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絵本を描くことで、私は私らしさを取り戻していく


自分のnoteをメディアとして、僕が「この人に話を聞きたいな!」と思う好きな人にインタビューをして人の魅力を発信するシリーズ。1回目の今回は、そのべ夫婦が子どもたちのケアでお世話になっている絵本作家、大貫尚子さんです。

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大貫さんのインスタグラムには、出版を目指し完成した絵本「たむたむの大冒険」のキャラクターのほか、絵本づくりにかける想いなどが載っています。

そのべ夫婦が大貫さんと出会ったのは、昨年のこと。以前、note編集部おススメに選んでいただいた「3歳の長男が持つ聞く力」に登場する保育士の知人「Nさん」のお友だちというご縁から親しくなりました。

そのべ夫婦は「チームで子育てをする」との考えを持っていて、家族だけでなく家事代行さんやご近所の方の力を借りながら育児をしています。

Nさんと同じく、大貫さんも保育士と幼稚園教諭資格と20年の経験を持つ幼児教育のプロ。大貫さんにはたまにそのべ家に来ていただいて、主に3歳の長男と一緒に遊んでもらっています。体力のありあまる長男と公園に行き、1時間以上平気で遊べるほどのスタミナを持つ大貫さんは心強い存在です!

また幼児教育に従事しなながら独学でデザインや絵を学んだ勉強家で、描いた絵本を「世に出したい!」との情熱に駆られた結果、出版社に持ち込んで自費出版した行動力の持ち主でもあるのです。しかも「アポなしでだったんですよ」とのこと。本人は、

全然すごくないです。ただ「出版社に持っていってみよう」と思ったままに動いただけです。やると決めたら、とにかく行動するタイプなので。

なんてさらっと言いますからね。いやいや、その行動力、ホントすごい!

話してみると明るくて、いつも前向きなの大貫さんですが、2006年、絵本を出版した時期は今の快活な様子からは想像もつかない「ドン底状態」でした。先の見えない状況で大貫さんが絵本を描くようになった経緯や、大貫さんにとって絵本とはどんな存在かについてお話をうかがいました。


長女出産後に心身に不調が…。その後、乳児院に預けることに。


約1時間にわたるインタビュー中、大貫さんの口からは「私は幼児教育のプロなのに」との言葉がよく出てきました。仕事に誇りと責任感を持つのは素晴らしいことですが、自分に過度なプレッシャーをかけてしまいかねません。大貫さんの場合、完全に後者でした。子どもを持つ前、大貫さんは子育てのあるべき像を掲げ、保育園・幼稚園で「お母さん、こうした方がいいのではないでしょうか」というふうに、諭すような感じで接してきたといいます。

29歳で結婚、32歳で長女を出産。産後の生活に必要なグッズを百貨店で揃え、万全の備えをして出産に臨みます。無事に娘さんが誕生し、家族3人の楽しい生活が待っているかと思いきや、大貫さんの心身に異変が…。

育児のプレッシャーから⼼がふさぎ込み、産後うつになってしまったのです。いまでこそ⾃治体は産後ケア事業を⾏っていますし、産後うつの調査もされていますが、⼤貫さんが⻑⼥を出産したのはいまよりも産後うつへの意識が向いていなかった⼗数年前のことです。

だんなさんに付き添われて精神科を受診するも、とある病院では「⼦育てをもっと頑張れば良くなりますよ」と⾔われたことも。いやいやいや、育児がつらいと訴える⼈をさらに追い詰めるような発⾔をするなんて…。 

⼤貫さんは何軒も病院を変え、結果的に⼦どもと離れて療養した⽅がいいとの判断で、産んで間もない娘さんを乳児院に預けることとなります。

乳児院とは、何らかの理由で親が⼦どもの養育ができない場合に乳幼児のケアをする施設のことを⾔います。全国乳児福祉協議会の調査結果を⾒ると、乳児院の⼊所理由の第2位に「家族の精神疾患」がランクインしています。

保育士としてたくさんの子どもに関わってきたのに、自分の子育てがうまくできない


娘さんを乳児院に預けた時の⼼境を⼤貫さんはこう話してくれました。

預けた当⽇は⾃宅で泣きまくり、ずっと寝ていました。⾷欲はないし、料理をする気持ちにもなれず、しばらくはチーズだけ⾷べて暮らしていた記憶があります。

そこまで⼤貫さんを追い詰めてしまったもの、それは先ほどご紹介した「⾃分は幼児教育のプロである」との気持ちでした。

「私はなんて情けないのだろう…」と感じて、いたたまられない気持ちでした。幼稚園、保育園でたくさんの⼦どもに接してきて、⾃分がママになったら⼦育ては上⼿にできると思い込んでいたんです。

保育園にお迎えに来られたお⺟さんたちに「お⼦さんにテレビを⾒せっぱなしにしていませんか︖お⼦さんと⼀緒に過ごす時間をちゃんと取りましょうね」のように、なんでしょうね、上から⽬線のアドバイスもしていました。

でも娘が⽣まれて⼦育てがスタートしたら、全然上⼿にできない。それどころか、乳児院に娘を⼊所させることになってしまいました。⾃分に対する情けなさ、⼦育てを上⼿にできない⾃分にも嫌気が差していました。

そんな気持ちを抱いていたからでしょうか。乳児院には1⽇2時間のように時間制限付きで⼦どもに会えるのですが、我が⼦の顔を⾒た瞬間に嘔吐していました。娘の顔を⾒る度にもどしてしまうので、娘に会えない状態になりました。

うつうつとした⽇々の中、絵本づくりと出会い、出版へ。

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産後うつになり、娘さんを乳児院に預けることになった⼤貫さん。⾃⾝はもちろんボロボロですが、そんな⼤貫さんをケアするだんなさまにも疲れの⾊が⾒え始めます。

⽣まれたばかりの我が⼦を抱っこして授乳し、スヤスヤ寝ている⾚ちゃんの柔らかい頭をなでなでするといった和やかな家庭環境ではなくなってしまいました。

うつうつとした⽇々を過ごす中、⼤貫さんは市が主催の絵本づくりイベントがあることを知り、参加してみることにしたのです。

もともと絵やデザインが好きで独学をしていたくらいですからね。イベントで絵本づくりの魅⼒を感じ、その後ひとつのストーリーをひらめき、実際に絵におこします。

ものづくりって、誰のため、何のためという⽬的がありますよね。絵本で⾔うと、誰に読んでもらいたいのか。⼤貫さんにとってその「誰か」は、乳児院にいる娘さん以外にいませんでした。

世界でたった⼀冊しかない絵本を娘に読んであげたい!

いまは事情があって離れ離れだけど、⼼⾝の具合が良くなれば⼀緒に住める。そのときに、娘のために、娘を思って描いた絵本を娘に読んであげたい。こうした想いで⼤貫さんは絵本を⾃作したのですが、「作ったからにはほかの⼈、⾃分とおなじような思いをした⼈の希望になりたい」との気持ちが湧き、出版してみようと思うようになります。

その後に大貫さんが取った⾏動は冒頭でチラッと書いた通りで、アポなしで出版社を突撃し、「⾃費でのご出版であれば」との条件付きで本を出せることになったのです!

その本が『なーりたいな なりたいな』。

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絵本で大貫さんが伝えたいメッセージは、「これから何にでもなれるし、未来は可能性に満ちている」こと。主人公である大貫さんの娘さんがヘビやゾウといった子どもになじみのある10匹の動物と会い、「私は〇〇になりたいな」と自分がなりたい気持ちをストレートに表現するというストーリーです。

自費で約1000部、2刷。その後出版社は倒産したため絶版となっていますが、自分の名前で本を出した実績をつくったのは本当にすごい!

これから何にでもなれる、たくさんの可能性があるんだよ


ここからは、大貫さんが絵本つくりで大切にしていることについて伺ってみます。

『なーりたいな なりたいな』の制作では、どんなところにこだわったのでしょうか。

子どもにとっての読みやすさです。主人公が動物たちに対して「なーりたいな、なりたいな。〇〇(動物の名前)になりたいな」と同じフレーズを繰り返すことで、子どもでも簡単に読めるようにしたのです。

あとは、色合いのグラデーションと絵のにじみです。この絵本はすべて水彩色鉛筆という水で溶かして色を付ける色鉛筆で描いており、独特のにじみが出ています。

「このページを見てください」。大貫さんに促されてヘビの登場ページを見ると、土の部分のにじみがいい感じ!

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ほかのメッセージとして大貫さんは「娘にはあなたはいつでも周りに恵まれて、愛されているんだよって伝えたかった」と話します。

絵本の1ページ目は、主人公が10匹の動物たちと手をつないでいるシーンが描かれています。このイラストから「あなたはひとりじゃないんだよ」との気持ちが伝わってきます。

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10数年で13冊の絵本を制作。絵本づくりに向ける強い情熱


娘さんが生後10か月のときに乳児院から戻り、その後は家族3人の生活が始まりました。しかしその後も大貫さん自身のうつ、だんなさんのうつ、その環境でのハードな育児などいくつもの課題が発生します。

娘には厳しく接してしまい、トイトレが苦戦をきわめてしまいました。娘のオムツが外れたのは小学校入学寸前でした。

娘さんとの関係が芳しくない時期もあり、家族のことで悩むことがあった大貫さん。でもその過程でも絵にかかわる活動は継続していました。出版した本は『なーりたいな なりたいな』1冊ですが、同作を含めて制作した絵本の冊数は13冊に及びます。

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「絵本づくりに向けるあふれる情熱にしたがって行動していた感じです。描いた後、アポなしで出版社に本を持ち込んでいました。ストーリーは、娘のことをはじめ、夫婦のこと、人生のことなど多岐にわたっています」と大貫さん。

現在大貫さんの娘さんが高校2年生ですので、その間に13冊つくったということは、だいたい1年に1冊は絵本を描いてることになります。子育てや保育士の仕事をしながら絵本を描き続けてきたのですね!

水彩画の"にじみ”を活かしたイラスト集の出版。述べ1000人以上の似顔絵も描いてきた


大貫さんは絵本制作だけでなく、絵葉書のイラストや似顔絵描きの活動も行ってきました。これまで似顔絵を描いてきた人数は、述べ1000人を超えているといいます。現在は毎週水曜日に似顔絵を描くイベントを行っています。

イラストも評価された結果、イラスト集も出版しています。

私の絵本やイラストが評価され、私が好きな水彩画のにじみを活かした描いた赤ちゃんや小動物、草花などをモチーフにしたイラスト集、『のんびり、ゆらり♪』も出版しました。こちらも絶版なのですが、いつかこうしたイラスト集の販売ができたらいいなぁと思っています。

再び生まれた「絵本を出版したい」との気持ち


大貫さんは、出版を目指して新作絵本『たむたむの大冒険』の制作を完了しています。前作の『なーりたいな なりたいな』の出版から10年以上を経て再び絵本の出版をしたいと思った背景には、新型コロナウイルスによる生き方の変化と、ありがたいことにそのべ夫婦との出会いがありました。

新型コロナの流行によってそれまでの当たり前がそうでなくなり、私を含めたくさんの人が変化に直面しています。状況に柔軟に対応するには、時に自分の中にある「〇〇はこうあるべき」との決めつけを外す必要があります。

そのメッセージを含んだ絵本をつくりたいと思い立ち、キャラクターを考えたときにふと浮かんだのが、そのべ夫婦の長男くんをモチーフにしよう!ということでした。

これが主人公「たむたむ」です。

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てんとう虫と僕の長男のイメージを掛け合わせたキャラクター。なぜ「たむたむ」かとういと、長男のあだ名が「たむ」だから。ちょっとだけ変化をつけて、「たむたむ」としました。

新作絵本のストーリーは、主人公たむたむが行き先々で、常識に悩むさまざまな虫たちと出会い、前向きに生きるためのヒントとなる一言を告げていく、というもの。

前作の『なーりたいな なりたいな』と似た展開ですが、文字数は格段に多くなり、絵だけでなく読み物としても充実しています。"にじみ"を活かした絵も健在です。

理想を握りしめて苦しいなら、その手を緩める


絵本に登場する虫たちは常識に苦しんでいるわけですが、常識は「自分が勝手に決めたあるべき像」ととらえることができます。それはかつて、「自分は幼児教育のプロなのに」と思い、産前にイメージしたような子育てができないことに苦悩した大貫さんとも重なります。

子どもを持つ前にはお母さんたちに対して、「こうした方がいい」「ああした方がいい」と言ってきましたが、実際に子育てをしてみて私が話していたことは理想論だったと気が付きました。お子さんにテレビを全く見せずに育児をするなんて、無理ですよ…。

こうあるべきだとの考えにとらわれると、自分を苦しめてしまうことがあります。理想は理想として素晴らしいけど、理想を持つことで生きづらさを感じるなら、ちょっとくらい理想を緩めて「まあ、いいか」と思うことも大切だと思いました。

そう思えたらこれまでの緊張がほぐれて、前よりも力を抜いて毎日を過ごせるようになりました。結果、一時はギクシャクしていた娘との関係はいま良くなりました。娘は高校生なのですが、若者用語で了解のことを「り」と言います。私がLINEで「り」と打つと、「えーママすごいね!」なんて言ってくる。そんな自然な会話を今ではしています。

インタビュー中、絵本や絵を描くことの話になると、ほぼ例外なく大貫さんは笑顔になり、声も弾んでいました。心から絵を描くのが好きなことが伝わってきます。

新作絵本のテーマは、常識を疑い、これまでと違う視点で自分を見つめること。お話を聞いていくうちに、この絵本はかつて掲げた理想に苦しんだ自分を思い出し、「大丈夫、いつからだって私は私になれるよ」との励ましのメッセージでもあるなぁと僕は感じました。

お読みくださり、ありがとうございました。

そのべゆういち
charoma0701@gmail.com

■出版関係の方へ

noteを読んで、大貫さんに少しでもご興味を持った方は、大貫さんのインスタグラムか私そのべ宛て(charoma0701@gmail.com)までご連絡いただけますと幸いです。

■大貫尚子(おおぬき なおこ)さんプロフィール

1972年生まれ。
高2娘と夫の3人暮らし。

幼稚園教諭、保育士として20年実践経験があります。
内、障がい児担当の保育士としても1年間経験あり。

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