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二人の大切な時間。

「私が原因じゃなかったのだけど、お客さんにひどく叱られたんだよね」

珍しく奥さんが、ひどく落ち込んでいた。うちの奥さんはパートでレジをしているのだけど、お客さんが、ある店員の接客態度の悪さを、なぜか、その人にではなく、レジの奥さんにクレームを言ってきたそうだ。

奥さんはただ、ひたすらお詫びをするしかなかった。暴言ではないものの、その人は彼女に延々と小言を言い続け、最後は「店長へ伝えておくように!」と強く言って、やっと店から出ていったそうだ。

そんな後でも「お待たせしました」と次のお客さんのレジをしなければならない奥さん。どんなに辛かっただろうか・・・。

レジが落ちついた頃、彼女は店長へこのことを伝えた。そして店長はただ一言、「へーそうなの?」で終わったそうだ。

私の中で怒りが沸き上がる。そんな私に気付いてか「私はへーきだから大丈夫よ」と微笑む彼女。その強がりが、私には手に取るようにわかる。

私も接客業をしているから、その気持ちが痛いほど感じる。この頃、こんなクレームが多くなったと心から思う。でもそれは、特別ひどいクレームというものではなくて、何て言えばいいのだろうか?

そう、その人の言葉に、温度がないのだ。たぶん。

とても冷たい。言葉はそれなりに丁寧であったとしても、とても冷たいのだ。接客をしていて、この頃、そんな人がとても多くなったと感じる。

今のこのご時世だ。それは仕方がないのかもしれない。誰もがみんな不安なんだ。そしてみんな、ずっと小さなストレスを抱えているんだ。たまったものは、どこかで吐き出すしかなくなる。とはいえ、暴言や暴力なんてできない。そうして人の言葉に温度がなくなってゆくのかもしれない。

だからこの頃、私は仕事が、少しだけ怖くなってきている。

それはお客さんとの接客だけではない。店員同士もそうだ。みんなみんなその声に、その言葉に、どんどん温度を失っている。もしかしたら、いや、たぶん、私も同じと言えるのかもしれない。

長年接客をしている私は、それなりにコツをつかんではいるけれども、いつものように「世の中にはいろんな人がいるんだ。そう思って忘れるんだ」なんて思ってみても、そんな魔法の言葉も、まるで効かないくらいに、冷たい言葉は、私の心の奥深くに沁み込んでゆく。

どうすればいいのだろう?と、この頃、よく思う。

いや、今はそんなことはどうでもいい。彼女に何か元気になる声掛けを、と思ったけれど、何も思い浮かばない。

それではあの店長と同じじゃないか。なんて情けないことだろう。

そんなとき、彼女が私にこう言ってきた。

「そうそう、近くの公園に、新しい花が植えられていたわよ。とてもきれいなの。あなた、今度、写真に撮ったらいいわよ」

なんて、小さな笑顔で話している。結局、私が励まされている。彼女はいつもそうだ。

嫌なことがあったら忘れること、なんて人は言うけど、忘れないのが人間なんだ。思わず指を切ったときのように、体の傷も心の傷も簡単には直らない。それにはただ、時間が必要だ。

たぶん大切なことは、どうしてその時間が必要なのか?というそのこと。そしてそれは泣いたり、嘆いたり苦しんだり、そして相手を傷つけるための時間ではないということ。

それはきっと、人が強くなるために必要な時間なんだと思う。

その時間を私は大切にしたいと思う。

たぶん人の言葉に温度が戻るのも、時間がかかるのだろう。でもそれは、決して相手を非難したり、自分を嘆いたりすることで、その時間を費やすべきじゃない。そう思うと、私の中でほんの少し、解決の糸口が見つかったような気がした。

私は彼女に、こう言葉を返した。

「今度の休みに一緒に公園に行こう。一緒に花を見に行こう」と。小さな彼女のその笑顔が、ほんの少しだけ明るくなる。

そんなありふれた時間が、きっと
二人の大切な時間なんだ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一