伝統工芸の世界で自分らしい作品をつくる 德永早映
こんにちは!note更新担当のたぬ子です。
今回は、愛媛県西条市で染色工房『伊予小紋 いちよう』を営む、小紋師の德永早映さんにお話を伺いました。
親方との出会いが、小紋師の道へ
― 小紋師を目指された理由を教えていただけますか。
大学で美術史を専攻していて、元々は研究者になりたいと思っていました。
でも、その頃アルバイトをしていた美術館で、作り手の方たちと出会い、人柄や仕事内容などを知っていくうちに、職人の道もあるのかなと思い始めました。
その出会いの中で、好きなものが繋がったのが江戸小紋でした。
昔から、器に描かれている文様に興味があって。
それに加えて、着物も好きで。自分で着るのも好きだから、着物で働ける料亭でアルバイトもしていましたね。
ー では、どういった理由で、藍田正雄氏へ弟子入りされたんですか。
今まで自分がやってきたことと、これからやっていきたいことが、親方と会った時にぴったり合ったからです。
作品自体も、無地に見えるけど実は柄がついている。
その主張していないように見えて、実は主張してるところが「かっこいいな」と思いましたし。
なにより、親方のお人柄が良かったです。
他のところにも行きましたが、何度も行ったのは親方のところだけでした。
「親方しかいない!」と思っていたので、弟子入りのお願いに行くのは、嫌ではなかったです。
むしろ、師匠に会いたくて好きで行ってました(笑)
― 親方のお人柄に惹かれたんですね。
そうですね。
すごい方で、厳しい部分もありましたけど、心がすごく純粋だったのかな。
すごくピュアで、怒りもするし、笑いもする。人間味のある親方でした。
― 初めて型付けした時の気持ちを、覚えていますか。
親方が、手を動かさないと技術を習得できないからと、かなり早い段階から型付けの練習をさせてもらっていたんですが、一番最初の糊を伸ばす作業が、全然できないんですよ。
糊を手前に置いて、上に伸ばすだけなのに、伸びずにすぐ止まってしまって。「あれ、動かないぞ?」と思ったのを、覚えています。
糊を伸ばす時って、下に型紙があるから、無理をして傷ませるのが怖かったんですよね。
当時は力加減も分かっていなくて、このまま進めると型紙がぐちゃってなりそうだなと、考えてしまうともう。
物理的にも動かせないんですが、そういう怖さも相まって動かせない…。
実はこだわりの強さが見える江戸小紋
― 様々な染色技法がある中で、どうして江戸小紋を選ばれたんですか。
…好きだったからですね(笑)
だいたい着物に対して、合わせられる帯が3本と言われますが、江戸小紋は5本と言われていて、それだけ使えるシーンが広いんです。
まず、そこがいいなと。
あと江戸小紋は、究極に柄を求めた染物だなと思っています。
パッと見は無地に見えるけど、よく見るとめちゃくちゃ細かい柄で染められている。
その主張してないように見せているけど、実は主張しているところが、裏地や見えない部分に凝る、日本人の美意識だなと感じます。
それに、”足し算し尽くしたあとに、引き算してできあがった”感じのものが好きで。
音楽も、ミニマリスティックで穏やかな曲が好きなんですが、江戸小紋って、その感じと似ているなと思うんです。
最初から、この形が完成されていたわけではないというか。
本当に無地で、素朴なものを求めていたのであれば、他の染色方法があるけれども、そうじゃないから、江戸小紋という技法ができたという。
そこですね。
― 引いていって、大事なところが残っているということですか。
そうですね。
遠目だと無地に見えるのに、柄があるから立つ場所によって、色味や生地の光り方が変わって、いろいろな表情が出る。
そういうところが、やっぱり無地のものとは全然違うし、江戸小紋にしかない良さだなと思います。
― 好きなところが詰まった技法なんですね。
華やかな友禅も、素朴なろうけつ染めも、草木染めも、それぞれ好きなんです。みんな好きなんだけど、そのなかで江戸小紋が私にしっくりきましたね。
景色にとけ込む、私らしい色
― 德永さんの、こだわりを教えていただけますか。
いろいろありますが、パッと出てくるのは、色ですね。
場所によって好まれる色が違うのが、着物のおもしろいところだと思っていて。それって、普段目にしている景色が関係してると思うんです。
景色に馴染む色というか。
北に行けば針葉樹が多いから、山が黒っぽく見えるけど、この辺りは、春になると落葉して新芽が出てくるから、かわいいぐらいの緑色になるし。
海が有るか無いかとか。光の射し方も土地によって違いますよね。
だから、好まれる色が場所によって違うのかなと思っています。
関東では、細かい柄に映えるので渋めの色が多くて、個人的にはすごく好きなんですけど。
西条に帰ってきて、ここでしかできない作品スタイルに、江戸小紋を枝分かれさせたいなと思ったので、「伊予小紋 いちよう」という屋号をつけて、西条らしい、自分らしい色を作っています。
あと、道具の手入れが大事ですね。
ヘラを全部研いでいたり、型紙も使える状態になるまで柿渋を塗ったり、いろいろ調整していて。
言わなければ分からないことですが、いい作品を作るため地道にメンテナンスをしています。
他にも、型紙や糊、染料があるから、私は染めることができています。
この仕事は自分だけでは完結しません。
だから、周りの人たちとの関わりを大切にして、切磋琢磨しながらいいものを作りたいと思っています。
最初が肝心
― 一番気合が入るのは、どの工程ですか。
全ての工程で気が抜けませんが、一番は型付けですね。
ここが綺麗にできていないと、後の作業に影響してくるので、とても大事な工程です。
なので、疲れていても「もう、いいか」と思わずに、「ここを丁寧にしておけば、あとが楽になる」と自分に言い聞かせながら、最後まで作業をしています。
あと、型付けとは違う意味で、色づくりにも注意を払っています。
染料の配合を少し変えるだけで、色が大きく変わりますし、少しの色の違いで、できあがった時の雰囲気が全く違うので、作品の印象に関わるとても繊細な工程です。
同じ状態、同じ力加減の繰り返し
― 一反完成までに約90回、同じ作業を繰り返す型付けですが、初盤・中盤・終盤で気持ちに変化はありますか。
糊が作業の間に変化するので「まだ使えるかな」と、自分よりも道具の状態や環境の変化を気にしています。
だいたい1~2日で型付けをしますが、2日目は特に「昨日と同じ状態かな」と心配してしまいますね。
― 日を跨いで作業をする時は、前日と同じ状態で進めないといけないんですね。
そうですね。
状態を目で、混ぜて確認して、変化してきたら調整して。
ずっと糊の変化を気にしてます
だから、作業が終わった時には「ああ良かった。最後までもちこたえた」と安心します。
― 途中から変化したものを使ってしまうと、どういう仕上がりになるんですか。
一般の方は、そんなに分からないかもしれませんが、糊の状態が変化すると糊の厚さが変わってしまって、生地全体の色の濃さにばらつきが出てしまいます。
だから同じ状態、同じ力加減で、最初から最後まで作業をすることが大事になってきます。
オリジナル紋様で表現する作家性
― 德永さんは、「霊峰石鎚」「石鎚縞」とオリジナル紋様を作られていますが、小紋師が、オリジナルの紋様を作るのは一般的なんですか。
一般的ではないです。
古い紋様で気に入ったものを見つけた時に、その型紙を新しく彫ってもらうことはありますが、小紋師がデザインから考えることはあまり無いですね。
と言うのも、型付けをして染めること自体、かなり時間がかかりますし、糊の準備や道具のメンテナンスなどで日々忙しくしていて、デザインまでしている余裕がないんです。
でも私は、伝統を守っていく職人の部分に、オリジナルの紋様や型紙・色の組み合わせで、”德永早映”の作家性をプラスできたらと思っているので、いろいろなことに挑戦しています。
それに、西条に帰ってきた時から、この土地らしいものを作りたいと思っていたので、それなら西条の雰囲気が分かる自分で考えた方が、いいだろうというのもあります。
― 伝統工芸を土地ごとに枝分かれさせていきたいという、お話に繋がっていきますね。
そうですね。
自分にしかできないものを目指して活動するのと同時に、地元西条で活動している意味を大事にしていきたいと思っています。
「地元のため」と言うと大袈裟ですが、「こんなところに工房があったんだな」とか「こんなことしている人がいるんだな」と思ってもらえるような、場所や存在になれたらいいなと思います。
時代を越えて伝わる職人の心
― 今までで、一番の失敗談を教えてください。
修行時代に、生地を焦がしたことかな。
生地に延ばした糊を乾かすのに、場合によっては火傷するぐらいの熱いドライヤーを使っていて、それで焦がしてしまいました。
あとは、型紙を切ってしまったり。
型紙って和紙でできているので、糊を延ばす時の力加減を誤ると、切れるんです。力を入れないと糊は延びない、でも変な圧力かけると型紙は平気で切れてしまって、「もう、あぁ…」みたいな。
あと、砂ぐらいの小さなゴミが糊の中に入っているだけで、糊を延ばす時にガリッと型紙を傷つけてしまうので、糊にゴミが入らないようにすごく気をつけています。
型紙を傷つけたり、切った時はすごく落ち込みますね。
型紙を直さなきゃいけない手間も増えるし、そもそも「なんで…」って。
― 型紙は、とても繊細なんですね。
そうですね。丁寧に扱わないと、ちょっとのミスが一大事になります。
そもそも使っている型紙が、現存する最後の1枚という場合もあるので「切れても、新しい型紙があるからいいや」とはならないんですよ。
替えが利くものじゃないから、直せるなら直して、また使う。
この繰り返しです。
― 譲り受けた型紙で、前の人は大事に使ってたんだなと思うことはありますか。
あります。
譲り受けた型紙は少ないですが、使っていた方の性格が見えますね。
この型紙、すごく使っていたんだなというのも分かるし。
型紙を見ると、どんな彫師が彫ったのかというのも分かります。
私が使っている型紙の中には、もう亡くなっている方が彫ったものもありますが、型紙を通して「この職人さん、本当に腕が良かったんだろうな」と感じることもありますよ。
そう感じる時は、足し算じゃなくて掛け算になって、自分の力以上の作品を作ることができます。
だから型紙って、大事な道具なんだけれども、彫師の個性や腕が小紋師に跳ね返ってくるので、道具以上の価値がありますね。
体験して知ってほしい
― 今後、愛媛でやっていきたいことはありますか。
江戸小紋に馴染みをもってほしいとか、地元の人が他所へ行く時のプレゼントとして、選んでもらえるものづくりをしたいという想いから、クラッチバッグや小物入れなど、着物以外の商品づくりもしています。
また、作業場も見学してもらえるようにしていて、これからは少しだけでも体験してもらえるコンテンツを作りたいです。
どこかに出向いてのワークショップは、今のところ考えていませんが、工房に来てもらって体験してもらえたらいいなと思っています。
「こうやってできてるんだ」って知ってもらうためには、”聞いて、見て、やってみる”が一番分かりやすいと思っているので、時間はかかるかもしれませんが実現させたいです。
絵しりとり 味噌汁 ⇒ ル○○
絵しりとりも「小紋師らしいものにしたい」と、”麻の葉文様”入りの絵を描いていただきました。
絵を描かれている様子を見ていましたが、文様が足されると、一気に和の感じが出てきていましたよ。
実際に、型付けの様子を見学させていただいたり、完成までの一連の流れを説明していただき、作品を見るだけでは気づくことの無かった発見がたくさんありました。
完全予約制ですが、毎週土曜日に工房見学をされているので、ぜひ見ていただきたいです。
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