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ひかるカエル

「お前、なに人の顔見て笑ってるんだ? 」

そう言い終わる前に殴られていた。小さい頃から「人を見たら笑いなさい」と母親に教わってきた。その教えを守っているだけだ。笑顔を返しただけで上級生にもう数回殴られている。

落ち込みながら家に帰るとランドセルを置いて粘度遊びをした。そのあとアンガも読んだ。それでも全く気分が晴れないので近くの田んぼに行った。カエルを探すためだ。小さいころからカエルが大好きだった。

今見ると信じられないと思うが、家の周りは田んぼだらけだった。原っぱと田んぼ。原っぱでは文字通り草野球をして飽きたら田んぼで生き物を獲っていた。田芋の田んぼにはうなぎやゲンゴロウ、メダカやグッピーなど多くの生き物がいた。

中でもカエルが大好きだった。あまりに好き過ぎて卵からカエルになるまで育てたこともあった。好きというよりカエルは友達だった。もちろん人間の友達もいたが、カエルには秘密のことをこっそり打ち明けたりしていた。本当に秘密だが、一度だけカエルにキスしたことがある。うそだ。何回もある。

その日は珍しくカエルが見つからなかった。日が暮れて夕食どきになり家に戻った。なぜだかその日は、どうしてもカエルに会いたかった。家の前に猫の額より小さい庭があった。その庭に父が作った鉄棒があった。高さが二段階にわかれていて、小学2年だったぼくは小さい方でよく逆上がりなどを練習していた。

その日はどうしてもカエルに会いたかった。どうしてもである。その時、「一生懸命に神さまにお願いごとをしたら願いはきっと叶う」とある本に書かれてていたことを思い出した。庭の鉄棒の近くにいたぼくは大きな鉄棒の柱を片手で掴んで時計回りとは逆の方向にゆっくりと回りはじめた。

なぜ回転をはじめたのかはわからない。ぼくは回りながら小さな声で呪文を唱えた。

「神さま、カエルくんを家に呼んでください」
「神さま、カエルくんを家に呼んでください」
「神さま、カエルくんを家に呼んでください」

どれくらい時間がたったのだろう。何回転したのかもわからないくらいブツブツ呪文を唱えながらぐるぐるなのだ。日が完全に暮れていた。家の中から母親が夕飯だと呼んだ。早くお風呂に入ってご飯を食べるように促された。「待って。あと数回転で願いが叶うから」と呪文を唱えながら数回転したと思う。

今はもう取り壊した実家は、玄関を入ると板張りの短い廊下が台所に繋がっていた。夏になるとその冷たい廊下でよく昼寝をした。台所から廊下を玄関に向かって左側が居間になっていてテレビを見ながらいつもそこで食事をしていた。

夕食はゴーヤーチャンプルーだった。フライパンを食卓の真ん中に置いてフライパンのゴーヤーチャンプルーを家族全員で直接取りながら食べるスタイルだった。「いただきまーす」と、一旦ごゴーヤーをご飯に乗せてから一緒に口に放り込んだ。その時、廊下から微かな音が聞こえた。

「ぴたっ」

「とん」

「ぴたん」

生き物の気配を感じた。もしかしてと思い廊下に出た。廊下の奥の台所の近くに小さな生き物が薄い光を放って存在していた。「カエルくんだ! 」とぼくは叫んだ。そして、そのカエルに向かって走っていた。

カエルは逃げることもなくぼくに捕らえられた。捕らえられたというより、友達になった。自分の力で奇跡を起こしたことに感動して大好物のゴーヤーチャンプルーのことなんて忘れてずっとカエルを見つめていた。

神さまっているんだなと思った。

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