更新日

9年前の今日、わたしは仙台に居た。

当時のわたしはいわゆるアパレル店員。
まだ真新しかった駅前のビルは、ぐわんぐわんと大きく揺れた。
いやー、これはすっごいなと。
怖いとかなんとかより、もう理解ができなくって、
最新の耐震構造ってすげーなーとか、そんなことを考えていた。

同じフロアにあるカフェからパリンパリン食器が割れる音が聞こえて、あーあそこの食器かわいいのにもったいないなー掃除大変やなーと思いながら、
そばにいたお客様に
「大丈夫ですよー当館新しいんで全然平気ですー、しかし長いですねー、ちょっと気持ち悪い揺れですけどこれ乗り物酔いにあたるんですかねー」
なんて話しかけて。今思うと何それ。不謹慎な店員やな。

携帯電話が通じなかったこと、
家族の働くオフィスまで数時間歩いたこと、
途中で雪が降ってきてこれが天変地異ってやつかと思ったこと、
職場の自家発電システムにより映し出されたTVが理解の範疇をはるかに超えた光景を流していたこと、
外を歩いている人たちはそれを知らないこと。

どこにも灯りがない夜と
永遠に進まない車、
11階まで階段であがるしんどさ、
何にも見えないまっくらな家、
足の踏み場のないくらいぐちゃぐちゃになった床、
まき散らされたお手製鶏がらスープ。
(これはのちのち片付けが本当に大変だった)

ふとんだけ持ち込んで車中泊したこと、
これがまた腰に来ること、
車内は意外と隙間風が寒いこと、
自分の車が軽であることに初めて後悔を覚えたこと。

「その日食べるもの」に初めて本気で苦労したこと、
「家族が死んでいるかもしれない」と初めて本気で苦しんだこと、
「生きていてくれてよかった」と思えたこと。

電気と水道とガスのありがたみ、
ジーンズは毎日履いていると脚が青く染まること、
お風呂の気持ちよさ、
あったかい食べ物のおいしさ。

ちなみにガスが復旧した日の晩餐はすいとんでした。
冗談でも比喩でもなく泣きました。
あったかいって、それだけで、ごちそうで。


わたしは今この文章を東京で書いている。
当時高校生だった妹は今や人妻となり、
わたし自身も大切なひとと家族になるため一緒に生活を始めた。

あれから何が変わったかと言えば、

全てが変わったし、

何も変わっていない気もする。

非常持ち出し袋は必ず用意するようになったけれど、
毎日温かいご飯に涙しているかと言えばそんなこともないし、

家族の身を案じることは多々あれど、
その中身は病気や事故に遭いませんように、が近いし

それは、日常が戻ってきたという点で良いことでもあるし、
また幸せボケしてきているということでもある。

でもまぁ、幸せボケの何が悪いんよ、と思う自分もいるんですよね。
ボケれるうちはボケとったら良いと思うよ、わたしは。

故郷が見舞われた災害を、
9年経っても世間が忘れずにいてくださることは
やっぱり、なんだろう、適切な言葉が見つからないけれど
ありがたいな、と思う。

わたしにとって、3/11は更新日。

感謝の更新をする日。

屋根があって床があって電気がつく。
話したいひとと電話する。
全然中身のない不要不急の内容を友人にLINE。
お風呂に入って熱いシャワーを浴びる。
今日のごはん何にしようかな、って考えながらスーパーを歩く。
炊き立てのお米を器によそって、
バラエティ見ながらレモンサワーが飲む。

あの日できなかったこと。

あの日までできなくなる日がくるなんて思ってもいなかったこと。

ひとつひとつに感謝を更新して、
今日は牛スジカレーを作ります。


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