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感じる日本美、近所のお寺の建築を楽しもう

鎌倉ブロガーが伝えたい、知識0でも楽しめる古建築の美

 何で私が寺院建築に身近な日本美を感じるのか、私は鎌倉に住んでいて鎌倉ブログを書いています。実際に鎌倉の寺社を回って書いています。元々日本の建築史・インテリア史に興味があり、古建築についても色々調べてきました。
 そこで気が付いたのですが、 「神社仏閣の建物鑑賞には、知識がなくてもいいのでは」と思うようになりました。
 お寺といえば、仏像と庭園も見どころです。私が寺院巡りをしていて実感するのはこの2つを楽しむには、多少なりとも知識がいると実感しております。でも寺院建築については、知らなくても楽しめると思います。
 寺院建築を鑑賞するには、見たままに、「美しい」「格好いい」「イケてる」と自由に感じて大丈夫です。もちろん「好き」「嫌い」で一刀両断しても構いません。

山本公子 サイト

実はカッコイイとこ取りのお寺の建物 

 「歴史の教科書には、和様、大仏様(天竺様)、禅宗様(唐様)の様式(建築デザインスタイル)があると出ているよ」と言われそうです。
 鎌倉時代、明から届いた最新の禅宗建築を取り入れたのが「禅宗様」で、発信地は鎌倉の建長寺。円覚寺をはじめとする臨済禅の寺でした。この2つの寺院がある山ノ内は、私の住んでいる隣の町内会です、建築史を変えたムーブメントが、近くであったなんて古建築を調べていて軽く驚きました。
 この禅宗様は当時の最新の格好いいスタイルでした。仏教界の衝撃は凄かったのでしょう。その後宗派を問わず、禅宗様のいいとこ取りをした、お寺が建てられるようになりました。その後の寺院建築はミックススタイルだと思って大丈夫。
 細かい用語も歴史も知らなくても、恰好いい!美しい!繊細!豪華絢爛!と見た目を感性で、感じてよいのです。 
 寺院建築がミックススタイル化したのには、木造建築ならでは理由もありました。鎌倉には天平時代建立の古い寺もありますが、鎌倉時代の建物がありません。古くて南北朝時代、室町時代の建物は数えるしかないのです。それは火災と老朽化による建て替えのためです。新田義貞の鎌倉攻めでも焼けた寺院は少なかったそうですが。火災が多く建長寺・円覚寺も何回も建て替えられています、関東大震災では多くの寺院が倒壊にあい、復元をあきらめた寺もありました。

建長寺 円覚寺 光明寺 高徳院鎌倉大仏

建て替えの時は、流行のスタイルにしています。

お寺の再建と聞くと、
 前の建物と同じ建物にしてもらいたいな
 宗派の本山の有名な建物を、模して建てて欲しいな
と思うのは、最近の考え方です。本山の建物を末寺が模すのは、私が知っているのは鎌倉で一か所です。鎌倉二階堂にある夢窓疎石の庭で有名な、臨済宗円覚寺派の瑞泉寺の本殿は、本山の円覚寺の国宝舎利殿を模しています。建物は近代のものなのです。リスペクトするなんて、現代の考えなのです。

ではどうしていたのでしょうか。それは私たちが住宅を建て替えるときと同じです。施主は使い勝手とその時代の流行りのデザインを選びます。これは現在建て替られる寺院でも同じだと思います。本尊様がお祀りされる本堂も、法要に使われるので、冷暖房完備にしたい。ライブできるように広くして柱もなくしたいとか、使い勝手は時代によっても変わってきます。今生きている人のためにお寺はあるのです。家と同じですから、建て替えの時は、流行りのデザインにするのが当たり前なのです。

円覚寺 



お寺の建物の楽しみ方

 この文章は、あなたの町にある身近なお寺の建物を、楽しく鑑賞するには、という文章なので、例にする寺院は大きくない寺、マイナーなお寺を例にします。鎌倉にはどこの町にでもある小さなお寺も意外と多いのです。本山の建長寺、円覚寺、光明寺。鎌倉大仏の高徳院という、大きくて鎌倉ならではお寺さんは、今回取り上げません。

楽しみ方1、お寺のヒストリーを知る。

 案内板に書かれた、お寺の歴史や建物の由来を知るだけで、楽しみ方の幅がひろがります。

妙法寺 本堂 肥後細川家建立の豪華彫刻の建物

 妙法寺は大町にある日蓮宗のお寺です。日蓮上人が法難にあった、松葉ヶ谷にあるお寺です。苔の石段が有名で「鎌倉の苔寺」と呼ばれています。ここで写真を撮ることが、若い人の間で人気です。南北朝時代の護良親王や、細川家、水戸徳川家とも縁があります、十一大将軍徳川家斉がたびたび参詣したそうです。
 本堂は彫刻が施されていて、豪奢です。煌びやかでないのは、江戸の粋というか関東の美意識です。これを建てたのは肥後細川家のお殿様で、幼くして亡くなったお姫様の菩提のために建てた本堂なのです。



浄智寺 鐘楼門 美しいと思ったら昭和の建築


 北鎌倉にある鎌倉五山第四位の浄智寺にあります。二階に鐘撞堂がのった門です。二階の花頭窓(かとうまど、火燈窓)も軽い印象。一階部分にベンチも配されて、印象に残る門です。
 美しい、このデザインイケてると思うと、現代のものだったりします。時代が近いと、持っている美意識が重なることが多いからだと思います。鎌倉時代創建の由緒ある浄智寺は、時代が下がるとともに多くの塔頭を失い。関東大震災では境内の建物が全壊する悲劇に見舞われました。建物の復元をあきらめ、昭和の初めに当時の建築家により再建されました。浄智寺の建物は現代人が見て、本堂も庫裡もいいデザインだなと思う建物ばかりです。それえには復元を止めざる負えなかった苦しい歴史があったのです。



楽しみ方2、門は古いものが残っています。町の中に江戸時代がある!


 東京都港区内を歩いていたら、ビルの谷間の端正な寺院の山門に目がひきつけられました。綺麗なので昭和の建立かなと思いましたら、江戸時代の門でした。古建築は解体修理のときに、洗いを施したりするので、新しく見えても江戸時代という門もあるんです。
 寺院建築で、門、と鐘楼は古いものが残っています。推測するに、本堂や庫裡から遠く火災にあわずにすんでいたり、使い勝手の問題で建て替えの必要がないからでしょう。本堂が鉄筋コンクリートの味気ないお寺でも、瓦葺の格式ある四脚門なんてよくあります。お寺の門はあなたの町にある、江戸時代、室町時代のものかもしれません。お散歩のときに探してみてください。


妙法寺 総門 室町時代の禅宗様で、四脚門では鎌倉で一番古い門です。


 またまた、大町の妙法寺を紹介します。ここのお寺は古建築の宝庫で、水戸徳川家寄進の祖師堂、朱塗りの仁王門もあります。
 妙本寺でもっと注目されてもいいかなと、思っているのは総門です。門前の公衆トイレの先にあるという、気が付かないと見に行けない地味な門なのですが、室町時代に建てられた、市内で一番古い四脚門なのです。室町時代の禅宗様式で、控えめでぷっくりとした貫の装飾が可愛いと思いませんか。江戸時代とは違う室町時代の美です。




成福寺(じょうふくじ)山門 力強い江戸時代の門


 どこの町にあるお寺を紹介しますと、書いておいて、鎌倉五山やら将軍様ゆかりの寺院を紹介しました。観光客が普通は行かないお寺を紹介します。成福寺は観光コースから外れます。横須賀線の大船・北鎌倉間の車窓からから見えるお寺といえば、鎌倉通の方は分るでしょうか。浄土真宗の寺院で鎌倉執権三代目北条泰時のお身内の方が創建しました。俳優の笠智衆さんのお墓があることで知られています。
 横須賀線の車窓からよく見えるあの門を紹介します。ボリューミーな茅葺屋根に、武骨な太い柱、野趣あふれた印象の山門です。屋根の軒下の懸魚(げぎょ)の装飾がどっしりとして良い感じです。これは江戸時代に、近くの旧家の女性信者の寄進になる門なのです。女性の信仰心の深さを感じます。
 鎌倉は戦国時代の半ばまで政治都市の余命がありましたが、1556年の里見義弘の鎌倉攻めにより、ただの田舎町になってしまいました。この門を見ると都としての鎌倉は滅んでしまいましたが、大地に足を付けた百姓はどっこい生きていたのだなと、思います。


#好きな日本文化

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