顔シャのはなし

酒が大好きな妻。
大好きだけど強いわけではない。
強くないくせに強い酒を飲みたがる。

コロナ以前のある日、近所にできた中華料理屋に、家族3人で行く事にした。
店前に置いてある看板に、コース7品+飲み放題3280円というメニューを発見して、抜群のコスパに、これは是非行かなくては!と鼻息荒く思っていた店。
やれ食材の産地がどうの、この味付けはどうのと、何かとうるさい妻だが、飲み放題さえあれば一切文句なし。飲み放題付きなら消しゴムでも食べると思う。

という事で、わくわくしながら店を訪れてみると、宴会が同時に3件はこなせそうな広い店内にお客さんゼロ。
うわ、これはやっちまったかも、、、と不安になるも、やっぱやめまーすとも言えず、片言日本語の店員さんに案内されるまま着席。

「表の看板に書いてある、コース7品+飲み放題3280円のをお願いします。先ずは生ビールと娘には100%オレンジジュースで。」と注文をして、しばらく待つと1品目が到着。物凄く美味しそうな前菜、盛り付けもキレイで、食べてみるとビックリするくらい美味しい!しかも量もたっぷり!!
仕事で上海に行った時に食べた、どんな調味料を使っているのかさっぱり分からないけれど、とにかく強烈に旨い!!という料理の数々を思い起こさせられる。

なんでこんなに美味しくて安いのに、お客さんがいないのかと、本当に不思議な気持ちで速攻平げると、間髪入れずに2品目が到着。大皿に山盛りの鶏肉とカシューナッツの炒め物、パプリカの彩も美しく、大変食欲をそそる。そしてこれまたビックリの美味しさ!量もハンパない!!
一体何が起こっているのか、こんな天国みたいな店が、こんなにひっそりと存在しているものなのか。酒好きな我々は、一杯目の生ビールなんて秒で飲み干し、既に四杯目に突入している。この店は、これでやっていけるのか?

その後の料理も、全て美味しく、胃袋と一緒に心まで満たされていく。
ああ、きっと自分達は千と千尋の神隠しの父母のように、ブタにされてしまうに違いない。
我が子は無事に父母を見つけられるだろうか?人間に戻してくれるだろうか?ブヒっ。
などと思いつつ、至福の時間を過ごす。

5品目6品目は、しっかりとした肉料理と炒飯。普段なら完全に食べきれない量だが、満腹にも関わらず、美味しすぎて箸は止まらない。酒も進む進む。
妻は、何か分からないけれど、とにかくアルコール度数がやたらと高そうなやつをガブガブ飲んでいる。

そうこうしているうちに7品目のデザートが運ばれて、コースメニュー完了。
流石に満腹過ぎて苦しい。
娘も美味しかったと満足顔。
妻はただの酔っ払い。
会計を済ませて店を出る。
結局、他にお客さんは来なかった。

テクテクと10分ほど歩いて帰宅。
妻は完全に千鳥足だ。とても危ない。
しっかりしろと声を掛けながら歩く。聞こえてないだろうが。

何とか無事家に着いて、妻はバタンと倒れ込んだ。大して強くないのに飲みたがり。迷惑極まりない。
胃薬をテーブルに置いて、後は自分で何とかしなさいと放置。
娘ちゃんは、ママ大丈夫かなと気遣っている。マジ天使。俺に似たんだな。

しばらくすると、妻が焦った様子でトイレに駆け込み、便器に突っ伏した。
いい歳してそこまで飲むとは、呆れて言葉もでない。
娘ちゃんに、ママ具合悪そうだね。でも、自分でトイレに行けたから大丈夫だね。と話して安心させる。

10分ほど経っても戻ってこない妻、こりゃ重症だなと思ったその時、

「たすけてぇぇえええー!!!」

何事かとトイレに駆けつけると、突っ伏したまま何やらバタバタと暴れている。

「止めて!止めて!」

突っ伏したまま、左手でウォシュレットのボタンを押してしまったらしく、顔面にシャワーを浴びている。
言葉を失いながら、ウォシュレットを止める。
シャワーが止まって安堵した妻は、顔面水浸しで、突っ伏したまま、もしかすると恥ずかしくて顔を上げられないのかもしれない。
呆れて部屋に戻り溜息をつくやいなや、またしても

「たすけてぇぇえええー!!!」

また押した。

「いい加減にしろ!!」

ウォシュレットを止めながら、流石に叱りつける。


あの中華料理屋は、本当に美味しい。そして安い。お腹も心も満たされる。
しかし、あれ以来家族で行く事はなかった。
自分がどれだけ誘っても、娘が行きたくないと言う。
何故行きたくないのか聞いてみると、あの店に行くとママが具合が悪くなる。かわいそうだ、と。天使の中の天使。俺に似た。
ママは飲み過ぎなんだよ、前みたいに飲まなければ大丈夫だよと言っても頑として聞かない。終いには「あの時、具合を悪くしたママをお父さんは叱って助けてあげなかった!」と。娘の中では、そうなっているらしい。

娘よ、酔っ払って顔面でウォシュレットを受け止めているママを、お父さんはどうしても可哀想だとは思えなかった。叱ったのは間違いない。でもね、シャワーは止めてあげたよ。こんな父を赦しておくれ。

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