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わくらばに。幾多もの巡り合わせのうちに。

榊 仁胡(さかきにこ)さんの初めての個展が4月9日(土)より始まります。
二十歳。彼女の存在は多くの人を惹きつけると確信しています。
展示のきっかけは、仁胡さんが描いた絵を彼女のお母さんがSNSに投稿したことでした。

たまたまこの絵を見つけたときに、何か言葉にできない感情が溢れ出てきました。たぶんそれは畏怖。神秘への恐れであり、と同時に童心の中にある「こわいもの見たさ」のワクワクする感情でした。私たちはワクワクを抑えきえず、仁胡さんに展示の依頼をしたのです。

神話にあこがれて

『ニコちゃんてどんな子どもやったん?』

彼女は自然に恵まれた神奈川県の葉山で生まれ育ちます。
小学生の時はシュタイナースクールに通っていて、神職もされている担任の先生のお話に影響を受けました。
先生は日本の神話を授業に取り入れていました。仁胡さんはどのお話も好きで、神話のことをもっと知りたいと思うようになったそうです。

仁胡さんには仲の良いお姉さんがいます。
小学5年生の時、お姉さんがファンタジー作家の上橋菜穂子さんの作品「精霊の守り人」を「きっと好きだよ」と言ってすすめてくれました。仁胡さんはこの本にとても影響を受けて、神話への興味がさらに大きくなりました。

作者の上橋菜穂子さんにもあこがれました。本を読むだけでなく、自分も上橋さんのように物語を紡ぎたいと思うようになるのです。

中学生になると3年間で一つの小説を書き上げました。授業中も先生の目を盗んでこっそりと書いていたそうです。
それは「薬草師の少年」というお話。
時代背景が近代とは真逆だったため、火のおこし方や、薬草となる植物のことなど、物語を書くために必要な知識を自分で調べました。調べていくうちに、学校で学ぶよりも興味があることを自分で調べる方がよっぽど身につくということに気づきました。そして、文化人類学や神話の知識を持つと、自分の世界観が豊かになると思うようになりました。

漫画はあまり読まなかったけど、五十嵐大介さんの「海獣の子供」は好きでした。この漫画は「私自身を描いてる物語だ」と思ったそうです。

仁胡さんの本棚

星野道夫さんの言葉

中学一年生の時、学校の教科書に写真家の星野道夫さんの言葉が載っていて、興味を持つようになりました。星野さんが旅した場所の写真を見ながら、自然や動物だけでなく、壮大な自然の中で生活するイヌイットの暮らしにも惹かれるようになりました。

星野さんの本では「魔法のことば」や「森に還る日」「ラブ・ストーリー」が好きなのだそうです。「ラブ・ストーリー」の中で書かれている星野さんの言葉が彼女の背中を押してくれます。

アラスカの自然を旅していると、たとえ出会わなくても、いつもどこかにクマの存在を意識する。今の世の中でそれは何と贅沢なことなのだろう。クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれるからだ。もしこの土地からクマが消え、野営の夜、何も怖れずに眠ることができたなら、それは何とつまらぬ自然なのだろう。
星野道夫「ラブ・ストーリー」「旅をする木」より

1996年カムチャッカ半島での野営の夜、星野道夫さんはヒグマに襲われ亡くなられました。仁胡さんは星野さんのことを調べていてそのことを知り、号泣したそうです。

彼女はいつか、アラスカとハイダ・グワイ(クイーンシャーロット島)への旅に出るつもりです。そこは星野さんが神話と自然の叡智を求めて旅をした場所であり、神話を受け継ぐ先住民族が暮らしています。仁胡さんは「星野さんが見た世界を私も見てみたい」その軌跡をたどっていきたいと思うようになりました。
そして。日本は冬から春への季節のうつろいが優しいけれど、アラスカには本当の暗闇や本当の厳しい冬がある。彼女はその季節の厳しさを経験し、それを経てやってくる本当の春の喜びを知りたいと思うのです。

自由の森学園へ

小学生の時、中学校には行きたくないと思っていました。
けれど義務教育と知り、仕方ないなと思いつつ、中学を出たら学校ではなく、自然の中で自由に暮らす「師匠」となるような人を見つけて、その人に学びに行きたいと思っていました。

そんな時に知ったのが埼玉県飯能市にある「自由の森学園高等学校」です。

自立した自由へのはっきりした意志を育てる

このことを教育の基本としている学校で、卒業生には星野源やハナレグミなど、多くの芸術家や表現者を輩出しています。仁胡さんは自由の森学園に進学し、初めて親元を離れ、埼玉の学生寮に入ることになりました。

通称「自森」には色んな人が集まってきます。
時に卒業生のハナレグミが演奏をしに来てくれたり、生徒自身が場を作りあげて自分の表現を披露していました。
音楽が出来る人たちが多くいる環境の中で、仁胡さんもギターを覚えました。

ある時、リヤカーで旅をしていた生徒が学校の音楽祭で、詩の朗読や、旅の映像などを背景に演奏をしてくれました。そんな自由な生き方に生徒は魅了され、仁胡さんも、自分のやりたいことで生きている旅人を見て「自分はまだ何もできていない」と思いました。

学生寮も全国から個性派が集まってきます。
彼女曰く「人間形成の場」だったとか。集団生活の大変さなど、多くのことを学びました。毎日のように生徒同士話し合ったそうです。ただ、小学生からの夢だった小説を書く時間を寮生活の中ではなかなか持つことができませんでした。

彼女には小説家になるために学びたいことがありました。それは文化人類学や神話、言語の勉強です。興味のあった大学に「自森」の卒業生がいて、話を聞くきっかけがありました。そして「自森」を卒業したら自分の夢を叶えるためにその大学へ進むことを決意するのです。

北方への旅

大学では座学だけでなく、フィールドワークを学びたいと思っていました。
北海道で行われるアイヌの体験会の抽選会に落ちてしまってから、どうにか北海道に行くことはできないかと思い、人に尋ねていくうちに、アイヌ活動家のアシリ・レラさんのことを教えてもらいます。
彼女はアシリ・レラさんに「アイヌのことを学びに行かせてください。お手伝いは何でもします、、」と手紙を出しました。
するとチラシの切れ端に書かれた返事が届いたのです。

どうぞいらしてください お手伝いもよろしくね

1ヶ月の間、北海道二風谷という場所にある伝統的な藁葺きの「アイヌの家」(ニコちゃん曰くおんぼろ屋敷)に滞在しました。そこにはアイヌ語を学びに来る者や、旅人が集まっていました。
滞在中は旅人から話を聞いたり、レラさんから刺繍やアイヌの唄を教えてもらいました。アイヌの唄は口頭伝承で色んな家族の元で語り継がれ、解釈が変容していくのが特徴なのだそうです。

アシリ・レラさんと

展示会のオープニングライブでは、レラさんに教わったアイヌの唄を仁胡さんの日本語解釈で披露してくれます。

実は仁胡さん、コロナのおかげで学びたかったフィールドワークの授業がほぼ無くなりました。でも北方の旅を通じて大学での学びに区切りをつけました。自分で動けば多くの学びがあると気づいたからです。だからたくさん旅をして、色んなものを見て、色んな人に出会いたいと思っています。

この北方の旅では、アメリカンインディアンに弟子入りした人とも出会いました。その人が地元の葉山で、スウェットロッジ(生まれ変わりの儀式)を行うことを知り参加しました。その時にこんな話をしてくれたのです。

鉱物というのは古えの記憶を持つものなんだよ
石が同意してこの世界に初めて生きものが誕生したというのが、アメリカンインディアンの伝承の中にあるんだよ

仁胡さんは鉱物水彩画に出会った時に、この言葉を強く思い起こしました。

スウェットロッジのあと

わくらばに

EDANEからの展示の話を受けたあと、何か絵を描きたいと思っていました。
画材屋で鉱物水彩画に出会い、それを用いて絵を描いていくうちに、自分で鉱物絵具を作るというきっかけに巡り合いました。そして、詳しいことを知る大学の先生に相談し、土や鉱物を擦り、自分で作った鉱物絵具でも絵を描き始めたのです。

鉱物水彩画・榊 仁胡

『ニコちゃん、絵はどうやって描くん?』

絵を描く時は形のことは考えず、紙に向き合う時に目を閉じて、意識ではないどこかの感覚とつながったところで筆を動かします。そして自然と生まれた形を絵にするそうです。

『 タイトルの ”わくらばに”ってどんな意味?』

仁胡さんは「私は小さい頃からすごく周りの人に助けられている」ということを自覚しています。自分がこうしたいと思った時に、自然と助けてくれる人に出会うそうです。子供の頃からあこがれていた上橋菜穂子さんともつながるきっかけがありました。彼女は書きかけの小説とともにお手紙を届けたそうです。

すると上橋さんから返事があり、そこにはこんな言葉が添えられていました。

オオカミとか自然の生活に憧れる気持ちはよくわかります。
でも日常の中で出会っていくものもまた大切にしてください。

「わくらばに」とは巡り合う、偶然に出会うという意味の古い日本の言葉です。
仁胡さんのこれまでの巡り合いの中で重なり、形になったものが今回の個展「わくらばに」です。
さらなる巡り合わせで、知らない大阪の土地で、知らない人の前で唄をうたい、朗読をし、似顔絵を描く。この展示が仁胡さんにとって素晴らしい「はじまりの旅」となることを願っています。そして、多くの人が彼女の感性に触れ、神秘の気づきが得られますように。

皆にとってかけがえのない「わくらばに」の時間となることを祈って。

——

わくらばに / 榊 仁胡 Niko Sakaki
2022年4月9日(土)〜24日(日)
お休み:11、14、20日
Open:12〜17時
○ 9日(土)のみ12時30分〜16時まで


<Event>
一筆似顔絵 / 榊 仁胡
日時:4月9、10日(土、日)終日
仁胡さんが中学生の頃から自由料金で書き始めた一筆似顔絵を行います。
ポートランドでデビュー!
とても味わいのある絵です。ぜひご参加ください。

一筆似顔絵・榊 仁胡
一筆似顔絵・榊 仁胡

唄と朗読 / 榊 仁胡 with KENJI KIHARA
@sphontik_kenji.kihara 
日時:4月9日(土)⭕️予約終了

『—-北方の旅で出逢ったアイヌのシャーマンに教わり創作した唄』
『アメリカインディアンの詩』
『樹にまつわる物語』

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