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これはエグい…選挙の闇を描く新作を紹介します 【次に観るなら、この映画】8月13日編

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
 
①選挙の裏側を暴いた実録ドラマ「キングメーカー 大統領を作った男」(8月12日から劇場で公開中)
 
②「アデル、ブルーは熱い色」のレア・セドゥーが主演を務めたラブストーリー「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」(8月12日から劇場で公開中)
 
③ロックバンド「ザ・ビーチ・ボーイズ」の創設メンバーに密着した「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」(8月12日から映画館で公開中)
 
 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!
 


「キングメーカー 大統領を作った男」(8月12日から劇場で公開中)


◇金大中氏をモデルに選挙の闇を描いた実話ベースのドラマ(文:本田敬)
 
 韓国の第15代大統領・金大中と、その選挙アドバイザー厳昌録をモデルに、2人の相克と決別、選挙の裏側を暴いた実録ドラマ。主演は「パラサイト 半地下の家族」でセレブな社長を演じたイ・ソンギュンと韓国を代表する演技派ソル・ギョング。
 
 1961年、野党から立候補したキム・ウンボム。苦戦が伝えられる中、ソ・チャンデという男が選挙事務所を訪れる。彼は北朝鮮出身の自営業者だったが、現政権打倒を願いウンボムに入れ込むあまり、戦術の弱点を指摘し選挙スタッフに志願する。半信半疑のウンボム陣営だったが、彼の際どいゲリラ戦略は高い効果を上げ、念願の初当選を果たす。これを機にウンボムは連戦連勝、その裏側で辣腕を振るうチャンデの存在は、いつしか「闇」と呼ばれ政界でも注目を集めていく。

(C)2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

 阪本順治監督の「KT」はもちろん、日本でも話題となった「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」、「KCIA 南山の部長たち」、「タクシー運転手 約束は海を越えて」などに間接的ながら立ち現れる金大中は、朴正煕の独裁体制を追い詰める若き野党のリーダー、という立ち位置が一般的だ。
 
 だが映画を見ると、そんなウンボム=金大中のイメージは、チャンデ=厳昌録による戦略だったのかとまで思えてくる。彼は、不器用な理想主義者のウンボムと陣営にマキャベリズムを叩き込む。その原動力は「先生に輝いて欲しい」というチャンデの熱い想い。自ら「闇」と名乗るだけに、チャンデがウンボムと絡む場面は、全て薄暗い夜の室内シーンばかり。強調された陰影のビジュアルに配置された2人、瞬間の街の灯りがその対比を鮮明にする。

(C)2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

 前作「名もなき野良犬の輪舞(ロンド)」でソル・ギョングを起用し、闇稼業のホモソーシャルな連帯感を活写したビョン・ソンヒョン監督は、本作ではギョングをウンボム役にキャスティング、毀誉褒貶激しくも大義に苦悩する政治家像を演出する一方で、参謀チャンデには、ウンボムにのめり込み、やがて切り捨てられる裏方の愛憎を背負わせた。コンプレックスと野心を併せ持った複雑なチャンデを演じたソンギュンは、衣装や眼鏡などのディテールと、「魔性の声」と話題のイケボイスで説得力を生み出した。監督の本領であろう男同士の濃密なドラマは、史実の厚みを伴ってスリリングに展開する。

 実際の金大中氏はその後、拉致事件や死刑判決、亡命などを経て98年にようやく大統領に就任。太陽政策を推し進め在任中にノーベル平和賞を受賞するも、息子たちの金銭スキャンダルが発覚し謝罪。翌03年の任期終了をもって政界を引退した。この事実を知ると、映画の結末はあまりにも苦い。


「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」(8月12日から劇場で公開中)

◇あまりに高価な代償を強いる、人生の残酷なレッスン(文:佐藤久理子) 

 ハンガリーの作家、ミラン・フストによる原作は、ある種とても自虐的な男の物語と言える。腕に自信のある船長が、自分とはまったく相容れない世界の女性を妻にし、何度も自尊心を砕かれ、それでも彼女を愛するがゆえに耐え続ける。男性観客の目線からすれば受け入れがたい侮辱、女性の立場から見ても、なぜそこまでしてふたりは一緒にいるのか、と首を傾げたくなる。

  だが、本作をたんに悲恋物語としてではなく、思い通りにならない人生のメタファーとして見ると、納得しやすいに違いない。そもそも主人公ヤコブの単純明快なキャラクターや、瞬時にふたりが結婚を決める筋立て自体、寓話的だ。イルディコー・エニェディ監督(「私の20世紀」「心と体と」)はこの原作を映画化するにあたって、7つの章だての構成にし、教訓譚のような普遍性を持たせている。 

(C)2021 Inforg M&M Film Komplizen Film Palosanto Films Pyramide Productions RAI Cinema ARTE France Cinéma WDR/Arte

 時は1920年、マルタ共和国。長い航海で体調がすぐれない船長のヤコブ(ハイス・ナバー)は、「妻をもつといい」という仲間のアドバイスを聞き、陸に戻ったとたん、カフェで「最初に入ってきた女性」に求婚する。洗練され、ミステリアスなフランス人女性リジー(レア・セドゥ)は、何やら若い男性と揉めていたようだったが、ヤコブの言葉を受け入れ、すぐにふたりの結婚生活が始まる。やがてヤコブは、妻が自分を裏切っているのではないかという疑念に取り憑かれていく。

  マルタからパリ、ハンブルグと移動しながら展開するふたりの異なる世界、気持ちのすれ違いを、エニェディは緻密な照明設計、官能的な映像美、それぞれの街の個性を醸し出す美術セットを駆使して表現する一方、ひりひりするような心理的な演出においても際立たせる。

(C)2021 Inforg M&M Film Komplizen Film Palosanto Films Pyramide Productions RAI Cinema ARTE France Cinéma WDR/Arte

  たとえば、ついに怒りを爆発させるヤコブと、それを冷ややかに受け止め、なおさら彼の気持ちを操ろうとするリジーとの対峙のシーンは秀逸だ。怒りでは人の気持ちを動かせないことを示すかのように、リジーは机上にあるインクの瓶をゆっくりと縁の方に動かし、言葉を失ったヤコブの目の前でそれをわざと床にぶちまけてみせる。

  リジーに扮するセドゥの複雑な影をたたえた眼差し、一見小動物のように防御を必要とするような存在感が、この耐え難いキャラクターを「ファム・ファタル」という紋切り型から救っている。

  海の男は嵐や自然の脅威は対処できても、陸の人間世界の掟はわからない。彼にとってリジーは自分ともっとも遠いものの象徴であり、その世界に足を踏み入れたが最後、無傷では戻れないのだ。 彼はリジーとついに持てなかった架空の息子に語りかけるように言う。「人生は戯れに満ちた変化の連続にすぎない。この永遠に続く連なりに身をゆだね、感謝すること。かつての私のように逆らってはならない」 人生のレッスンの代償はあまりに高価であることを、本作は残酷なほどに示している。 


「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」(8月12日から映画館で公開中)

 ◇“神のみぞ知る”心の旅路、ブライアン・ウィルソンが歩んだ道。(文:髙橋直樹)

 「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」(2014)を観て、ザ・ビーチ・ボーイズの核であり、優れた作曲家であり、ピンク・フロイドも顔負けの音へのこだわりを持つサウンド・プロデューサーであり、心の奥底にある普遍の感情を歌にした詩人であり、才能と名誉と財産だけでなく自由意志までも奪われそうになった私人、ブライアン・ウィルソンのことを再認識した。 

 ピアノの下に砂を敷き詰め、楽器の音に合わせて4つのスタジオを使い分け、自分にだけ聴こえる究極のハーモニーを追究する。ポール・ダノが体現した若き日のブライアンの姿が心に焼き付いた

(C)2021TEXAS PET SOUNDS PRODUCTIONS, LLC

  1962年にデビューしたグループによる新たなサウンド・ムーブメントでは英のビートルズが世界を席巻、同世代として米で人気を博したビーチ・ボーイズはその名の通り“軽く”て“軟派”なグループの筆頭としてチャートを賑わせる。その外観とは全く異なる次元にブライアン・ウィルソンの創作活動があったことを初めて知ったのだ。

  ターニングポイントとなるアルバム「ペット・サウンズ」(1966)で独自のスタイルを確立、本作に多数登場する意識的なミュージシャンたちを虜にして今も聴かれ続けている名盤だ。だが早すぎた。この傑作は当時の観客には受けなかった。 

(C)2021TEXAS PET SOUNDS PRODUCTIONS, LLC

 その後、グループの支柱だった彼を幻聴や精神疾患が苛む。選ばれたアーティストだけが背負う苦悩や孤独、無防備な生き方につけ込まれた。でも、その実像はベールに包まれ真の姿を知る術はなかった。 

 「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」は、気難しくて軽々しく心を開くことのないブライアンに寄り添った作品だ。天才的な閃きで自分だけの音を求める。だが人生は一転、離婚、薬漬けによるグループからの離脱、悪徳医師ユージン・ランディによる9年間の洗脳へと負の連鎖が続いた。救世主となる現在の伴侶メリンダによって“再発見”されると、酒と煙草と薬を断って活動を再開、元ローリング・ストーン誌の記者ジェイソン・ファインと出会う。

(C)2021TEXAS PET SOUNDS PRODUCTIONS, LLC

  “女性は苦手、何ごともシンプルに”というブライアンは、心の盟友ジェイソン・ファインが運転するポルシェに乗って自らが歩んだ軌跡を辿る。気のおけない間柄であり、ブライアンのどんなリクエストにも応じられるように用意された曲に耳を傾けながら縁の地をめぐる。デビュー当時の記憶、支配的な父との軋轢、名曲誕生の秘密、生粋のサーファーでエモーショナルに歌った次弟デニスと、「神のみぞ知る」を歌って新境地を拓いた末弟カールと過ごした日々…。 

 ビーチ・ボーイズからソロ家活動まで数多くのフッテージを交えながら、ふたりの旅はブライアンがセルフカバー・レコーディングするスタジオへと向かう。自らの鮮明な記憶を語る道程、それは決して約束された道ではなく、“神のみぞ知る”心の旅路だった。だからこそブライアン自身が選曲した歌と言葉が深く心に響き渡る。

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