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与えられた優しさと素直さと。

「バンソウコウをあげたのよ・・・」

その話は、こんな言葉から始まった。
今朝の奥さんのセリフだ。

「近くのスーパーでね、レジをしている若いアルバイトの男の子の指から血が出ていたの。それでね、私が『これをどうぞ』って言ってバンソウコウをあげたら、何も言わずにポケットにしまったの。どう思う?」

寝癖のまま、私はボーと話を聞いていて「まぁ、愛想のない若者もいるからねぇ」と軽く同情したつもりだったのだけど、彼女の問題はそれとは違っていたようだ。

「私が余計なことをして彼を怒らせたのかなぁ?でもね、正直な気持ち、とてもイヤな気持ちが残ったの。『ありがとう』って言葉を期待していた私が悪いのかなぁなんて」

なんだかもう、お人好しにもほどがある。素直に怒ればいいものを。でも、そう思える彼女のやさしさは、誰かをも巻き込む不思議な力がある。私が言うのもあれだけど。

「きっと、彼は慌てたんだよ。だって普通、バンソウコウなんてお客さんが渡さないよ」

「そうかしら?」

「そうだよ。人って思いがけないことをされたとき、案外、思っていることがすぐに言葉に出来ないものだよ」

そうは言ってみたものの、私にもあんまり自信がない。余計なことと、彼は思ったのかもしれないし、死ぬほどバンソウコウが嫌いだったのかもしれないし・・・なんてどうでもいいことも、今となっては勝手な想像でしかない。

人の気持って、よくわからない。
どうして素直になれないものか。

でも、私たちの見えないところで彼はちゃんとバンソウコウを使ったのかもしれない。人の心って、そんなふうに不器用に空回りをしているだけなら、悩むなんてことはもうやめて、その行為をした自分自身を素直に誉めてあげればいいのだろう。

たとえ彼には伝わらなくても、彼女の気持ちは、ちゃんと私に伝わっている。今はそれで十分だ。

そのバンソウコウは、彼の指だけじゃなく地球だって救っているようにさえ私は思う。だって、みんながそんな気持ちになればどんな小さなことにさえも、やさしくなれるはずだもの。

誰かの心をわかろうとするよりも、そのわかろうとした気持ちを、今は大切にしたらいいのかもしれない。与えられるよりも与えるほうが、はるかに勇気が必要だもの。

その勇気さえもきっと、誰かが与えてくれたものだと思う。

今日の青空は、まるで水彩画のようなやさしい青だ。どんな目の前の試練をも、あの青なら私に負けないその勇気を、与えてくれるような気がした。

その勇気の根源を、
心配そうに話している彼女が
きっと、私にくれたんだ。

どこか傷ついていたこの心に
たった1枚のバンソウコウで。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一