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絵本原画展がもっと楽しくなる!絵本印刷のヒミツ

はじめに

練馬区にある「ちひろ美術館・東京」が、世界で初めてできた絵本専門美術館であることをご存じの方は多いですよね。

「いわさきちひろ絵本美術館(現、ちひろ美術館・東京)」が開館したのは、今からたった40年前のこと。
残念なことに、それまで絵本原画は、大切に保管される環境にありませんでした。いわさきちひろ絵本美術館がきっかけとなり、絵本原画を評価する仕組みが築かれ、あっという間に世界中に広まっていくことになったのです。

絵本専門美術館は、世界中に広まっていきました。今日では、公立図書館、書店、カフェなどでも、絵本原画展が開催されています。絵本原画は身近に親しめるアートへと進化したのです。ちひろ美術館・東京が、絵本文化に与えた影響は大きいですね。

みなさんは、絵本原画展をどのように楽しんでいらっしゃるでしょうか。今回は、印刷や製本の視点から見た絵本原画展の楽しみ方を考えてみたいと思います。

絵本原画の魅力とは?

まずは絵本原画の魅力を探ってみましょう。

『の』の著者であるjunaidaさんは、絵本原画は例えるなら「食材」で、「お料理」は印刷された絵本のようなもの(「ほぼ日刊トイ新聞」より引用)、と語りました。また、ブックデザイナーの祖父江慎さんは、junaidaさんは、印刷した時にどのような色調表現になっているかを想定して原画を制作している、と junaidaさんの絵本制作に対する姿勢にも言及しています。

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『の』(福音館書店 2019年)
作:junaida

絵本は、印刷や製本などの過程を経た、言わば大量の複製物です。絵本の形になるまでには、幾つもの制限を受けています。
例えば、さまざまな画材で制作された原画は、印刷専用のインキで印刷されるのが一般的です。そして、本文は大きな用紙に印刷したものを折ってページ順にするため、一枚の原画が分断されて配置されることもあります。絵本原画と絵本は同じものではありません。

一方、絵本原画には作家の手の動きが残されています。また画材の情報が残されていたり、絵本では文章の下に隠れてしまった部分も描かれています。
絵本原画には、絵本では得られない情報がたっぷりと詰まっているのです。

絵本原画展の楽しみ方①追体験してみる

絵本画家の赤羽末吉さんは、著書で「絵本でも映画でも、文学を視覚化するとき、制作者は原作をどう解釈するかが、一番重要だと思う。」(『私の絵本ろん』より引用)と語っています。

赤羽さんの代表作とも言える『スーホの白い馬』は、短編綴じと呼ばれる横長体裁が採用されています。絵では、巻頭部分には原文に無い虹を描き、全編にわたり地平線を強調しました。これらは、どれも大塚勇三さんの原文を解釈した結果、生み出されたものだそう。

絵本原画展では、作品と共に作家のプロフィールや取材メモなどが、よく紹介されていますね。そのような周辺の情報には、作品が出来上がった背景を知るヒントがたくさん詰まっています。絵本原画展は、作品を解釈する貴重な機会と言えるでしょう。

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『スーホの白い馬』(福音館書店 1967年)
再話:大塚勇三 絵:赤羽末吉

絵本の楽しみ方②絵から作品の魅力に迫ってみる

絵本原画展ならではの楽しみ方をもう一つ。絵本原画展は、「絵」から作品の魅力に迫る絶好の機会です。

絵本を読んでもらっていた子どもの頃は、耳でストーリーを、目で絵を楽しんでいたことでしょう。でも、文章を自分で読みながら絵本を楽しめるようになった今は、絵を楽しむことを忘れてしまっていませんか?

多くの絵本原画には文章がありません。活字は、印刷用のデータを作成する際に、スキャンした絵本原画の上に重ねるのが一般的です。絵本原画展は、視覚を絵に集中できる貴重な機会です。童心に戻り、ストーリーを思い出しながら絵本原画を眺めてみてください。これまでに気づかなかった新しい発見も、きっとあることでしょう。

絵本原画展の楽しみ方③色調表現を比較してみる

先ほど、絵本原画と絵本は異なるものとお話しました。その違いに迫るのも絵本原画展の楽しみの一つです。

多くの絵本は、オフセット印刷という印刷方式で製造されています。これは、通常4色のインキを使用し、0パーセントから100パーセントの段階で組み合わせることで、色を表現するものです。現実には難しいとはされますが、計算上は1億色が表現できることになります。世の中で表現できない色は無いようにも見えますが、実は違います。
人間の目に映る色の数は、年齢やコンディションにも寄りますが、無限大とも言われています。また用紙の白色度が及ぼす影響などもあり、絵本原画の色調を再現することは、困難を極めます。絵本になることで、どのような色調表現になったのかを観察してみることは、興味深い体験となるでしょう。

絵本制作の工程には、「校了」と呼ばれる一つの区切りがあります。これは、絵本画家、絵本ライター、編集者、ブックデザイナーなどが、色調の基準となるものに合意することです。絵本は、この校了紙に近づくよう印刷されたもの。絵本原画展では、校了紙が展示されることもあります。制作に関わった方々が、一冊の絵本にまとめる作業をしながら読者に伝えたかったものや、目指したものを感じながら絵本原画展を楽しんでみてはいかがでしょうか。

絵本原画展に行ってみよう

印刷と製本の視点から見た絵本原画展の楽しみ方を3つご紹介させていただきました。他の楽しみ方はあると思いますし、違った視点から見た絵本原画展の楽しみ方はもっともっとあるでしょう。

絵本原画は展示を目的として制作されたものではなく、十分な環境で保管をすることは大変なことです。そのため、時を経ると劣化してしますことも考えられます。お近くで絵本原画展が開催される折には、機会を逃すことなく足を運んでみてくださいね。

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ご案内は…
矢阪亜希子
印刷業界初!の絵本専門士(第5期)/JPIC読書アドバイザー(第25期)。絵本まるごと研究会や地域の読書支援ボランティアなどを通じて、造本の視点から見た絵本の魅力を伝えていきます。

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