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驚愕に次ぐ驚愕の展開 「ゲット・アウト」監督の新作など【次に観るなら、この映画】8月27日編

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
 
①「ゲット・アウト」「アス」で高い評価を受けるジョーダン・ピールの長編監督第3作「NOPE ノープ」(8月26日から劇場で公開中)
 
②女性がツイッターに投稿した計148のツイートをもとにした「Zola ゾラ」(8月26日から劇場で公開中)
 
③引退したヘアメイクドレッサーのロードムービー「スワンソング」(8月26日から映画館で公開中)
 
 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
 


「NOPE ノープ」(8月26日から劇場で公開中)


◇俊英ピールの奇異なメソッドで捉えた、地球外勢力の飛来!(文:尾崎一男)
 
 予告編に触れても全貌がイマイチ判然としない、ジョーダン・ピールの最新監督作。その正体を口ごもりつつ明かすと、“地球外勢力の飛来”という大状況下での個人ドラマに迫った、「未知との遭遇」(77)の香気にむせるミステリーSFだ。奇しくも同作を手がけたスティーブン・スピルバーグのごとく、劇場長編3本目にして似たスケールアップとジャンルの轍を踏むところ、ピールのスピルバーグへの尊崇の念は筋金入りとみた。
 
 主となるキャラクターは過去作「ゲット・アウト」(17)や「アス」(20)に続き、黒人キャストが中心だ。映画撮影用の馬を手配する牧場主のOJ(ダニエル・カルーヤ)は、先代の不審死がUAP(未確認航空現象)によるものと疑ってやまない。いっぽう妹のエメラルド(キキ・パーマー)はUAPをカメラで捉え、インフルエンサーとして脚光を浴びようと考えていた。そんな2人が目的を一致させ、本作は前半に漂わせていた慄然たるムードを、究知を主体とするアクションへと換気していくのだ。
 

(C)2021 UNIVERSAL STUDIOS

 監督の恐怖メソッドは規則性に縛られず、動物を扱う主要人物らが経験してきた忌まわしいアクシデントをフラッシュバックさせ、現況の不穏な事態にリバーブをかけまくる。それらの断片的なシーンがクライマックスへと向かうにしたがい、作品はパズルのピースを合わせるように全体像を明示化し、観る者の感情をとことんまでヒートアップさせていく。
 
 またシネマトグラファーに「TENET テネット」(20)のホイテ・バン・ホイテマを招き、IMAXフィルムカメラで得た景観ショットは、ビッグスクリーンでの体験にふさわしい風格と、スーパーナチュラルな奇異を観客が受け容れるに充分な臨場感を備えている。しかもIMAXカメラは撮影手段として用いられるだけでなく、劇中における重要なファクターとして登場。主人公と肩を並べ、制作のサポート役が表舞台で大任を果たすという、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(19)と同種のシネマティックな寓話を提供してくれる。

(C)2021 UNIVERSAL STUDIOS

 物語のキーとなる未確認飛行物体も、その形状や存在理由において既成の異種コンタクトものとは一線を画す。こうした仕様もまた、ピールの現行の映画作家群における異質さを象徴するものだ。メジャーでこれだけパーソナルなSFに出会えることは、過剰に威嚇的だった予告編に惹かれ、シネコンに足を運んだ者の勝利というほかない。近しい趣向を有する先行作に「サイン」(02)あたりが挙げられるが、ピールはM・ナイト・シャマラン以上に非日常への布石を大胆に敷き、粘り気の強い捕捉力で我々を虜にするクセ者だ。
 


「Zola ゾラ」(8月26日から劇場で公開中)

 ◇連続ツイートの映画化という新たなステージ 刺激的な場面と乖離した“心地よい音の反復”が魅力的(文:清藤秀人)
 
 2015年10月、デトロイトにあるダイニング&スポーツバー“フーターズ”のウエイトレスで、パートタイムのストリッパーでもある黒人女性、アザイア“ゾラ”キングが、自らの体験を合計148回ツイートしたところ、スレッドには10万8000人のフォロワーが付いて一気にバイラル化。“ザ・ストーリー”と呼ばれるこのツイートルームは、ある日ゾラが白人のストリッパー仲間に誘われ、うっかり出かけてしまったフロリダ、タンパで体験する出来事をダラダラと呟いたものだった。A24が製作を請け負った本作は、“ローリング・ストーン誌”の記者が関係者の証言を基に綴った@ZOLAと名付けられた記事を映画化したもの。とは言え、ハリウッド映画は遂にツイートを映画にするという新たなステージに足を踏み入れたのだ。


(C)2021 Bird of Paradise. All Rights Reserved

  タンパで割りのいいショーに出演できるという仕事仲間、ステファニの誘いは、実は強面の元締めと存在感が薄いステファニの恋人を伴った売春ツアーだったことが分かってからの展開は、恐怖と爆笑の連続だ。ステファニが元締めに給料を搾取されていることを知ったゾラが発案する新たな戦略、そこに群がる男たちの間抜け顔と画面上に陳列されるブリーフの中身、血生臭いトラブル、宙に舞う札束、飛び交う差別用語etc。ザラのロードトリップにはSEXとバイオレンスとコメディがいい塩梅に配合されていて、全然退屈する間がない。 

 何よりも、常に冷静でクレバーで勇敢なゾラがフェミニズム・ヒーローに見えて頼り甲斐がある。「マ・レイニーのブラックボトム」でレイニーの恋人を演じたテイラー・ペイジが、今回は一転して絶対に一線は譲らない女性の気概とプライドを、鋭い目力と悠々とした歩き方で表現している。重力に逆らい回転するポールダンスのシーンは吹き替えなしだそうだ。方や、エルヴィス・プレスリーの孫娘、ライリー・キーオが演じるとことん下品で自我が希薄なステファニの有り様が、SEXビジネスの闇の深さを感じさせて寒々しい気持ちにもなる。

(C)2021 Bird of Paradise. All Rights Reserved

  元々は衣装デザイナー出身で、今年、ニューヨークのメトロポリタン美術館で開催された“In American: An Anthology Fashion展”のルームデザインを任された監督のジャニクザ・ブラヴォーのスタイリッシュな演出と、ハープをフィーチャーしたリフレインやエッジィな電子音楽を多用したミカ・レヴィ(「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」ほか)の音楽が、荒削りな“ザ・ストーリー”に不思議なグルーヴ感をもたらしている。ツイートが更新された時に聞こえる鳥のさえずりも新鮮な効果音だ。この映画の最大の魅力は、画面上で展開する刺激的な場面と乖離した、心地よい音の反復なのかもしれない。


「スワンソング」(8月26日から映画館で公開中)

◇自分らしく生きたいと願うすべての人に捧げられた心のロードムービー(文:髙橋直樹)

 この映画のことを知って、デヴィッド・リンチ作品の常連、ハリー・ディーン・スタントン最後の主演作「ラッキー」(2017)を思い出した。90歳を過ぎた独り暮らしの男は、目覚めると煙草に火をつけ、よれよれのシャツで屈伸すると、てくてく歩いていつものダイナーに顔を出す。日々のルーティンを守り、いつ訪れてもおかしくない死に向き合っていく。倒れても減らず口は変わらない。不器用な男を周りの人々が見守る。潔くマイペースを貫く老優の姿が心に刻まれた。

 “スワンソング”とは、死ぬ間際の白鳥が最も美しい声で歌うという伝説から生まれた言葉だ。

 自らの老い先を見定めた男が最後の仕事に向かう。残された時間が少ないことは自分が一番よく解っている。他人からとやかく言われるのはゴメンだ。だからといって傍若無人な態度を晒すことはない。どこまでも自然に、時に誇張を交えながら、残されたかけがえのない時間を自分らしく生きるのだ。

(C)2021 Swan Song Film LLC

 ウド・キアーが演じる主人公は元ヘアドレッサーのパトリック・ピッツェンバーガーだ。

 「ミスター・パット」(以下パット)と呼ばれた彼のヘアサロンは街で一番だった。だが、パートナーのデビッドが他界した後、店は落ちぶれた。ふたりで作り、共に暮らした家は更地になり、手許には何も残らなかった。気がつくと老人ホームでひとり。キッチンからくすねたナプキンを折り直して時をやり過ごす毎日だ。

(C)2021 Swan Song Film LLC

 ある日弁護士が現れ、街の名士であるリタの訃報と「死化粧をパットに頼んで」という遺言を伝える。葬儀は明後日の11時。顧客で親友でもあった彼女とは喧嘩別れしたままの彼は断ってしまう。

 だが、眠れない。ベッドの下から思い出の指輪とヘアメイク道具を取り出し、ドル札をポケットに突っ込むと愛煙する煙草を手に部屋を飛び出していく。

 ジャージー姿のパットは街の中心部にある葬儀場へと歩を進める。時間は残酷だ。街も自分も変えてしまった。思い出の場所では悔恨がこみ上げ、逡巡し、右往左往する。ウド・キアーが複雑に揺れるパットを繊細かつ大胆に表現し、厳選された楽曲が複雑な心象をつぶさに伝える粋な演出が効いている。

(C)2021 Swan Song Film LLC

 1984年、当時17歳だったトッド・スティーブンス監督は、オハイオ州のサンダスキーにある小さなゲイバーを初めて訪れた。店内のダンスフロアーでゴージャスな衣装で華麗に踊るパットを目にして、まるでボブ・フォッシーの世界から飛び出したかのような姿に魅了された。70~80年代のアメリカはゲイに対する偏見や差別意識が蔓延り、リスクだらけだったに違いない。それでも自分を偽らずに生きたパットの生涯をたどり、愛と勇気と誇りに茶目っ気をブレンドした脚本を書き上げた。

 「スワンソング」は、自分らしく生きたいと願うすべての人に捧げられた心のロードムービー。伝言を受け取ってから僅か三日間、歩き続けるパットの姿にウィットに富んだ描写が重なり、得も言われぬ余情を残す。

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