ご成人ありがとうございます
言葉ではとても言い表せなかった感情ってなんだろうと考えて、頭に浮かんだのは1mmの曇りもなくポジティブな気持ちだけで満たされたときのことだった。
幸せなことに、わたしはそういう日をいつくかもっている。
その中の一晩は、明るく突き抜ける五月晴れみたいで、まさに『未来』のようだったなぁって思うんです。
大学を卒業してすぐ、学校で働き始めました。
教員として、中学校に配属されたんです。
学校っていうのはすごいところで、昨日まで大学生だった人を「先生」と呼んで、就職3年目の人や10年目の人とまったく同じ仕事をさせるんですよ。
4月1日に着任して、一週間も経たないうちに生徒の前に立つことになります。学年スタッフの1年間の役割分担をざざっと決めて、担当する学年のこどもたちについて簡単な引継ぎを受けて、ホームセンターで学年全員分の洗濯ばさみを買占めるなどしてるうちに、あっという間に生徒が学校に来てしまうんです。
何が何だか分からないまま、担任することになったのはやんちゃがすぎる1年生。
毎日お昼にはのどが痛くなって、午後は声がかすれていました。
経験も技術もないまま担当してしまったので、授業も学級経営も、とにかくうまくいかない。部活なんてもっとだ。
保護者の方や同僚の先生たちの目におびえつつ、元気すぎる彼らにバカにされないようにと強がって、なんとか先生ぶらなければと仮面をつけた。職場で会う全員に見張られていると感じていた。
定時とか休日とかの概念がないのでは、と思ってしまう長時間勤務と休日出勤。それを楽しそうに受け入れている先輩の先生たち。何で?
眠くて眠くてしかたないのに学校では授業準備の時間はとれないから、毎晩布団の中でまで教科書・ノートと一緒。
職場でもしょっちゅう泣いて、隣の席の先生が「大丈夫だよ」と引き出しからだしてプレゼントしてくれるブラックサンダーがなければムリだったろう。
とにかく、毎日にげたかった。
そんなわたしでも、やっててよかったなって思わてもらった時間がありました。
教えた子たちの、成人式に参加させてもらった日です。
彼らが成人式を迎えた年、わたしは異動して、遠くの市の小学校で働いていました。
「12歳だったあの子たちも、ハタチになるのかぁ」なんて驚きつつ、成人式のお祝い会場に行くことにはためらいがあったんです。成人式の日、同級生に久しぶりに会えるのを楽しみにしている子は多いと思う。けれど、教員になんてむしろ会いたくないんじゃないかなって思うから。
3年生になるとき彼らの担任をはずれてから、経験も技術もないまま担当してしまったあの子たちにはいつも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。今ならもっとうまくできるのに。
どう考えても、おめでたい成人式にわざわざわたしに会いたくないだろう。
とはいえ、一生に一度のお祝いの日に招待してもらったんだから。顔を出して、「おめでとうございます」ってみんなに言ってこよう。そして、邪魔しないように30分くらいで会場をさっと抜けてこよう。そうすればいい。
そんな考えは、建物1階のロビーにはいってすぐ消えた。
「きゃーーー先生!!!」
学級委員をしていた女子Rが12歳のままの笑顔で大きな声を出した。新しいことを学ぶたびに感動しながらどんどん吸収していたこの笑顔に、授業で何度救われてきたことか。
あっちを見ても、こっちを見ても、すっかり大人びてしまったけれど懐かしい顔ばかり。
気持ちは、彼らが卒業していった5年前に一気にタイムスリップ。
すっかりしっかり者に育ったFは、「先生、あの頃はお世話になりました」とびしっと言った。わたし、いまだにこんなにちゃんとした挨拶できないと思う。尊敬。
一方で、めちゃくちゃ手がかかったYは「よっ!」と昨日ぶりみたいに言うし。
ぜんっぜん言うこと聞いてくれなかったあの子たちは、ビール瓶もってやってきて、「あのときはすいませんでした」って小さく言いながらコップを満たしてくれた。
教室でも部活でも一緒で、毎日毎日はげしいバトルをしていたAは、相変わらずのお母さんそっくりのしゃべり方で「先生~1年生のとき何っ回もケンカしましたよね~」なんて言っていた。ケンカじゃないわ、指導だわ。
行事が大好きで、とくに合唱コンクールに命かけてたわたしに「来年は先生のクラスになりたい」と言い続けてくれたSは、「やっぱり先生のクラスで合唱やりたかった」と言ってくれた。わたしもSと合唱つくりたかった。
「先生、わたしのこと、覚えてますか~?」って来てくれる女の子たち。校則で前髪オン・ザ・まゆげのお顔しか見たことなかったのに、メイクしてそんなきれいになっちゃったら誰が誰だかわかんないよ。
そんなこんなしながら代わる代わる来てくれる子たちと思い出話をして、近況を聞いて、時間はあっという間に過ぎていく。
30分で帰る予定が、幹事の子たちから「宴もたけなわですがー」とアナウンスが入ってびっくりした。
それでもまだまだ名残惜しくて、お酒を飲んですっかり愉快な雰囲気になった教え子たちをエントランスで見送った。最後の子たちとわいわい会場を出て、話して、話して、やっと、別れた。
1月の冷たい空気が、火照ってまんたんに満たされた心に気持ちよかった。
苦しかった日々のなかに、気づけなかった光の粒みたいなものがいっぱいあった。
一緒に過ごさせてもらった中学校生活を、彼らが大事に思っていてくれたこと。
毎日泣きながら、自分を責めながら、担任私じゃない方がみんな幸せだったろうにと思いながら教壇に立っていたわたしが報われた気がした。
キラッキラの二十歳の彼らの前には可能性しかなくて、これからまだまだ何にでもなれること。うらやましくってしょうがなかった。帰り道、「いいなぁ」が何度も何度も口からもれた。
わたし個人の過去のダークな気持ちも見えなくなるほど、ハタチの輝きは強かった。あの日みた気持ちは、『未来』にぴったりだ。
青空にむかって僕は竹竿をたてた
それは未来のようだった
きまっている長さをこえてどこまでも
青空にとけこむようだった
あの夜を思い出すと、ああもっと頑張らなきゃなぁと泣きそうになる。
教え子とはいうけれど、わたしの場合今も昔も彼らにおしえてもらうばっかり。ご成人、おめでとうございます。そして、ありがとう。
彼らに負けず、一緒に、きまっている長さをこえていけたらいい。
成人式でのうちの子の話
もうひとつ書いたのでもしよかったら▼
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