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110円のおじいさん

先日天気がいいので吉祥寺にある井の頭公園を散歩していた。
行ったことがある人はわかると思うが井の頭公園は東京都内でも屈指の憩いの場で、天気の良い日ともなろうもんなら夢追い若者がベンチや地面で宴会をし、子供連れファミリーがお弁当を持ってピクニックに、付き合いたてか付き合う前のカップルがボートに乗りに、アスリートなのか運動不足解消のためなのかは不明だがランナーやウォーカーが園内を闊歩し、お年寄りの散歩コースにもなっているだけじゃなく、絵を書く人や写真を撮る人や外国人など様々な人たち、文字通り老若男女が入り乱れているカオス公園なのだ。

これを執筆している現在、東京都内では2度目の緊急事態宣言下にあり、基本的に遠出が出来ないものの、近場の人たちでごった返していて外でなかったら大変なぐらいな蜜になってるのだ。

とまあ客観視しながらも自分もその中のひとりになるのだが、あまりにも天気が良かったもので公園に誘われるように足を踏み入れた。

季節の割にはとても暖かく、コートを着てきていたが脱いでいた。歩いているとそれでも少し汗ばむぐらい暖かく春先のような気候だった。
そんな気候が起因して公園に到着した僕は喉が乾いていた。

公園内にはカフェが数店舗あり、敷地の関係上店内というよりはテイクアウトをするのがコロナ前から主流の場所だった。
僕はその中でも割合新しく出来たであろうカフェに立ち寄った。そこは駅よりの入り口に近く、若い女性店員さんが2人でお店を切り盛りしているカフェで、テイクアウトだけだが豊富なメニューで常に2〜3人は並んでいるいわゆる繁盛店だった。ちなみにここに立ち寄るのは初めてではない、なのである程度メニューも把握していて勝手もわかっていた。また提供に少し時間が掛かるのも、応援している気分になれて良いものだった。

僕が並び始めた時は3番目。カップルが注文をしており、僕の前には近所に住んでいるであろうマダムがいらっしゃった。僕の後ろには人はおらず、それでも豊富なメニューがあるので店員さんはテキパキとしながらもあくせくしながら働いていた。

僕が並び始めて1〜3分してカップルが注文している時に片手に赤い缶でお馴染みのコカ・コーラを持った杖をついたおじいさんが僕の後ろに並んだ。
カップルの注文が終わり、溜まっているオーダーに対応するため、マダムは注文のフェーズに進めずに待っていた。後ろのおじいさんが何となく注文をしたいわけではなさそうな、そんな急いだ素振りをしていたのを僕は見ていた。

そんなことを思っていたら僕の後ろにいたはずのおじいさんが僕とマダムをスルスルっとぬかし店員さんに話しかけ始めたのだ。
道でも聞きたかったのか?その程度はそのぐらいにしか思わなかった。
数秒、おそらく数秒だったと思う。3言ぐらいの会話があったあとおじいさんは去っていった。
そしてマダムと僕はまだ待ちの状態で受付再開を待っていた。

その時だった。

さっきの杖をついたおじいさんが血相を変えて戻ってきた。
これは怒っている、誰がどうみてもわかるぐらいだった。

そして僕とマダムを再び追い越し店員さんのもとに行った瞬間に、
「だぢうじょdじゃぽkだぽkごぱdこpだどぱこ!!!!(※なんて言ってるかわからない)」
怒鳴り散らしたのだ。

状況が掴めない僕とマダム、そして店員さん。
というかこの場に分かる人などいなかった、なんせ何を言ってるのかわからないのだから。

一瞬の間があったと思ったら矢継ぎ早におじいさんが怒鳴りを再開したのだ。杖をついてヨロヨロ歩くその姿勢からは想像もできないぐらい元気だ。

そして何度か怒鳴り声を上げている間に僕とマダムと店員さんは60-70%ぐらいを聞き取ることが出来た。おじいさんの言い分はこうだ。

・カフェの建物の横にある自動販売機でブラックコーヒーを買った
・コカ・コーラが出てきた
・先程店員さんにその旨を伝えるとその店員さんはカフェの管轄じゃないので隣の売店(おそらく大家さん)に言ってくれと言った
・売店にいくと売店自体がその日お休みでシャッターが閉まってた
・(店員に対して)そんな対応はひどいだろう!

僕らがことの理解を得れると同時に周りにいた他のお客さんも状況を理解した、この時点で悲しいがおじいさんの味方になる人はいなかった。

そして店員さんが再び自動販売機はうちのじゃないから言われても対応出来ないことを説明するも、そんなこと知らないよ!っていうもう大富豪でいうところの4とか5とかの弱小カードしか持っていないのに怒りという感情と勢いで押し切ろうというストロングスタイルを貫いていた。
店員さんが電話番号伝えるから電話してくれっていってもなんでなんで俺が!みたいな感じで怒鳴り止まなかった。いや、お前が買ったんだろと全員思っていたと思う。

一方でこのおじいさんが怒鳴り散らしている間、すべてのオペレーションが止まってしまうので先に注文していたカップルのオーダーはもちろんマダムや僕も待ち時間が長くなる、もう並びだしてから10分が経過しただろうか。
しかし僕はおじいさんのブラックコーヒーが飲みたくて買ったのに赤い缶のコカ・コーラが出てきたっていうのが若かりしダウンタウンの漫才のネタ(銀行強盗)みたいでおかしくなってしまっていた。

そうこうしているうちに、結局店員さんがその日お休みの隣の売店のおばさんに電話していた。どうやら一旦その場を収めるためにおばさんは後で払うから一時的に返金してやってくれというものだったらしい。
僕よりも絶対に年下な若い女性店員さんが怒鳴り倒してるおじいさんに「じゃあ返金しますね?これでいいですか?」っていったらおじいさんが「うんっ!」っていってるんるんで帰っていった。

おじいさんは110円を返してもらいたかっただけなのだ。
経済を切り開いてくれたであろう先人たちは決して豊かではない日本で育ったはずだ。今の若い人たちはわからない感覚かもしれない、はっきりいって僕も110円のためにあそこまで関係ない人に怒るというのは出来ない。
でも110円の大切さを、そのおじいさんは教えてくれた気がする。
おじいさんは目的を達成したのだ、この暖かい日にブラックコーヒーを公園で飲む、という目的はとうに忘れて110円のために戦った。そして勝ち取った。だから帰ったのだ。

暖かい公園で、喉が乾いた僕はその光景を見たあとにビールを飲んだ。
カフェで提供されているビールだ。
ビールを飲みながら先程の出来事と、カフェのことを思い出していた。
そういえば前にこのカフェでホットコーヒーを頼んだけど、ホットのサングリアだったことあったなと。思い出と共にそのビールがなんか薄い、栓をあけたてな味を堪能しながら。

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