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カイジの鉄骨渡りを余裕で見ていた人達

なぜ今になってカイジの感想を書こうと思ったかというと、夜に床に就いた時に幸せだと思ったからである。

夜に窓を開けてると、どこから遠くの方から道路を走っている車の音がゴーっという音と共に聞こえてくる。

その音を横になりながら聞くのは何とも心地よいのである。

そして、なぜ心地よいのかを自分なりに考えてみた結果、『安全な守られている状態で心地よい音を聞いているといった状況』が心地よいと思った本質ではないかということを認識したのである。

この状況を認識した瞬間、カイジのある場面を思い出した。

その場面とは、超高層鉄骨渡りゲームの場面である。

そのゲームとは、主人公カイジを含む負債者達が、地上74mのビル間に掛けられた靴の幅1つ分の鉄骨を渡り切れば賞金をゲットできるというゲームだ。

その鉄骨には電流が仕掛けられており、腹ばいになって進むというセコイことは不可能で、立ちながら渡り切るしかないという死のゲームなのである。

因みに、そんな死のゲームの終盤で残ったのが、カイジ、佐原、石田のおっさんである。

その中でも最初に落ちたのが石田のおっさんである。

石田のおっさんは気弱でプレッシャーに耐えられず落ちていったのだが、落ちる直前には胸にグッくるような励ましをカイジに送り、最後異様なまでの輝きを放ったのである。

そして、鉄骨渡りも終盤を迎え、最初に向こう側にたどり着いたのが佐原であった。

佐原も結局鉄骨から落下するのだが、何とも胸にモヤモヤが残る人間の心の闇に触れるようなシーンなのである。

そのシーンとは、佐原がゴールと思われる扉にたどり着いて、いざ扉を開けると建物と外の圧力の差で発生した突風で吹き飛ばされて落下していくシーンである。(因みに、石田のおっさん、佐原は残酷にもやはり死亡していると思われる)

これは結局、別に安全なルートがあって、そこを通るのが正解なのだが、意図的におふざけのルートを作る主催者は恐ろしいといえるだろう。

そんなおふざけのルートを安全な場所から楽しんでいる人達がいたのもまたぞっとする話である。

カイジの鉄骨渡りで落ちる人を余裕で見ていた人達

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鉄骨渡りに参加しているカイジや佐原などはもちろんストーリーのど真ん中にいるキャラクターなので注目せざるを得ないわけだが、私が印象的だったのはそのゲームを遠くから見つめている人々である。

その人々とは、ゴールのビル内で食事を楽しみながら見ている金持ちの人々だ。

カイジ達の死のゲームを安全な所から見るというのがどうにも気持ちいい人達らしい。

ここで人の欲求について話したいと思う。

人の欲求には5段階あるという有名な説がある。

これは、1943年にマズローが発表した論文「人間の動機づけに関する理論」で語られたもので、その欲求とは以下の5つである。

1.生理的欲求
2.安全欲求
3.所属欲求
4.承認欲求
5.自己実現の欲求

優先度が高いのは1番で、それが解決されると2番目の欲求が表れてくるといった形になる。

で、いわゆる金持ちの人達は成功者であるから5番目の欲求も当然クリアしているのだろうと思われる。

そうなると、次に求める欲求は1~5番のような自分に向けた欲求ではなく、ここには表現されない他人に向けた欲求というところに行き着くのではないだろうかと思ったのだ。

その欲求とは、他人にこうなって欲しいといった欲求である。

他人にこうなって欲しいといった欲求が、善側に働けば支援といった形になるのだろうが、悪側に働けば陥れるといった形になるのだろうと思う。

今回の欲求はまさに、他人が苦しんでいるのを見るという悪側に働いた事例そのものなんだろう。

今回の話とは少しずれるが、自分の欲求に対して自分で判断できない人は他人との相対評価でもって欲求を満足しているかどうかを判断せざるを得ないはず。

そうした場合、相対評価している中で少しでも自分の欲求を満足させるために、今回と同じように他人を陥れるといった変な行動をしてしまう場合がある。

これは結局、自分の欲求と向き合うことをせずに他人との安易な比較に走ってしまった結果であるため、まずはしっかり自分と向き合って、何が本当に自分を満足させるのかをはっきりさせた方がいいと思われる。

話を戻して、自分の欲求を全てクリアすると他人に目が向くようになるということだ。

だから、自分の欲求を飛び越えて、いきなり他人によくなって欲しいと心底思える人は聖人と言えるだろう。

過去の偉人で言うと、キリストやマザーテレサなどがそれに該当するかもしれない。

カイジの鉄骨渡りをしないようにするためには

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正直、漫画の世界だから有り得ないシチュエーションかもしれない。

しかし、世界は広いので私たちのあずかり知らないところで実施されているかもしれないと考えるとぞっとするのだが、少なくとも私たちは鉄骨に渡るようなシチュエーションに陥ってはいけない。

そのようなシチュエーションに陥らないためにも、衣食住をまず確保する必要がある。

衣食住を確保できれば、まずはレベル2の安全欲求を満たすことができ、肉体を維持するという死から距離を保つことができる。

レベル3以降は、どちらかといえば心の持ちようで何とかなる。

レベル3は所属欲求で、どこかの組織に所属して安心を得るということである。

また、レベル4は周りに自分の行動を認めてもらうということで、これら2つは周りに依存せずに一人でも寂しさを紛らわすことができれば不要となる。

一方、レベル5は自己実現の欲求で自分が成長したいという欲求である。こちらも現状維持で、生きているだけで満足だと割り切りができれば済む話である。

心の持ちようについて今回非常に簡単に書いてしまったが、実はそれはそれで奥が深い。よって、また別でまとめようと思う。

以上、カイジの鉄骨渡りを余裕で見ていた人達 についてでした。

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