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【ボツ企画をたずねて】(2) 中・高一貫の生物学

「前書き」の原稿
 最近、いくつかの大学の医学部で、「物理」または「生物」を高校で学んでこなかったために、それらの基礎知識にあまりに乏しい学生の多さが問題となり、その対策として「やり直し講座」なるものが登場し、話題となりました。これは医学部でも理科2科目で受験できるため一部の進学校などで、受験科目のみに重点を置きすぎた教育を行ったツケがまわって来た結果と言ってもいいでしょう。そのため、別の角度からの問題解決のアプローチとして、たとえばセンター試験では理科を3科目受験できる体制となりました。(注)「受験に必要となれば、まじめに勉強するだろう」という大学側の論理は真に正しいのですが、受験生にとってはかなり負担を強いられる結果となったことでしょう。一方、医学部を除く理系の学部では、難関と呼ばれる大学といえども依然として「理科2科目体制」が続いているようです。たとえば、工学系の学科では(生命工学などの学科を除き)大学の講義やその先にある就職先で生物学の知識を必要とすることは、あまりないのかもしれません。仮に大学の教養課程で生物の講義があったとしても、それは選択科目であって、しかも担当する教官の趣味に強く依存した内容になることも大いにあるので、高校で「生物」を学びそこなってしまうと、系統的な生物学の知識を持たないまま大学を卒業することになるでしょう。しかし、現代は言うまでもなく生物学の時代です。そんな時代にあって、染色体と遺伝子とDNAの違いもよくわからないまま大学の理系学部を卒業していくと言うのは、少し恥ずかしいことです。いずれにせよ、早い段階での生物学の系統的学習が必要であることは言うまでもないでしょう。

 本書はこういった時代の要請にこたえるべく執筆された生物学の教科書です。タイトルに「中・高一貫の」とついていますが、特に一貫校の学生だけに対象を絞るという意味ではなく、中学生からでも読める高校生向けの生物の教科書、という意味です。ですから、理科3科目受験の医学部を志す中学生にとっては、受験の早期対策という意味でも良い教科書となるでしょう。一方で、じつは本書の読者として強く想定していたのは、前にも指摘したような、大学受験でも大学でも生物を学ぶ必要がなくなる進路を志望している高校生の方々です。そういった方々が、肩肘張らずに気楽に読めて、ある程度の生物学の基礎知識を得られるような本を目指しました。もちろん中学生から高校生まで文系理系を問わず、多くの方々に本書を手にとっていただきたいと考えていますが、一部で、確率などの数学や化合物や反応といった化学の知識が必要なところも出てきます。ですが、よく分からないと思ったところは飛ばしてしまってかまいません。気になるようでしたら印でもつけておいて、時を置いてまたチェックしてみてください。無理にすべてを理解しようとするのは受験勉強の弊害のひとつです。受験で生物を必要としない方々には、ぜひ、生物を楽しんでいただくことからはじめて欲しいと思うのです。分からなくても分からないなりに学ぶというのはすごく楽しいことなのです。さきほどは、生物のことが良く分かっていない人たちが問題だと指摘しましたが、じつは生物の面白みが良く分かっていない人たちこそ問題なのでしょう。

 ところで、こういった受験に直結しない学習というのは、見方によっては不毛なものかもしれません。しかし、学問は受験(もっと直截的には立身出世)のためだけに行うものだとする考えは、それこそ学習自体を不毛なものにしかねない危険な考え方だとわれわれは考えています。ここでわれわれが提唱したいのは「なぜ勉強しなければならないのか?」といった大仰な問いかけではなく、「それだけではつまらなくないか?」という素朴な疑問です。受験勉強をしていると、単純に学習を楽しむという姿勢を忘れて「なぜ勉強しなければならないのか?」といった的外れな問いに陥りがちです。だから本当に問題なのは、生物の勉強はよくできるのに生物の面白みが良く分かっていない人たちなのです。

 脱線しましたが、本書でわれわれが目指したのは、扱う話題のレベルを落とすことなく肩肘張らず読める教科書です。その目論見がどの程度成功しているかは、読者の皆さんに判断していただければと願っています。

(注) 2004年当時。2012年度入試からセンター試験での理科は最大でも2科目しか受験できなくなった。

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