝統的にある
・木造家屋が伝統的に多く、玄関で靴を脱ぐ習慣が根付いている
・かつて自然信仰があった

これ以外にも共通点はありますが、フィンランドは西洋文化だと漠然とイメージしている方々にとっては、これらの共通点はどこか日本に似ていると感じる要素ではないでしょうか。

そんなフィンランドと日本の自然にまつわる文化をご紹介します。

石原侑美による解説:フィンランドの自然


日本でも、木工、漆、工芸などの分野で自然素材のものを作る職人、または匠と呼ばれる人たちが伝統的にたくさんいますが、フィンランドでも木工や織物が盛んです。
現在でも、フィンランドには木工や織物などの職人や職人さんがたくさんいた街というのが存在し、自然と共に生きてきた跡がみてとれます。


フィンランドの地方都市の家には織物、日本の升のようなアンティークの木箱があった

フィンランドの人たちが自然と密接だなと感じたのは、ポロッと悩みを話した時です。私が人生の分岐点において国内の地方都市に移住するか、思い切って海外に移住するか、ウジウジ悩んでいた時期がありました。そんな内容をフィンランドの友人に話すと、「悩んだら森に行けばいいよ」とアドバイスしてくれました。
え?森に行くんですか?と一瞬反応に戸惑いましたが、なんだか力が抜けて呼吸がしやすい体のモードになった記憶があります。

これは、小林聡美さんが主演のフィンランドを舞台にした映画「かもめ食堂」で、常連のフィンランドの青年も「悩んだら森に行けばいいじゃない」と言っているあのセリフと同じです。

確かに、フィンランドの首都ヘルシンキでも電車やバスで10分行けば、深呼吸をしたくなるような森や公園、湖がたくさんあり、フィンランドでは自然が身近にあることを体感できます。環境だけではなく、心の中でも自然が身近というのは魅力的だなぁと、そんなフィンランドの文化や人たちを研究したいと思ったきっかけのエピソードでもあります。
(文・石原)

ヘルシンキ中心部からバスで10分のアクセスのシベリウス公園

橘 茉里による解説:日本の自然


日本の人は、季節の移り変わりとともに自然を楽しむのが得意です。

今でも花見、月見、雪見を行う人は多いと思いますが、かつては枯野見(かれのみ)といって、枯れた野原を鑑賞し、侘しさや物悲しさをしんみりと味わう行楽さえありました。

また、季節というと春夏秋冬から成る四季が思い浮かびますが、日本には1年を24等分した二十四節気、72等分した七十二候という季節の捉え方があります。

二十四節気は15日ずつ、七十二候は5日ずつ移り変わり、それぞれの季節感に対応した名称がつけられています。例えば、10月14日~18日頃の二十四節気は「寒露」で、七十二候「菊花開(きくのはなひらく)」という名前です。

季節はこうやって日々移り変わり、私たちはそれを繊細に感じ取ってきたのです。

次に、こちらの文章を読んでみてください。
「●●人は何と自然を熟愛しているのだろう。何と自然の美を利用することをよく知っているのだろう。安楽で静かで幸福な生活。大それた欲望を持たず、競争もせず、穏やかな感覚と慎ましやかな物質的満足感に満ちた生活を何と上手に組み立てることを知っているのだろう」

穏やかで心豊かな生き様が描かれていて、こんな風に暮らしたいなぁと憧れてしまいますが、これは一体どの国の人について書かれているでしょう?

はい、正解は日本人です。
冒頭の「●●人」には「日本人」が入ります。

これは幕末~明治に日本を訪れた西洋人の一人、フランス人実業家のエミール・ギメの言葉です。(参考文献:天野瀬捺『世界が憧れた日本人の生き方 日本を見初めた外国人36人の言葉』)

エミール・ギメから見た日本人は、とても幸福そうです。

一方で現代の我々は、エミール・ギメが日本に対して感じたようなことを、フィンランドに対して感じ、憧れを抱いているように思います。

侑美さんが紹介しているように、フィンランドはとても素晴らしい文化を持った国なので、私たちが憧れるのは当然と言えば当然なのですが、実は日本だって、多くの外国の方から尊敬と憧れを向けられていました。

まずはそのことを誇りに思ってもらいたい。
そして、私たちが憧れるフィンランドの暮らし、つまり自然と調和し、心豊かに暮らしていく生き方は、本来日本の私たちの生き方でもあったのだと知ってもらいたいと思います。(文・橘)

つながりポイント2:余白や自然ベースのデザイン

デザインや余白について、これまで講座で何度も扱いましたが、そのどれもに共通するキーワードは「自然」でした。フィンランドと和文化のデザインの共通点を見ていくと、そのキーワードが浮き彫りになってきます。

・自然をベースにしたデザイン
 (フィンランドではバイオフィリックデザイン、日本では後述の自然を模したデザイン)
・意図した余白のあるデザイン

この余白については、空白の状態である「blank」ではなく、意図して作った余白「margin」の定義を採用しています。


石原侑美による解説:フィンランドのデザイン


北欧デザインとフィンランドのデザインは明確な区分けや定義はないものの、漠然とした違いがあります。
フィンランドはそもそも約100年前の1917年にできた新しい国であり、独立前後にはフィンランド人としてのアイデンティティを確立するため、さまざまな文化芸術的な変革が起きていました。

デザインやアートにおいては、1900年代前半に活躍したフィンランド出身の建築家、アルヴァ・アアルトによってフィンランドデザインの素が確立されたと言われています。それは、モダニズム建築やデザインに自然の要素を取り入れ、人々の暮らしをより良いものにするという考え方です。

この「より良いもの」というのは、誰もが平等に使えるよう、実用的、機能的かつ効率的に生産できるようシンプルなユニバーサルデザインを目指していて、現代のフィンランドデザインにもあらゆるところでそれを感じることができます。


ヘルシンキの公衆トイレ。日本のトイレのようにボタンが少なく、シンプルに2つのスイッチのみ

またこのトイレの写真にもあるように、壁は木目調を採用し、どこか自然を想起させるデザインになっています。
このように、フィンランドのデザインには自然を想起させる特徴が多く、日本でも有名なテキスタイルブランドマリメッコのパターンも、自然の中でインスピレーションを得たものをデザインするのが鉄則となっています。

そうすることで、ユーザーの心地よさに繋がることはもちろん、意図的に余白を持つことで精神的な余裕を生み出し、自らが考えて想像して使うという自主性や楽しさを提供できます。
フィンランドの研究をしていると、その心地よさを生み出す真の目的は、機能的かつ効率的に作業やアイディアを生み出すことにあるのではないかと思わざるを得ません。

豊かなより良い生活を創るためには、機能や効率を重視しなければならないシビアさが、一見おしゃれなデザインに反映されていて、そういった点がなんともフィンランドらしいなぁと感じずにはいられません。
(文・石原)

橘 茉里による解説:日本のデザイン


フィンランドが約100年前にできた新しい国であるのに対して、日本は紀元前660年から2680年以上も続く歴史ある国です。その長い歴史の中で、様々なデザインが生み出されました。

古代の、シルクロードや中国から影響を受けたデザイン。
平安時代の国風文化とともに、より日本らしく洗練されていったデザイン。
貴族、武士、町人それぞれの身分の人たちに愛されたデザイン。

時代、身分、地域によって多様な展開をしているため、一概に「日本のデザインはこうだ!」というのは困難ですが、動植物や風景など自然をモチーフにしたデザインが圧倒的に多いことは確かでしょう。

そして、着物は自然のデザインを美しく見せることに長けているような気がします。私自身、大胆なデザインの洋服を着こなすことは苦手ですが、着物では派手な花柄でも違和感なく着てしまえたりします。

現代社会で着物を普段着にすることは難しいですが、美しい自然の描かれた着物を粋に着こなして、街を闊歩する女性が増えたらいいなぁと感じます。

また、自然を模したデザインは食文化の中にも出てきます。
和食の盛り付けのひとつに「山水盛り」があります。奥を高く手前を低く配置して、山と川を表現しています。


「山水」というつながりで言うと、日本の庭園には「枯山水」がありますね。水を使わずに石や砂で「山水」(山と水のある風景)を表現しており、水を無くすことでかえって水を感じるようになっています。

このように、日本文化では衣食住すべてにおいて、自然のデザインが存在します。

また、フィンランドのデザインとのつながりとして、余白というのも重要なポイントです。余白という面から日本文化を眺めると、余白の多さに気づきます。

つながりポイント1の「日本の自然」でご紹介したように、日本には枯野見という行楽がありましたが、枯れた野原を見に行くということは、何もない空間・余白を鑑賞しに行くようなものではないでしょうか。

他にも、余白を楽しむ美術作品に「誰が袖図屏風」というものがあります。人物は描かれず、衣裄(いこう)に掛けられた着物を見て、持ち主の人物像や生活を想像しながら鑑賞を楽しむ作品です。


また、日本家屋はシンプルな造りで空間(余白)が多いのが特徴です。

というのも、日本家屋は西洋に比べて備え付けの家具が少ないのです。

西洋建築では、椅子、ソファ、テーブル、ベッドなど様々な家具が必要ですが、日本は畳文化のため、畳に座るから椅子やソファは要らないし、畳の上に物を置けるからテーブルも要らないし、畳の上に布団を敷くからベッドも要らないのです。

江戸の長屋などは狭くて物を置くスペースがなかったから、極力家具を持たなかっただけだとも考えられますが、その根底には、余白を大事にする気持ちがあったんじゃないかなぁと想像します。

皆さんも、身のまわりにある日本のデザインや余白にぜひ目を向けてみてください。
(文・橘)

つながりポイント3:公衆サウナとお風呂

海外のゲストを日本の温泉にお連れすると、裸になることが恥ずかしくて入ってくれない、なんてエピソードを聞いたことがありますが、フィンランドの人に限ってはそういったことは起こりづらいでしょう。なぜなら、フィンランドにも裸になる習慣が伝統的にあるからです。

このつながりポイントは、フィンランドと日本が伝統的に裸の付き合いをしてきた「公衆サウナ」「公衆浴場」の習慣が、フィンランドと日本以外のおおよその世界の人たちが戸惑う部分です。そういった意味でも、両国のつながりを独自で感じる部分でもあります。

石原侑美による解説:フィンランドのサウナ


昨今、日本でもサウナブームが起き、テレビや雑誌ではサウナ特集が組まれたり、「サウナー」と呼ばれるサウナ好きのコミュニティができたり、それをきっかけにフィンランドを知る人が増えてきました。

「サウナ」という言葉はフィンランド語からきています。英語では「sauna」という同じスペルで「ソーナ」と発音しますが、フィンランド語の「sauna」は「サウナ」と日本語と同じように発音します。

サウナの発祥地については諸説ありますが、その昔縄文時代の日本でもサウナによく似た部屋の蒸し風呂がお風呂の元祖と言われています(諸説あり)。
フィンランドでは、元々家の貯蔵庫だったところを改装して体を温めるサウナとして使用するようになり、現代でも人口の半分以上の約300万のサウナがフィンランドに存在すると言われています。

そんなフィンランドの公衆サウナは、日本のサウナとは大きく異なります。
・温度は70度〜80度(日本では90度以上の高温)
・蒸気を発生させて多湿(日本はドライサウナが多い)
・テレビがない
・老若男女がいるイメージ(日本のように特定の年齢層とサウナーだけではない)

何より大きな違いは、サウナでの過ごし方です。日本のサウナでは、テレビを見て、隣に座っている人と雑談をしながら、「熱さの我慢の向こう側」を体験すべく、90度以上の熱い部屋と水風呂の往復を繰り返す、そんな我慢大会のイメージが強くあります。(もっとも、昨今のサウナブームで少しずつサウナのイメージは変わりつつありますが)

しかし、フィンランドの公衆サウナでは、老若男女だれもが楽しみ、緩やかな空気と共にリラックスした状態でサウナを味わいます。
そして、フィンランドでは伝統的にサウナで出産をしたり、自分の遺体をサウナで洗うという習慣があり、いわばサウナは”命の入口と出口”ということができます。そんな空間では、人生・生き方・命と向き合う場として捉えている側面もあるのです。
(文・石原)

橘 茉里による解説:日本のお風呂


日本人はお風呂が大好き。
江戸っ子にとって朝夕2回の銭湯通いは当たり前で、一日に何度もお風呂に入る人さえいました。

現代では、お湯を張った浴槽に入ることを「お風呂に入る」と言いますが、もともと「風呂」は蒸し風呂、つまりサウナのことでした。

古来日本では、お湯につかるタイプ、蒸し風呂に入るタイプの2通りの入浴方法がありました。温泉地では古代から温泉に入る文化がありましたが、温泉地以外の都市部などで入浴が広まったのは、仏教の影響が強いと考えられています。

仏教が日本に入ってきたのは6世紀のこと。仏教には沐浴という水で身体を清める儀式がありますが、寺院にある沐浴施設は民衆にも開放されていました。それが後の公衆浴場(銭湯)文化につながっていったようです。

また日本には、神道にも水で身を清めてケガレをはらう禊(みそぎ)という考え方があり、水には浄化の力があると信じられてきました。

つまり日本のお風呂は「浄化」がキーワード。
フィンランドのサウナが”命の入口と出口”として、人生・生き方・命と向き合う場となっているのに対して、日本のお風呂はケガレを落とし身を清めることによって、自らの人生や生き方と向かい合う場なのかもしれません。
(文・橘)

フィンランドの日本のつながりを体感しよう!

いかがでしたでしょうか。フィンランドと日本には共通点があるというだけではなく、なんともいえない繋がりを感じ取ることができたでしょうか。
エラマ文化祭では、フィンランドと日本の繋がりを体感できるプログラムをたくさんご用意しています。
ぜひ会場に足を運んでいただき、皆さんの五感を使って味わってみてください。


フィンランドと和文化の繋がりが体感できるイベントのお知らせ

初開催となる今回のテーマはズバリ「フィンランド × 和文化」。
フィンランドと日本の絶妙なつながりについてもずっと探求してきたエラマプロジェクトだからこそのプログラムが揃いました。

フィンランドが好きな人はもちろん、日本文化に興味がある人にも、親子で楽しんでいただける内容になっています!

ぜひ、直接目で見て感じて味わい尽くしてください。

日時:2022年11月13日(日)10:00〜15:00
場所:ウッドフォーラム飛騨(岐阜県高山市)
料金:入場無料(プレミアムチケット販売あり)

<内容>
・日本のお香×フィンランドの森・瞑想ワークショップ
・フィンランドから来日するプンカハリュ日本大使との交流スペース
・伝統芸能・吟剣詩舞の若き師匠「見城星梅月」さんの舞のパフォーマンス
・哲学カフェ
・北欧雑貨のエラマショップ
・ラベンダーワークショップ
など多数

●イベントの詳細とチケットの予約は下記から
https://elama.be/workshop-event/elama-festival/

Text by  
石原侑美(Elämäプロジェクト代表)
橘 茉里(和えらま共同代表/和の文化を五感で楽しむ講座主宰/国語教師/香司)




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