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地場産業の創出と再構築に向けて

実践から学ぶ地方創生と地域金融』、続いてはScene2の「地場産業の新展開に伴走する」です。(Scene1はこちら)

地域に長年続く産業は、歴史的な背景や気候、風土、自然環境、社会環境などによって、次第に構築されてきました。まさに、地域の歴史でもあり固有の資源でもあり、地域ブランドを作る一つの柱です。

そうした地場産業も、時代の変化とともに人口減少や高齢化による担い手不足、産業そのものの市場の低下など、置かれている状況や環境による課題は地域によって様々あります。

地場産業は、ある種の地域アイデンティティであることが多いがゆえに、伝統を維持し続けていこうとする力と、変革を起こそうとする動きとが常に相反してしまうものでもあります。しかし、だからといって新たな動きをしなければ地盤沈下を起こしてしまいます。

前回のScene1で紹介した秋田の耕作放棄地を活用して新たな地場産業を興そうとしたように、新事業を生み出したり、既存の地場産業をリブランディングしたりという戦略が求められてきます。

今回の本では、既存の地場産業の新たな展開を作り出した豊岡と、行政の中長期での地域ビジョンを踏まえ、新たな地場産業創造のために動き出している庄内という二つの事例に触れています。

地場産業のリブランディングとまちづくり

豊岡は、兵庫県の日本海に位置した場所で、兵庫県内の但馬と呼ばれる地域内にあります。

昔から、豊岡はカバンの生産地だったということは、多くの人はご存じだったでしょうか。いわゆるOEMとしての生産地で、有名海外ブランドのカバンなど、多くの人たちが知っているカバン製造の多くを引き受けていた地域で、かつては地域住民の多くが、なにかしらカバン関係の仕事に関わっていたというほどでした。

しかし、次第に職人が減ってきてカバンに携わる会社や個人も減少してくるなか、豊岡というカバンの産地をもっと広く知ってもらいたいという思いから、最初は商店街で動き出した取り組みが次第に広がりました。

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話題性を作る一つとして「カバンの自動販売機」が設置されたり、行政の中心市街地活性化計画でも、カバンの産地を打ち出す動きが生まれ職人育成の学校とショップを兼ね備えた「トヨオカ・カバン・アルチザン・アベニュー」が作られたりと、まちづくり全般にまで影響し始めているのです。

他にも、関西の大学生のインカレサークルと連携し、学生の就活に使えるカバンづくりを行うなど、新たな商品企画も打ち出しています。街中には、カバンのショップだけでなく、第二創業でカバンのクリーニング屋を創業するなど、カバンの産地としての新たな動きもでてきつつあります。

そうした一連の活動にコアで関わっていたのが、但馬信用金庫の宮垣さんです。但馬信用金庫は但馬地域全域で精力的に活動している信用金庫で、但馬牛に関する新たな消費金閣の後押しや、但馬地域内の新温泉町という夢千代日記で有名な湯村温泉がある温泉街の活性化など、地域全体の取り組みを積極的にバックアップしています。

本書が生まれた背景も、学芸出版社から以前発売された『強い地元企業をつくる』という本がきっかけでもあります。

この本の舞台の一つに、但馬地域の老舗企業の一つで事業承継によって新たな動きをした醤油メーカーなどが紹介されています。事業承継をきっかけに新事業や新展開を見せるのも一つのあり方かもしれません。

本書では、主にカバンを主とした地域ブランディングに取り組む事例として豊岡を紹介していますが、個人的は、豊岡は他にも、文化芸術や教育的側面としても力をいれている場所でもあります。歴史ある映画館を復活させた豊岡劇場や、移住者や地元の人たちによるカフェやホステル、元料亭を改装したアートスペースなど様々な動きが起きています。

また、温泉街として知られる城崎温泉では、城崎国際アートセンターの設立を機に文化芸術に関する力を入れ、2021年には「芸術文化観光専門職大学(仮称)」が開校するなど教育的な展開も見せ始めています。

このあたりの動きは豊岡に移住した劇作家の平田オリザさんにインタビューした記事をご参照ください。

豊岡のカバンの事例のように、地域の地場産業をブランディングしていく取り組みは各地で枚挙に暇がありません。例えば、めがねの産地として知られている鯖江市も同様の動きを見せています。めがねの産地として国内のめがね製造のほとんどを作っているのが鯖江です。

鯖江で2016年からスタートした工房イベント「RENEW」は、デザイン会社TSUGIや地元商工会などが企画した、地域全体を巻きこんだイベントです。めがねだけでなく、近隣の越前市などとともに、漆器、和紙、刃物、箪笥、焼物、繊維などの地域の産地や工房、企業らとともに、普段なかなか見ることができない工房見学やワークショップ、展示会、トークイベントなど、様々なものづくりに体験することができるイベントです。

他にも、新潟の燕三条市で行われている「燕三条 工場の祭典」も同様にものづくりに触れられるイベントで、RENEWなど各地のイベントとも連携しながら、地場産業の盛り上がりを後押ししたイベントが知られています。もちろん、鯖江も燕三条市もイベントだけにとどまらず技術とデザインを融合させた新たな商品企画を生み出すなど、技術と伝統を現代に活かすプロジェクトが多く生まれています。

たしかな技術、たしかな職人が多くいる地域において、地域の技術や文化をいかに知ってもらうか。その技術や文化を現代に通用する形でデザインし直すことができるか。一過性のイベントにとどまることなく、継続的、かつ持続的に地場産業を作り上げていくかが問われています。

新産業創出のための覚悟と挑戦

豊岡のようにすでにある地場産業を新しく動き出すものもあれば、新たな産業を生み出していこうとする動きとして、山形、その中でも鶴岡や酒田を含めた庄内の取り組みを紹介しています。

山形は縦に長い地形のなかで、山形、米沢、新庄といったそれぞれで独特の文化が醸されている場所です。そもそもで、山形は奥羽山脈や飯豊山地など山々に囲また地域で、山形市内は内陸の盆地、朝日山地一帯は豪雪地帯となるなど、豊かな自然環境に恵まれた地域として知られています。そのなかでも、鶴岡や坂田といった出羽山脈と日本海に挟まれた地域が庄内という地域です。

庄内も含めた山形県全体は人口減少は高齢化が著しく、また、若い人たちの人口流出も多い地域であり、若い人たちを引きつけるための施策が急務でした。そのなかで、2000年頃に当時の市長が打ち出した、長期的な視点から新たな産業創造を生み出そうという構想のもとに生まれたものの一つが鶴岡サイエンスパークです。

慶應義塾大学との連携によってサイエンスパーク内に先端研を設立し、バイオ研究などの基礎から応用までの様々な研究に没頭する環境を作り出しました。また、研究技術を活用した大学発ベンチャーをインキュベーションする機能も兼ね備えた場所です。

成果は少しずつ見え始め、ついに庄内初の上場企業であるヒューマンメタボロームテクノロジーズを生み出しました。他にも、蜘蛛の糸の構造をもとにした繊維技術を開発し、現在は、微生物の発酵プロセスで生まれるタンパク質素材の開発に取り組むスパイバーもよく知られたベンチャーです。

こうした教育投資は即効性のあるものではないかもしれませんが、長い目で見た時には唯一無二のものとして確立されてきます。その中長期的な視点に行政や地域の人たちがいかにして理解を示せるかが大きな課題でもあります。

海外では、多くの大学がへんぴな場所にあり、多くの学生たちが寮生活を営むことで、一日の多くをキャンパス内や図書館での勉学や友人らとのディスカッションに時間を割いています。お隣の秋田にある国際教養大学は、公立でありながら全国トップの教育充実度を誇っています。1年生は全員寮生活、2〜3年生は全員1年間留学をさせ、授業は基本的に英語で行われるというこの大学は、グローバルな校風によって全国から学生が集まる場所になっています。世界大学ランキング日本版では、国内の大学において国際性が全国1位の評価で、上場企業や有名企業の就職率も高い。

辺境からイノベーションは生まれる」とよく言われるが、そこには長い時間をかけて研究に没頭できる環境と、その研究が将来的に地域に様々な価値を生み出す源泉であるということを認識しているからこそできるものです。

Scene3で紹介する教育投資にもつながってきますが、都市部じゃない地域だからこそ、しっかりとした教育投資を行うことは、結果として、Uターンなど人材が出戻りする可能性を多く秘めています。

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一方、サイエンスパークは活用すべき土地がいまだ未活用なままになっているという課題もありました。そうした課題に取り組むために生まれたのがヤマガタデザインでした。

サイエンスパークと隣接する形で、知的産業によって生まれるベンチャーを支える保育施設を皮切りに、地域内外の人たちが交流できるホテル&コミュニティスペース、豊かな自然を活かした農業の新たな展開としての農業学校の運営など、いままでの山形・庄内にない新たな動きを生み出す原動力となっています。

そんなヤマガタデザインを支えるのが、山形銀行を始めとした地域金融機関です。山形という地域そのものの未来に向かった新たなまちづくりを踏み出すため、ヤマガタデザインを積極的に支援していきました。

ヤマガタデザインという新たな原動力を主軸に、今までにない新たなうねりが庄内で起きつつあります。ヤマガタデザインの代表である山中さんをはじめ、庄内以外からの移住者らがその活動の一翼を担っていることからも、外からの人材を活かす環境づくりとしてもとても参考になります。そして、地域全体を巻きこみながら動き出すそのスキームや全体戦略なども含めて、山形全体を活性化する大きな柱となりつつあります。

もちろん、庄内だけでなく他の地域でも新たな動きは生まれています。サイエンスパークをはじめとした、インキュベーションパーク構想と呼ばれるスキームは、大学の研究技術を活かした新たな事業創造を主体にしており、それらの取り組みを積極的に地域金融機関が支援するという体制となっています。

庄内のサイエンスパークだけでなく、飯豊市では山形大学と連携していますし、上山市では地域資源である滞在型温泉保養地を発展させたヘルスツーリズムシティ構築のための取り組みなど、地域資源を活かしながら地場産業化のための新たな動きも生まれつつあります。

新たな地場産業創出には、いかにして中長期的な視点をもち、行政の政策や地域ビジョンと連携しながら進めていくかが鍵となります。ここでも、行政、金融機関、そして事業者らが連携しながら新たな動きが生まれる種を日々蒔いている様子がうかがえます。

中長期的な視座から地域の産業を生み出すためにできること

既存の地場産業を改革するにせよ、新たな地場産業を創出するにせよ、そこには、一朝一夕でははない、中長期的な視座と、その高い目標に向かい、多様なステイクホルダーが連携しながら取り組む体制作りが求められてきます。

伝統に固執することなく、そして、新たなチャレンジに対して応援・支援していくことこそ、しがらみや従来のあり方を変える原動力となってきます。

そこには、地域の未来をよくしたいという共通した思いがあるはずです。そして、その未来には、次の世代がその担い手として責任を持って取り組んでいくからこそ、若い人たちを積極的に応援していく環境づくりをすることにより、地場産業のあり方も次なるステージに移行できるのではないでしょうか。

各事例の詳細は、ぜひ本書をご覧くださいませ。


今後の執筆活動や取材、リサーチ活動として使わせていただきます。