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数ではなく計れないものを。

どうもうまくいかないなぁ。いろんなことが。なんだかとても調子が悪い。体がじゃなくて、心の方が。どうして心はこんなにも厄介なものなのか?おまけに形もなければ触れもしない。そもそも本当に心ってあるのか?なんて疑問もわいてくる。

どうしてだろうな。
そんなとき、時折、私はこんなふうに考える。

人は人とかかわって生きていかなければならない。誰に強制されるわけでもないけれども、人生は自然とそのような仕組みになってる。そんな中で仕事では、売上とかいろんな数値が重要視され、ネット上ではバズるとか、いろんな反応の数だったりして。それらが低ければ、勝手にそれは自分の価値のように思えてしまう。

そうして自分に自信がなくなって、いろんな言葉にすがってゆく。「自己肯定感を上げる方法」とか「他人は変えられない」とか、そんな言葉があふれかえって、ちょっとお腹いっぱいって感じで。

もう、十分にわかっている。理解したし、何度も試した。けれども人は失敗するんだ。いつしかそれらを忘れるくらいに、人はきっと泣きたくなるんだ。

何度くり返してもいい。無理に避けようなんてしないで、それを受け止めればいいと、私は思いたい。傷ついたということは、受け止めたということだ。(もちろん、ひどいことには逃げてもいい。それもひとつの勇気だ)傷口はいつか、直ってゆく。それで人は強くなってゆくんだ。

誰かの期待を裏切ってしまった。
それがどうした?
失敗して誰かに迷惑をかけてしまった。
それがどうした?

ちっぽけな自分が人に与える影響なんて、それこそとてもちっぽけだ。誰かがちっぽけな自分のことを笑ったとしても、きっと、すぐに忘れている。ちっぽけは、まったくもって、それこそたしたことはないんだ。人はみんな、自分のことで忙しい。だから忘れてしまえばいい。少し投げやりかもしれない。でも、苦しんで悩んでしまうような人は、それくらいがちょうどいい。ただ、それだけのこと。

けれども悲しい。
わかった、泣けばいい。

自分はダメな人間なんだ。
わかった、認めればいい。

「ただし、ダメじゃない人間は、この世に一人もいないことを忘れるな」そんな声が聞こえるとき、私は詩を読みたいと思う。いや、見たい?か、感じたい?か。まぁ、どう受け止めても、それは構わないだろう。

私の大好きな詩がある。(好きすぎて紹介するのは多分、二度目だ。)SNSやいろんなことに疲れた人たちに、私は贈りたいと思う。とても短くて古い詩だけれども、昔も今も、きっと心は何も変わらないのだと思う。

「笛を吹く男」

一人の男が笛を吹く
誰も来ないが笛を吹く
一人が来たが笛を吹く
二人が来たが笛を吹く
十人来たが笛を吹く
百人来たが笛を吹く
何も知らずに笛を吹く。

武者小路実篤

数の多さは大切かもしれない。けれども、計れる数よりも大切なものは、たぶん、計ることのできないものだ。それは、好きという単純な心だったり、美しいと感じるような様々な感情だったり。

とても厄介なものではあるけれども
下手な生き方だとも思うけれども
私は計れないものを大切にしたい。
そして、それを感じながら生きていたい。

ただ、そう思った。

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最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一

アイラヴュー!
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優しさ/悲しみ/人間関係/接客/クレームを描いたエッセイ「それでもお客様は神様ですか?」(大和書房)を出版「いくつもいくつも咲くために。言葉は小さな葉っぱなんだ」をテーマに今を生きる心のエッセイ・詩・写真を公開中。日本能力開発推進協会のメンタル・上級心理カウンセラーの資格を取得。
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