古代末期/中世のラテン語(教会ラテン語)の発音についての個人的なメモ

 個人的なメモなので,重要事項を網羅することを目指すものではないことをご了承ください。
 あと,私はラテン語の専門家ではなく,今回の話については特に手探り状態なので,誤解などあるかもしれません。それにこの分野の専門書を読んだわけでもありませんし(本稿は概説・入門書・Web上にあるものを読んで得た情報の覚書です),最新の研究を追っているわけでもありません。というわけで,おかしなところがありましたらご指摘いただければありがたいです。
 「……」の後に書かれているものは私の個人的な考えなどです。
 参照した文献の正式な書名などは最後に記してあります。

● 教会ラテン語で「エ」と発音されるaeやoeは長母音扱いか短母音扱いか:國原p. 35によれば(少なくとも本来は)長母音扱い。≪二重母音aeは帝政初期にēと発音されるに至った≫ ≪帝政初期からVL〔=Vulgar Latin,俗ラテン語〕ではoeはēとなった≫ (國原,p. 35) しかしWikipedia某記事によると,aeは短母音扱い,oeは長母音扱いされたらしい。
…… いずれにせよ母音の長短の区別そのものが崩壊していったそうなので(後述),どちらでもよいといえばよい。

● 高低アクセントか強弱アクセントか:強弱アクセント。歴史をたどると,紀元前5世紀まで強弱アクセント,その後(古典ラテン語)高低アクセント,1世紀くらいから再び次第に強弱アクセントになっていった(まず俗ラテン語で,それから帝政期のうちに教養人のラテン語にも浸透)(Stowasser, p. X)
…… しかしそう言い切ってしまってよいものか? ラテン語のテキストによる多声楽曲では,拍の強弱と言葉のアクセントとの対応はドイツ語などに比べると気にしないのだったと思うが(そしてそれについて,「ラテン語は強弱アクセントではないから問題ないのです」と教わったことがある)。あるいはこれはルネサンス(人文主義による古典ラテン語復興)を経ているからこその現象なのか? ちょっと分からない(今はこれ以上深入りしない)。

● 帝政期の俗ラテン語において,アクセントのない長母音は短く,アクセントのある短母音は長くなっていった。要するに,母音の長短という原理が崩れていった(quantity collapse / Quantitätenkollaps)。このプロセスは遅くとも3世紀に完了した。アクセントの位置そのものは,大体において古典ラテン語のときのまま保たれた。(Stowasser, p. XI)

このQuantitätenkollapsは,単に母音の長短が崩壊したというより,それまで長短で2種の母音を区別していたのを,口の開け具合(狭いeと広いeなど)で区別するようになったのだ,QuantitätシステムからQualitätシステムに移行したのだ,という説明もある。

● 帝政期の俗ラテン語において,本来2音節だった "io" や "eo" は "jo" という1音節に変わり,それに伴い,もともと "i" や "e" にアクセントがあった場合はそれが "o" に移動した(Stowasser, p. XI)。

● ≪v [w] は帝政初期から碑文のVL〔=Vulgar Latin,俗ラテン語〕などで,bと混同され出す≫(國原,p. 38)。
…… 四旬節第1主日の入祭唱の冒頭の語 "Invocabit" が古い聖歌書では "Invocavit" となっているのはこれと何か関係があるのか,それとも単に翻訳(時制)の違いか。

● mihi, nihilをmichi, nichilと綴っているのがみられるのはギリシャ語のχの転写における混乱によるものか? 別の説もある。(國原,p. 39)

● 複数の語が組み合わさって一語になったもの(composita)は,古典ラテン語ではあくまで一語として原則通りのアクセントがつけられていたが,次第にもとのバラバラの語に戻した発音になっていった(Stowasser, p. XI, p. XXII; Klöckner, p. 95)
…… 一例,"desuper (de + super)":古典ラテン語では "de" にアクセントがあるが,グレゴリオ聖歌のラテン語では "su" にアクセントがあるらしい(GRADUALE NOVUM I, p. 15の一番下の行を参照)。

● ギリシャ語から輸入した語は,古典ラテン語ではあくまでラテン語のルールに従ったアクセントの位置で発音されていたが,キリスト教のもとギリシャ語からの影響が強力になると,もとのギリシャ語のアクセントの位置に従うようになった(Stowasser, p. XI)。

● "e" や "i" の前の "c" は4世紀にはすでに [ts]([tʃ] も? 発音記号を用いて書かれてはいないのでよく分からない。ともかく [k] ではないということ)のように発音されていた(Klöckner, p. 95)。しかしブリタニアではcを常に [k] とする古典期の発音が保たれており,アルクイヌス(アルクイン)はそれを大陸に持ち込んだが,結局無視され定着しなかったらしい(國原,p. 25)。

【参考文献】
● Klöckner, Stefan, Handbuch Gregorianik. Einführung in Geschichte, Theorie und Praxis des Gregorianischen Chorals, 2. Auflage 2010 ←最新版ではない(単に未入手なので)。
● Stowasser, J. M., Petschenig, M. und Skutsch, F., STOWASSER. Lateinisch-deutsches Schulwörterbuch. Auf der Grundlage der Bearbeitung 1979 von R. Pichl [u. a.] neu bearbeitet und erweitert von Alexander Christ [u. a.], Wien und München 1994. ←巻頭にあるラテン語(史)概説部分を参考にした。
國原吉之助編著『新版 中世ラテン語入門』東京(大学書林),2007年。
Web上で読めるものは文中のリンクから参照できるようにしてある。


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