Cp.1 "M"urder

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VRC環境課

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ネオンと電線が乱雑に絡み合う都市の裏。
錆びた室外機が唸りながら稼働している路地の裏。
ホログラムモニターは年々価格競争が激しくなり、電脳対応型のキャッシュレス決済はもはや常識になりつつある。
科学と機械技術の進歩は【空飛ぶ車】の実現を疑わせることなく、電子制御された高度な思考回路は人のそれと遜色ないレベルで日常生活に溶け込んでいる。
正当に、真っ当に、ヒトと呼ばれる存在の英知が作り上げた現実的なその在り方を否定する事は叶わない。
だからこそ、それを超えたいと思う。
だららこそ、それを超えたいと願う。
例えその手段が間違っていたとしても。
取り返しのつかない事だったとしても。
愚かな生き物であるが故に。


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白く彩られた清潔な外観の、一見すると病院の様な建物。
しかしてその実態は地獄の窯の蓋であり、冒涜と呼ぶに値する行為が日常的に行われている研究施設だった。
【神秘】と呼ばれている――後に【現実改変】と定義される――の人的制御であり、様々な生物と【聖遺物】を結合させる実験である。
魚に羽を差し込んで宇宙空間に放り出し、無重力を駆け抜ける事が可能な生物へと進化する確率を探る様な荒唐無稽な試み。
あらゆる手段に理屈は無く、あらゆる推論に根拠は無く、ブレインストーミングで浮かんだ全てを順番に処理していくだけの作業に心血を注ぐ姿はいっそ狂っている方が正常だ。
だが彼らは冷静に、理知的に、計画的に、繰り返す。
たった一度の前例を信じてひたすらに、何度も、何度も、繰り返す。

繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、狂い返し。

成ったソレは、ヒトの形をしていた。


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暴徒鎮圧用に作られたアンドロイドが一糸乱れぬ統率の取れた斉射を行い、赤い非常灯に照らされた廊下に火花が散る。
銃弾の向かう先に立っている青年は怯む様子も無くその全てを迎え入れて一切の痛痒を感じていない無表情を保っていた。
衣服さえ破る事の敵わない行為は一切の無駄だと分かっていてもプログラムはパターン通りの行為を止める様子は無い。

『神経ガスの投与開始。近辺の隔壁を遮断して密閉します』

天井に埋め込まれたスピーカーから聞こえる指示に従って頑強なシャッターが何枚も降ろされ、その内部に充満するのは致死性の神経ガスだ。
数秒の静寂は耳を劈く破砕音によって塗り替えられる。
硬質な金属を力任せに叩き付ける音、金属フレームが砕かれる音、コンクリートが凹む音、シャッターが切り裂かれる音。
立ち止まる事を知らない彼の足は、それを見ている管制室へと着実に進められていた。

「あぁ……」

嘆息が漏れる。
乱雑に振るった腕が隔壁を両断していく姿を見た。
神経ガスでは彼の体を止められない事を確かめた。
重厚なアンドロイドたちが破砕されていく姿を見た。
銃弾では彼の体を傷つけられない事を確かめた。
【認めてはいけない存在】を目の当たりにして彼らの反応は似通っていた。

「素晴らしい」

それは賞賛であり、狂気であり、歓喜であり、感動だった。
自分たちの成し遂げた偉業を誇る様に。
自分たちの作り上げた異形を誇る様に。
正当な【科学】を嘲笑い、真っ当な【機械】を蹂躙する歪な【神秘】を成した事へ惜しみない喝采を送りながら、

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人生の絶頂の瞬間に彼らが生涯を終える事を出来たのはこの上ない幸福だった。


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作業用の定盤に広げられた旧式のトランシーバーの構成部品を確かめて、チェックリストの全てに丸印がつけられる。
解体した手順と逆の通りに組み立て直し、最後のビスをしっかりと締め込んで一台分の作業が完了した。
シンプルなこの備品は未だに使用されおり、特に電脳化していない課員に愛用者は多い。
精密機械に類する備品の整備は本来であれば整備・開発係の業務であり、構造が複雑でないものも業務の範疇である。
しかし最新型の備品はそれ相応にメンテナンスが困難であり、整備・開発係が受け持つ主業務の比率はそちらに偏りがちだ。
技術的な問題だけでなく人数的な問題も合わせて考慮した場合、解体係の内勤業務にこうした作業がそれなりに多くなるのは適材適所というもので、実際の所手慣らしも兼ねて行われている。

「大丈夫そうですね」

軽く振って構成部品の緩みなどが無いことを確認し、元々入っていた段ボールへとしまい込む。
午前中に予定していた数をぴったりこなし、配送係に引き取り以来の連絡を送ればひと段落だ。
顔を上げれば課員の姿がちらほらと目に入るが、その誰もが手元の作業に集中していた。

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「休憩行ってきます」

邪魔をしない様にと小声で告げた申告には、まばらな返事があった。


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[食堂] PM 0:05

普段より早めに食堂についてみれば利用者の数はかなり少ない。
野菜スティックの入ったプラスチックの容器を二つと真っ赤なソースをトレイに乗せて窓際の椅子に腰を下ろす。

「ぽりぽり」

角切りされた人参にソースをつけてぱくり。

「ぽりぽり」

角切りされた大根にソースをつけてぱくり。

「ぽりぽり」

角切りされた胡瓜にソースをつけてぱくり。

「またソレ食べてんの?飽きたりしない?」

Bランチのトレイを持った葛ノ葉が向かいの席に座った。

「食感がいいので。それに今日はコレもありますし」

赤色のソースを指差す。

「何それ」

「ムッシュお手製のソースです。お願いして作ってもらったんですよ」

フローロの頭越しに厨房に視線を向けると、ギザギザの歯をしたナマズが驚くほど手際よく料理を作っているのが見えた。

「美味しいの?」

「私は好きですよ。食べてみますか?」

角切りされた大根の端にちょっとだけソースをつけて差し出す。

「じゃあ、いただきます」

スティックを一口で放り込み、

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むせた。

「かっら!!!!いや痛い!!!!痛い痛い痛い!!!!!」

舌を突き刺す刺激は痛みの域に到達し、それでいて獣人の鼻をもってしても分からないレベルまで匂いを隠されたソースの正体を知ろうとは思えなかった。
勢いよく立ち上がり、ジュースサーバーへと駆ける。
激甘と話題のスムージーを大量にコップに入れて一気飲みし、それを三回繰り返してようやく落ち着いた葛ノ葉はおぼつかない足取りで席に座る。

「よくこんなの食べてるね!?」

信じられないものを見る目を向けられたフローロは首を傾げた。

「刺激的ですよ?」

角切りされたキュウリにソースをつけてぱくり。

「味覚おかしいんじゃないの」

その言い分には不服そうに眉がハの字を描いた。


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[郊外閉鎖区域] PM 2:30


曇天が太陽を覆い隠し、決して強くない雨が降る。

「こちらです」

【KEEP OUT】のテープを潜り、二つ角を曲がった先の光景に皇純香は顔を顰めた。
肉塊となっているのはヒトであった何かであり、四肢を失った胴体にかろうじて繋がっている頭部は骨ごと両断されていた。
夥しい量の血液が雨と混ざってコンクリートを赤く染める。
切断された四肢は胴体の前に等間隔に並べられており、その切り口は骨や筋肉の繊維が見て取れるほどに滑らかだった。
腹部は円形に切り抜かれており、細切れになった内臓が押し詰められている。
半ばペースト状になったその上に、形を保ったままの心臓が据え置かれていた。
異常性極まる猟奇的な現場にいる課員たちの表情は優れない。

「この件について外部流出の一切を禁止する。情報係に通達を」

「了解しました」

「課内の情報共有も必要最低限に抑えろ。データベースへのアップロードは全て私を通してからだ」

そう言って皇は口元に手を当てて思案する。
目の前の光景が無計画に行われた突発的なモノであると何故か確信していた。
恨みや殺意を持って行われた犯行ではなく、ただなんとなく、呼吸をするのと同じくらいの自然さや気楽さを感じ取っていたからだ。
その上で、こんな事が出来るのかという疑問は目の前の結果が否定する。
不特定多数に向けられているであろう狂気の終着点は全く見えずにいた。

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どうやら当分止みそうにない。


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