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#10 「 以 心 伝 心 」

突然、謎の”ウイルスらしきもの”が襲ってきた。
感染者と会話をしただけで100%感染してしまう”ウイルスらしきもの”は、瞬く間に世界中をのみこんだ。
なぜ、”らしきもの”なのかって?
それは、この病気(病気ですらないかもしれないが)の得体の知れなさにそう表現せざるを得ないからだ。
感染者と会話をしたら確実に伝染る、その拡散のしかたがウイルスっぽいというだけの理由で。
熱が出たり、おなかが痛くなったり、嘔吐したり・・・なんていう、ウイルス性疾病にありがちな症状は全くない。
症状はひとつ。
目が覚めている間、ずっとしゃべり続けてしまう・・・だけ。
自分の意思とは関係なく、思い浮かんだ事柄をとりとめなく、脈略なく、際限なくしゃべり続ける。
当初は一時の流行り病だろうと楽観視している人が多く、メディアでも面白おかしく取りあげられていた。
しかし、ある国の首相が感染の初期段階に自覚がないまま他国を訪問した際、相手国の首脳の寂しげな頭頂部を見て『禿げてるねー』と真顔で言い放ってしまい、殴り合いのケンカになったのをテレビがライブ中継したあたりから世の中の空気が変わった。
感染の拡大は収まらず特効薬の開発もままならないなか、明け透けな発言が時に誤解を生み、大小様々なコミュニティーが崩壊していった。
この事態を重くみた国連とWHOは、これ以上会話によるコミュニケーションを継続するのは不可能だと判断し、それに代わるツールの開発を奨励した。

「お!機種変更したの?」     
テツヤはヒロトの頭のテッペンについているアンテナを指差す。
「気づいた? やっと順番が回ってきて、昨日差し替えに行ってきたんだ」
自慢げなヒロト。
「へぇー。 第2世代って高いんだろ?」
「第2世代って言っても、グレード2だからさ」
「なに贅沢なこと言ってんだよ。 高校生で第2世代持ってるヤツなんかそんなにいないだろ。 俺のなんて第1世代のグレード3。 一番下のやつだぜ」
「お前はバカ正直で思ったことをすぐ発心するようなキャラだからそれでも足りるだろうけど、俺みたいに繊細なキャラでいこうとすると色んな機能が必要なんだよ」
「はいはい、単純な人間で悪うございましたね。 あれ? ところでヒロト、お前ってそんなにストレートにモノを言う設定だったっけ?」
「おっと、まだ細かい設定が完璧じゃないんだよね。 機能が増えるとバランスとるのが難しくて。 えーっと、発心設定の伝え方の強さをマイルドレンジにして・・・テスト・・と」
「君は素直で表裏のない人だから機種の新旧なんて関係ないじゃん」
「き、君? じゃん? ハハハハハ。 よせよ! 気持ち悪いだろ」
大笑いするテツヤ。
「ちょっと待って。 これで個別設定でテツヤ君を対象から除外する・・・と。やかましいわ! 少しずつ修正していくんやからエエねん!」
「へぇー! 相手を選んで個別に発心設定を振り分けられるのかよ。 すげーな。 てか、俺への言葉遣い酷くない? 尊敬語で設定しろよ」
「なんで俺がお前をリスペクトしなきゃいけないんだよ。 まったく。 あーあ、グレード1だとAIがキャラを完全引継ぎしてくれるけど、俺のはその辺が半アナログだからな。値段の差だよなぁ」
「最新機種も大変だな。 その点、俺はほぼ初期設定のままだから楽だわ」
「おかげで女子にモテないけどな」
「うるさい! こういう自然体が良いっていう女子もいるんだよ!」
「アホか。 初期型でもセンシティブ設定とかやさしさ機能を駆使すればやれることがたくさんあるんだから、バカ売れしてる攻略本を1冊くらいは読んどいたほうがいいぜ」
「お、俺は活字が苦手なんだよ」
「お前は活字っていうより、勉強全般が苦手なだけだろ」
「ほっとけ!」
ヒロトの二の腕辺りを軽く小突く。
「お、そうだ! 勉強と言えば、第2世代ってやる気スイッチ連動モードがあるんだろ?」
「ああ。 グレード1には搭載されてるな」
「お前のにはついてないの?」
「そやねん! オカンにもそこをケチったらアカンやろって言うたんやけど、取り付く島もなかっわ」
「なんでいきなり関西弁なんだよ?」
「いけん。 感情別言語設定ば、関西弁にしたままやった」
「ははーん。 お前、昨日のM-1観てただろ? そんで、女子にウケる話し方とか試したな」
「な、なん言いよとか。 そ、そ、そんなことなかばい」
「ハハハ、動揺したときは博多弁か」
「と、とりあえず全部標準語に戻しとかな・・・。えーっと、標準語・・・と。 多機能が嬉しくてあれこれ試してて寝落ちしちゃったからな」
「お前、キャラが確立するまで学校休んだほうがよくない?」
「バカ! そんなんで休めるわけないだろ。 で、何の話をしてたっけ?」
「やる気スイッチ連動モード・・・」
「そうそう、それそれ。 息子の成績アップのための金を惜しむなってーの」
「あれって、先生とか周りのやつの声が超ポジティブに変換されてさ、それでやる気スイッチが入って勉強する気になるってんだろ?」
「そう。 強制的に”褒められて伸びる”っていうタイプになるらしいんだ」
「お前って勉強できるんだから必要ないだろ」
「何言ってんだよ。 無理して頑張って勉強するのと何も考えなくても勉強しようって気になるのとじゃ、楽なほうがいいにきまってるだろ?」
「そりゃそうだけどさ、頭の悪いヤツっていくら勉強したって秀才にはならないぜ」
「秀才になれなくても普通にはなれる。 俺みたいに地頭があるのはもっと上に行ける」
「おーおー、自分で言うかね」
「あるものは何でも利用しなきゃ」
「でもさ、おしゃべりウイルス対策でゲンゴチュウスウにチップを埋め込んだはずなのに、やる気スイッチとかいう関係ない隠しコマンドをチップの中に仕込んどくのってどうなんだよ?」
「なんだ? 急に難しいこと言って」
「いや、昨日のニュースでやってたからさ」
「そんなこと、俺に聞かれてもわかるわけないだろ」
「そうだけど・・・。 メーカーと学習塾とがグルになってるんじゃないかって言っててさ、結局、金を持ってるやつが得をするっていうか・・・」
「キョウイクカクサの問題か?」
「お、よく知ってんな」
「うちの親もよく言ってるさ。 あーあ、そのくせ金は出してくれないんだよなぁ。 嘆いていても息子の成績は上がらんっちゅーの」

「おはよう♡」
学園のアイドル、ヨーコが送迎車のドアを運転手に開けさせ降りてきた。
「あ、ヨーコちゃん!」
にやけるヒロト。
「あれ?ヒロト君、アンテナ新しくなったのね♡」
「そうなんだ、昨日機種変してさ」
「素敵じゃない。 似合ってるわ♡」
「わー、ありがとう!」
ますますにやけるヒロト。
「ヨーコちゃんこそ、第2世代のグレード1をフラゲしてたじゃない」
「ああ、これはパパがメーカーの顧問してるから、特別に早く貰ったの♡」
「えー?タダで?」
「なんかね、モニターって言うの? 使った感想とか教えて下さいってお願いされちゃって♡」
「いいなぁ。 俺なんか予約してから2か月も入荷待ちだったよ」
「わたしもちゃんと予約して買ってもらおうと思ってたんだけど、パパがヨーコには一番早く一番いいものを持ってほしいからって。 ウフフ♡」
「ケッ、何言ってんだか」
テツヤがぼそりと呟く。
「おい、聞こえるぞ」
慌てたヒロトが肘で脇を突っつく。
「大丈夫さ。 俺からの発心はブロックされてるから」
「え? マジで?」
「ちょっと前まではフィルターかけて受心制限されてたと思うんだ。 なんか話がかみ合わないことあったから。 んで、ちょくちょく鼻につくこと言うからちょっとからかったらブロック通知が来た」
「そうなんだ。 お前はブロックし返さないのかよ?」
「嫌いなんだよ。 やられたらやり返す倍返しだ!みたいなの」
「なんだ? そのセリフ」
「こないだオヤジがアマプラで見てたドラマのセリフさ」
「どうしたの?♡」
ヨーコがヒロトの顔を覗きこむ。
「いや、何でもないよ、何でもない。 それにしても今日はいい天気だねー」
「ホントね。 夏は好きなんだけど、日に焼けちゃうのは嫌だから日傘が手放せないわ♡」
「そうだね。 白いお肌に太陽は大敵だからねー」
「お前さ、そんな会話してて虚しくならない?」
「虚しいって、社交辞令じゃないか」
テツヤを睨むヒロト。
「そうか、社交辞令なんだ・・・#」
「う、しまった。 俺とヨーコちゃんは相互だったんだ」
「ヒロト君。 そういう話は個チャ機能使ってやらないとダメよ。 まぁ、いいわ。 昨日の今日だから、設定難しいよね。 今日のところは大目に見てあげる。 それじゃあね#」
ヨーコはクルクルと日傘を回しながら歩いて行った。
「ふー、危なくブロックされるところだった」
「ハハハ。 最後のほう、ハート消えてたもんな。 ブロック予定リストには追加されたかもな」
「勘弁してくれよー。 あーあ、やっぱ休めばよかったかなぁ」

「おはよー!」
二人に割り込むように、この春、同じクラスになったキョーコがテツヤの肩をポンと叩く。
「気やすくさわんなよ!」
そう言うテツヤはまんざらでもなさそうだ。
「またまたぁ、私のこと好きなのはお見通しよ」
キョーコが悪戯っぽく笑う。
「だ、誰がお前のことなんか・・・」
「あ、ヒロト君もおはよ!」
テツヤの話は聞いていない。
「なんだよ、そのついでみたいな挨拶は」
「まぁまぁまぁまぁ。 あれ? キャー! ヒロト君、第2世代にしたんだ!」
「ちょっと、キョーコちゃん! ボリューム下げてよ! 頭が割れちゃう」
「えー? わたしの発心ボリュームはLv6よ。 ヒロト君の受心ボリュームが高すぎるんじゃないの?」
「え? あ、ホントだ。 Lv11になってる。 さっきからみんな発心が大きいなって思ってたんだ」
「そんなんで教室に入ったら脳みそ破裂しちゃうわよ。 ボリュームってシーン設定で記憶できるでしょ? 学習機能と連動してるから視覚情報を読み取って自動切換えしてくれるはずよ」
「そ、そうなんだ。 まだ使い方がよくわかんなくてさ」
「ヨーコは第1世代のクセになんでそんなに詳しいんだよ?」
「いつ第2世代になってもいいように勉強してんの」
「ヨーコちゃん、買い替えるの?」
「もうちょっと先だけどね。 やっと親を説得したわ。 グレード3までのお金は出してくれることになったから、グレード1に足りない分をバイトで貯めてるところ。 あと3か月くらいしたら買えるかな」
「うわー、グレード1にするんだ」
心底羨ましそうな顔をするヒロト。
「グレード1ってグレード3の倍くらい高いんだろ? そんなにいいもんかねぇ?」
テツヤは理解できないといった感じだ。
「やっぱ高性能だとさ、乙女心のヒダヒダを細かく設定できるからね。 女子はみんな欲しいって思ってるよ。 初期型最下位機種初期設定のガサツなテツヤにはわかんないだろうけどね」
クスクスと笑う。
「人間、正直が一番なんだよ!」
テツヤは負けず嫌いだ。
そしてキョーコも。
「そこに異論はないよ。 でも、伝え方にこだわるっていうのがイコール正直じゃない・・・ってことではないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ・・・」
たじろぐテツヤ。
「思ってることをそのまま伝えるのって大切なことだけど、卒業して社会人になるとYESーNOだけじゃやってけないよ?」
「なんだよ、偉そうに。 高すぎて買えないんだから仕方ないだろ」
「工夫すればできることっていっぱいあるよ。 さっきヒロト君にも言われてたでしょ?」
「なんで知ってんだよ。 盗み聞きでもしてたのかよ?」
「だって、今『こいつヒロトと同じこと言ってやがる』って思ったでしょ?」
「な、なんでわかったんだ?」
「わかるって。 テツヤは発心も受心もフルオープンなんだもん。 それにわたし、テツヤだけは受心感度MAXにしてるから」
「え?」
「ほかの人には、聞きたくもないことが聞こえてきたりしたら気分悪いから、感度を下げたりミュートしたりしてるけどね。 みんなもそうやって調節してるよ。 そうしないと病んじゃうから」
「病んじゃうって・・・大袈裟じゃね?」
「大袈裟じゃないよ。 問題になったから保育園でもちゃんと設定の仕方を教えるように義務化されたでしょ?」
「へー、そうなんだ。 知らなかった」
ヒロトがどうにか話を収めようとわざとらしく合いの手を入れる。
「俺たちが差し込まれた中学生の頃は、マニュアルなんかもあんまり無かったしね」
「親の世代とかその上の人たちは、今でもついていけなくて大変みたいよ。 手っ取り早く”こんな人アプリ”をインストールして済ましちゃう人がいるっていうしね」
「うちの親はこだわってやってるなぁ。 めっちゃ本読んでるもん」
「ヒロトの親はインテリだからな。 あー、うちの親は俺と同じだな。てか、俺が親と同じなのか。 少しくらいはイジッてそうだけどほぼ初期設定みたいだもん」
「遺伝かもね。 でも、逆にテツヤは強いんだなって思う時がある。 隠し事しないし全部受け止めてるから。 ま、鈍いだけかもしれないけどね」
「ほっとけ!」
「あのねテツヤ。 いいこと教えてあげる」
キョーコがニヤリと笑う。
「発心がフルオープンってことはね、わたしの顔見るたびに”好き”って言ってんのがみんなにバレバレってことだよ」
テツヤの顔がみるみるうちに赤くなる。
「あ、お、お前なぁ! え、えーー!・・・てことはヒロトも知ってるってことなのか?」
「まぁ・・そう言うことだ」
「ヒロトぉ、なんで言ってくれないんだよぉ!」
「だってさ、あまりに堂々としてるしキョーコちゃんもお前への気持ちオープンにしてるからそうなんだって思ってさ」
「ちょっと、ヒロト君! ダメダメ! 言っちゃだめだよ!」
「あれ? テツヤには発心してないの?」
「もう! ちゃんとコクられてからにしようと思ってミュートワードにしてたのに!」
「あーそうだったの? ごめんごめん」
「なになに? なにがどうなってんの?」
テツヤがキョロキョロと二人を見る。
「いいのいいの。 そのうちわたしが少しずつ教えてあげるよ」
「え? なにを?」
「いろいろ」
「なんだよ! 教えろよ!」
「テツヤ、お前やっぱ鈍いだけだわ」

安全性と互換性などを定めた全世界統一規格を前提に、各国、各メーカー(特に日本でいう”携帯各社”にとっては死活問題だ)は先を競って脳に装着できるICチップと受発心機ユニットの開発に取り組んだ。
待ったなしの状況もあり、一部宗教上の理由などで装着を拒否する国や地域以外は装着率95%を超えている。
こうして人々は”新しい生活様式”に慣れていった。

そろそろ、やる気スイッチ以外の隠しコマンドが発動するかもしれない。
誰かの手で・・・。


<了>

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