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18禁のトラウマ 〜スマホを落としただけなのに 『囚われの殺人鬼』〜

パソコンの画面に文章が映っている。

「あなたは18歳以上ですか? Yes  or  No」

男は震える手でマウスを操作しながら「Yes」の文字にカーソルを合わそうとした。

その途中、マウスに手紙が触れた。そこには、「18歳のお誕生日おめでとう!今からケーキを買いに行ってきます」と母親の文字で書かれている。

しかし、それにも気を留めず取り憑かれたように画面を睨みつけながらブツブツと独り言を呟いている。

「やっとクリックできる…」

これはもう何十年も前の話。18歳直前の僕は性欲オバケだった。
というのも、クラスの下級カーストにいた僕は女性と付き合ったこともなく、性に対してただならぬ幻想を抱いていた。その幻想は自分の中で悶々としたエロを大量に生むが亡霊として残ってしまい、どうにか成仏させてしまいたいと悩む日々。

今となってはそんなに悩むことじゃないと思う。しかし当時の僕は、エロを絶対に人に見られてはいけない、隠れキリシタンならぬ隠れエロシタン状態だった。

だからエロ本を買おうと何回かコンビニの成人雑誌コーナーに行ったが、友達に見られたら一生十字架を背負わないといけないと思って手が出せず、怪しまれない為に飲めもしないコーヒーを買って出てくる日々。

そんな僕にとって最後の砦は、家族兼用だった一台のノートパソコンから見れるアダルトサイトのみだった。

ただそれまで何度かサイトを訪れていたが、閲覧前に表示される「あなたは18歳以上ですか? Yes  or  No」の18禁を破ることに恐れをなして、いつも「No」をクリックしてそこから進めなかった。

しかし、そんな日々に終止符が打たれた。
そう、待ちに待った18歳のハッピーバースデー。やっと18禁から解放されるのだ。
その日は自分の誕生とエロの解放の2つの喜びで学校の授業も気もそぞろになり、終業のチャイムがなるとすぐに家に直帰し、パソコンの電源を入れカーソルを合わしたのだった。

そしてとうとう、運命の瞬間。

「カチッ」

画面には一糸まとわぬ男女が絡み合っている姿が映し出されていた。
その瞬間、あれだけ溜まっていた悩みが放出されるのをひしひしと感じていた。
しかし、僕はもう写真だけでは満足出来ずある決断をする。

「サンプル動画を見てみるか」

そして間髪入れず、動画の再生ボタンをクリック。
タイトルが流れ、女の子の紹介が流れ始めワクワクしながら見ていた。

しかしその次の瞬間、母親が階段を登ってくる音が聞こえた。

「やばい」

隠れエロシタンの僕は、友達より何より親に見られるのを極端に恥ずかしがっていた。だからこの瞬間を見られるのはまずいとパニックに陥入り、何故か画面を閉じずに、ノートパソコンのカバーを閉じてしまった。

もちろんそんなことでは音は鳴り止まない。閉じたパソコンから男女の絡みが始まったであろう音が聞こえる。

そうこうしているうちに足音が近づいてきた。しかしパソコンは自分の思いとは裏腹に喘ぎ声を流し続けている。
それはまるでパソコンを乗っ取られたかのようだった。

一先ず自分の部屋に逃げよう!パソコンを掴んでその場を離れようとしたが、後の祭りだった。

母親がドアを開けた時には、汗をかきながら喘ぎ声が鳴るノートパソコンを片手に佇む18歳の誕生日を迎えた息子の姿がいた。

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作品名:スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼(製作:2020年 日本)
監督:中田秀夫
出演:千葉雄大、白石麻衣、成田 凌 他
あらすじ:前作「スマホを落としただけなのに」で逮捕された浦野 善治は留置所で取り調べも行われていたが黙秘を続けていた。そんな時、浦野が死体を埋めていた場所から新たな女性の死体が見つかり、浦野に話を聞く為に加賀谷が抜擢された。その中で「M」という人物が絡んでいることを突き止めたが、その正体は一向にわからず、ついに浦野に協力を仰いで一緒に正体を突き止める事になった。
時を同じく加賀谷の彼女、美乃里はあるお店でWi-Fiを繋げてサイトを見ていた。しかし、それはある人物が仕掛けた偽のWi-Fiで、知らない間に美乃里の情報が抜かれており、自分の身に危険が迫っていた。
出典:映画『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』公式サイト

●過去が同じ≠同じ未来

浦野は加賀谷に対して「自分と似ている」と言う。
それは二人とも親から虐待された過去「あんたなんか産まなければよかった」の言葉に心に強い傷を持っているからだ。
加賀谷はその事を否定するも、所々で親から虐待された過去を思い出し、自分は浦野と一緒なのでは無いかと思い始める。

しかし、浦野と加賀谷で決定的に違うのは愛する人がいるかいないかだった。
犯人に近づいていく中で危険に晒される美乃里。その愛すべき存在を守る為に下した加賀谷の決断は…。

前作「スマホを落としただけなのに」はスマホを落としたことから始まる次から次へと訪れる恐怖を描いていくミステリー映画だった。
しかし今回は、ミステリ映画でありつつ、「浦野という囚人」と「加賀谷という警察官」、世間的に対比する二人に焦点を当てた話がメインとなっている。

二人の差はどこにあったのだろうか。
それは決定的な大きなことではなく、少しの自分の意思、運命という様々なものが重なりあった結果、二人の将来は大きく別れたのでは無いか。

その点で続編映画とはなっているが、また前作とは違った作品となっているので、初めてそのシリーズを観る人も前回のファンの人も楽しめるのがポイントだ。

●成田凌の七変化

この映画のもう一つの見どころは成田凌が演じる浦野だ。

先ほどの見どころでも少し触れたが、今回は二人の人物の相対を描いている。だから、浦野を只のシリアルキラーで終わらせず、人として愛を教えて欲しいという、孤独な浦野の人間としての一面も成田凌は見せていたのだ。

そう、この映画は浦野、成田凌が成り立たせたと言えるぐらい引き込まれる演じ方だった。是非、成田凌の渾身の役を見るだけでも見る価値はある。

しかし、成田凌は様々な役を演じていて本当に凄い。

前作と今作「スマホを落としただけなのにシリーズ」では、愛して欲しいが故に黒髮ロングの女の人を殺す願望がある役を演じ、「愛がなんだ」で彼女を都合の良い女として扱い、「カツベン」で好きになった女の子を助ける。そして、3月公開の「弥生、三月-君を愛した30年」では30年間、ある女性を好きでいる。

人を好きになり、はたまた女性に対しての歪んだ感情で愛すシリアルキラーを演じる等、様々な役を七変化で演じることが出来る能力。
いつも成田凌を見る度に、こんな男に産まれたかったと無駄に嫉妬してしまう。

●最後に

最近はお店だけでなく街中で使用できる無料Wi-Fiが増えてきている。しかし、それに伴い、身近にある便利なものと認識され使用する人が増えている反面、危険性についてはあまり認知されていないと思う。

自分もその内の一人で、恥ずかしながら知らなかったのだが、この映画で美乃里が被害にあう原因になった偽のWi-Fiスポット、「なりすましアクセスポイント」は現実にもあるようだ。

出典:エレコムWi-Fi製品購入ガイド 無線LANの基礎知識

こんなことを考え出す技術を凄いと思うが、感心ばかりしてられない。無料Wi-Fiを使用している事がある自分も他人事ではないからだ。
だからなるべく気をつけようとしているが、それにも気付かずに引っ掛かってしまうところが犯人の狙いであり、外でパソコンを使わないしか対策が無いと思う。

しかし、もし何かの弾みで僕のパソコンが乗っ取られたと思うと恐怖でしかない。

それはなぜかって。

そりゃ貯めに貯めた僕のエロフォルダがその人に見られ、自分の趣味嗜好が暴かれたと思うと、エロシタンとしては生きていけないからだ。
昔ほどでもないが、やはり今でも自分のエロを曝け出す事に抵抗があるのだ。

ちなみに母親は18歳の誕生日の出来事を未だにネタにしてくる。
あの時は衝撃的やったけど、あんたも大人になったんやねと思ったわと。

早くその囚われた思い出を解放して欲しいと強く思う日々だ。

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